風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)の、「韓国現代詩選」(1990年、花神社・刊)より、3回めの紹介をする。
 今月5日の記事、
同(2)に次ぐ。
 今回は、河鐘五(ハジョンオ)の4編、黄明杰(ファンミョンゴル)の4編、金汝貞(キムヨジョン)の4編を、読みおえた。
 河鐘五の「屋台」は屋台の飲み屋を引く中年夫婦を、「ミドリマチ」では遊郭で苦しむ小娘を、描いて哀れだが、原詩集の出版時期にも拠るのか、既視感がある。「忘憂里で暮らしながら」では、父親と子(5歳)の会話があって、ようやくサラリーマン家庭を思わせるが、後半で強引に朝鮮統一の願いに向かう。
 金汝貞の「水鶏のことば」では、「くいなは/いろんな思い いろんな感覚 すべて/…/「トゥムプ トゥムプ」 きれいな鳴き声」と謳って、詩の原点を思わせる。「いのちの芯」では、「愛の病気を骨髄に封じ込めて/…/なんて悪性のはやりやまい/それでも女たちは争ってその病気を患ったのね/その病気の芯が/いのちの芯でもあったのだから」と謳い上げる。自分の達成や成功、つまり自己実現を男に託したのなら、哀れな話である。
 訳者の性格に拠るのだろうが、翻訳する詩人、詩に偏りがあるようだ。焚き火1
「写真AC」より、焚き火の1枚。


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 砂子屋書房・現代短歌文庫127「続 森岡貞香歌集」の、3歌集全編より、初めの「黛樹(たいじゆ)を読みおえる。
 この本の到着は、昨年12月24日の記事、
「届いた本2冊」にアップした。
 正編の3歌集・全編と歌論・エッセイは、同・10月19日の記事の
「歌論・エッセイ12編」より、遡ってゆけるだろう。
 「黛樹」は、森岡貞香(もりおか・さだか、1916年~2009年)の、第5歌集。1987年、短歌新聞社・刊。
 字余り・字足らず等の歌が多いのだが、切迫性というか、必然性とまで書くと書き過ぎか、前衛性があまり感じられない。当時の彼女の苦闘の跡なのだろうが。
 彼女の過去や現在を明示する歌も多い。「あとがき」に「歌の中の事態は経験としての相が私であれ」と願ったとある。
 以下に7首を引く。
夜中晴れ樟はうつくしき樹木にて炎流れしをおもはせぬなり
雉鳩の衝突したる硝子戸に映る青葉をわれも見にしか
衰弱はよわよわしきこと乳壜に四日を経たる白花あらせいとう
敗戦忌青ぎる木膚にふるひゐし蟬いばりして急に去(い)ににき
青き空にさくらの咲きて泣きごゑは過ぎし時間のなかよりきこゆ
青空より言葉降りこねくるまにて送られてをり嬬恋村まで
悲哀はとほく厨の卓の向う小さき壜に塩満ちてゐる
  (引用の1部、正字を新漢字に替えてある)。



 昨日(1月8日、第2日曜日)の午前十時より、S町T地区の新年会が、第2集会場で持たれた。
 当日は、「コスモス短歌会」支部の歌会でもあったが、新年会を優先させた。
 10時過ぎ、開会。35名ほど。
 会長の開会挨拶のあと、昨年に地区で独立した若夫婦より、入会の挨拶。
 議事も進み、新年の会長と副会長が決まる。世代交代が進んでいる。
 ここからがユニークなのだが、町内のJ寺の住職さんを招いて、読経と法話があった。浄土真宗の正信偈を皆で誦するのである。テキストの本は、住職さんより全員に配られていたが、僕は宗旨が違うというのでもなく、全く誦さなかった。昨年に西本願寺の門主が移った事に絡めて、法話。
 僕は腰が悪いので、もう一人の人と椅子を借りていたが、座布団に座る他の方たちは辛そうだった。
 そのあと、テーブルを並べ、宴会があった。仕出し屋の弁当、稲荷寿司・巻き寿司などのセット、ビール、日本酒などが供された。僕は周囲と飲みかわしつつ、弁当・寿司を食べおえ、早目に退席した。
焚き火
「写真AC」より、焚き火の1枚。


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