風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 1月18日(第3金曜日)の午前9時半、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第52回を持った。
 昨年12月19日の記事、
同・第51回に次ぐ。リンクより、過去の研究会Aへの記事へ遡り得る。
 昨年12月末は忙しいだろうという事で、研究会Bをパスしたので、約1ヶ月ぶりの顔合わせである。
 僕はブレンドコーヒーのモーニングセットを、2人はアメリカンコーヒーのモーニングセットを摂った。モーニングサービスには、セルフのサラダとスープが放題だったけれども、3人は摂らなかった。食事をしながら、歌誌等の貸し借り、返却をする。

 短歌研究会Aは、各自の詠草の検討会である。
Mさんの10首より。
 5首めの初句2句「黄櫨の木のむかうの坂に」の初句を、「黄櫨の立つ」に直す事を僕が提案した。
 8首めの4句「屠蘇と供へて」を、Tさんが「お神酒を供へ」に直す事を提案したが、Mさん自身の判断で「遺影に供へ」にする事で決着した。他に何ヶ所か。
Tさんの9首より。
 1首めの上句「良きことが一つあればそれでいい」を、「良きことの一つがあれば」と直すよう、僕が提案した。
 8首目の上句「塩鮭にも少し塩を振りて焼く」を、「塩鮭に少しの塩を」と直すよう、僕とMさんが提案した。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 9首めの下句「冬を越えよう睦月半ばに」は無理があるので、結句「睦月の半ば」に直すよう、Tさんに提案されて、受け入れる。
 10首めの初句「年初の」の座りが悪いので、「年初め」に直すよう、2人から提案されて受け入れる。他に何ヶ所か。


 検討会のあと、僕の今期80首程を2人に読んでもらい、感想を貰った。
 思わず熱が入って、11時半近くになった。次回の日程を決め散会した。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




 多くのブログは個人発で、元々平等だから、ネット社会には珍しい事が起きる。
 僕の詩歌を載せ、読んでもらうだけでなく、自分の作品のデータベースともして、アメブロ(アメーバブログ)「新サスケと短歌と詩」を運営している(アクセス数はわずかである)。
 マイページには、「フォローフィ-ド」があり、詩歌のブログを含めて、10余のブログをフォローしている。
 その中に、あぽりさんの「絵日記でございます」が人気を集めて、今日の記事「夫と私の馴れ初め(55)話」が、2,556いいね!を集めている。このいいね!は、アメブロの読者が付けるもので、他のフェイスブック等に繋がっている訳ではない。
 比較に出して申し訳ないが、俳優・高橋英樹さんの「高橋英樹オフィシャルブログ」の「美味しい白味噌」が、476いいね!である。彼は1日、複数回、記事更新している。アクセス数は、本人以外に知られない。
 しかしこの、素人からの絵日記の人気は凄い。それでも「絵日記」ブログランキングで10位くらいである。
 僕は内容が気に入っていて、上位の絵日記ブログを読もうと思わない。
 絵の出来よりも、波乱万丈の過ぎ越しと、表われた人柄に人気があるようだ。
 ブログの世界では「能力に応じて働き、必要に応じて取る」というユートピアが、はかなく成立しているようだ。絵日記ブログを書籍化して、販売する場合もある。
 あぽりさんはリアルで働いていて、家事もこなし、眠る時間を削っているのではないか、とも思われる。
 場を提供した、アメブロさえも意図していなかった(今はトップブロガー発表もあるようだが)、ネット上のユートピアが、成立しているようだ。いつまで続くか、わからないけれども。
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写真ACより、「乗り物、」のイラスト1枚。




 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第3歌集「玄」(後)を紹介する。
 
同(前)は、今月9日の記事にアップした。1冊に672首と、やや歌数が多いので、前後2回に分けて紹介する。
概要
 前回に続いて、「佐渡行 Ⅰ鳥屋野湖畔」195ページより、仕舞い235ページまでを読んだ。
 1968年までの歌を収めていて、学生運動がどう詠まれたか気になると(前)で書いた。あからさまには詠まず、末尾近い「梅雨深む」の章に「憤りなしといはねどほしいままに振るまはせおけと今は想ふも」「黙(もだ)しをりと易く想ふな相手とし価値あることと思はぬに過ぎず」(偶成2首)と、切って捨てられている。
 「コスモス」全国大会での旅行詠が多い。また「ケニア讃歌」という、インド・モーリシャス・ケニア歴訪の大連作がある。
感想

 今回も付箋紙を貼った歌と、付箋紙のメモを元に、7首について述べる。
河跡湖の名残りの砂に踏み入りぬわれの左右(さう)より雀発たせて
 貴重な経験を、逃がさずに詠む。他の歌人を含めて、もう機会はないのかも知れないのだから。
雪国の春にあふべく来し我ら光くまなき河原に遊ぶ
 思っていた通り、あるいはそれ以上の景に会う、喜びが詠まれる。
蓮の葉のたゆき揺らぎはしばしして真日照るもとに鎮まりゆきぬ
 宮柊二・高弟たちの歌集を少し読んだが、当時の「コスモス」の調べに収まる1首だろう。
(はし)の鋭(と)きインコよく馴れ順々に乙女の指よりバナナを貰ふ(開聞岳)
 どこでの景か、愛らしい場面を捉えた。
エンタープライズ寄港に揺るる日本のひしひしと身に響きて悲し
 寄港に反対だったか、そうでなかったか、反対運動と報道が心に響いたのだろう。
香を焚き叩頭し祈る懸命さ見つつ戸惑ふ異邦人われら(ポンペイに三日滞在す)
 無宗教日本の豊かさ、穏やかさを、内に持っているようだ。
親を避け遊ぶ齡となりし子等いでゆきて家に梔子匂ふ
 子の成長を淋しむ心が、結句にも続き、歌が収まっている。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



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