風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 所属する結社の歌誌「覇王樹」2021年5月号をほぼ読み了える。

「覇王樹」5月号

 到着は先の4月28日の記事、届いた3冊を紹介する(12)にアップした。

 リンクには、僕の6首、4月号の感想へ、リンクを貼ってある。
 結社のホームページ、短歌の会 覇王樹も、5月号仕様である。


 「覇王樹」には、他の結社にないと思われる特色がある。それは社員全員、通常作品の掲載は1律6首な事である。入門の覇王樹集とそれに次ぐ紅玉集では、8首出詠・6首選であるが、それを越えて同人になれば(数は圧倒的に多い)無選6首掲載である。今月号は何首載った、という競争がない。競争はなくても、自分の歌の発展、歌壇での地図の位置を確かめる、そのため努力を続けなければならない。
 巻頭8首、爽什(10名)に入るかの競争はある。また万華鏡(4名×10首)、力詠15首(随時)の掲載は、順繰りにある。
 今月号では、古城いつもさんの歌集「クライム ステアズ フォー グッド ダー」の批評特集が組まれた。結社外2名を含め、4名が批評を寄せ、4ページを占める。僕の拙い感想は、昨年11月21日の記事にアップした。

 T・次郎さんの「秋田またぎの末裔」5首が、「うた新聞」3月号より転載された。



 5月14日午前10時より、橘曙覧記念館の会議室にメンバーが集まって、短歌研究会C・5月歌会が持たれた。
 同・4月歌会は、先の4月10日の記事にアップした。


 今月は、事前出詠9首(2首出詠が1人あった)、参加者5名だった。
 YYさんの1首め。「~の家の隣に居を得たる」の2句・中句は、2句を「~と親しく隣に」に直された。結句の「宇宙にゐしごと」は「宙
(そら)にゐるごと」に直された。2首め。2句「出くはし猿に」の、「出くはし」が連用形なので、連体形の「出くはす」に、結句「鍬を構へり」の「り」は4段活用かサ変活用の動詞のみに付くので、「鍬を構へつ」になった。
 YNさんの下句「谷を覆いて潤む山襞」は、自身の言葉も受けて「谷をうづめて山襞やはし」となった。
 TTTさんの歌は、簡明な詠みぶりでパスした。
 TFさんの歌は、結句「初夏は至りぬ」を「初夏
(はつなつ)至る」が奨められた。
 TTMさんの歌は、そのままパスした。
 ANさん(欠席)の歌は難解だった。「山竹田 しだれ桜を背に受けし清流に映えスマホに収む」。自分、川、桜の位置関係がわからない。検討の結果、「清流の音を聞きつつ山竹田のしだれ桜をスマホに収む」と大きく直された。撮ったのがしだれ桜でなく、山竹田の景色なら、「山竹田はしだれ桜を背に受くる清流に映ゆスマホに収む」と、文脈をあまり変えずに済むのだが。
 僕の歌の下句「二重窓越し二階の部屋に」は4句が不安定なので、TTTさんが替えたがったが、僕は喜ばなかった。今考えると、「二階の部屋の二重窓越しに」が良いと思われる。
 MKさんの歌の結句「菜を間引く朝」を「〇〇菜を間引く」の動詞で締めたがるメンバーがいたが、うぐいすを聞くテーマがずれる上、朝の爽やかさが惜しいので、元の形のままとなった。

 検討をおえて、プリントの尾崎左永子の添削例を読んで、皆が感心した。
 次回の日程を決め、12時に散会した。
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 写真ACより、「ビジネス」のイラスト1枚。



 新潮社「川端康成文学賞 全作品 Ⅰ」より、第6回(1979年)受賞の、開高健「玉、砕ける」を読み了える。
 先行する和田芳恵「雪女」は、先の4月21日の記事にアップした。


 「玉、砕ける」は香港を、作家が何度めかに訪れた際のエピソードを素とする。流暢な日本語を話す張立人・老人の案内で、食事・散歩をしたり、情報を仕入れたりする。張・老人の案内で入った風呂屋で、超絶技巧の垢すりを受け、大量の垢を丸めたものを受取る。
 筋はもう1つあり、「あれか。これか。どちらか1つを選べ。どちらかを選ばねばならぬ場合、どちらも選びたくなく、沈黙が許されなかったら、どういって切りぬけたらよいか」という立問である。革命後の知識人の良心の問題である。
 作家が出立する空港で、見送りに来た張・老人は、紅衛兵のために老舎が不自然な死を遂げたことを伝え、悄然と去る。

 「玉、砕ける」という題名が不思議だったが、これは先の立問の答えの1つを、作家が示したかのようだ。玉=老舎の死を砕ける、と表し、表面は垢の塊のように見せて、中国との繋がりも断ちたくない作家の、精一杯の抗議ではなかっただろうか。
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写真ACより、「ビジネス」のイラスト1枚。


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