風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。


 今月11日の記事「ムクゲ2種と空蝉」の、白花八重の写真のあとに、「自然交配した実生生えの木が3つかある」と書いた。
 その内、2本の木に花が咲いたので紹介したい。

CIMG0381
 薄赤の一重の花であり、底紅とともに、風情豊かだ。
 純白一重の花と、赤紫一重の花の、交配だろうか。真相はわからない。

CIMG0375
 白花一重(底紅)の花である。ごく淡くピンク色がかっている。
 これも同じ交配だろうか。一重(種ができやすい)は、庭に先の2種しかないので。
 純白の花に比べて小さ目だが、弁は厚い。底紅も彩りである。
 高い所に咲いたので、コンデジの望遠で撮り、更にトリミングした。
 あと1本、実生の木が残っている。花が咲いたなら、ここで紹介したい。


 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊)より、5番目の句集、津田清子「礼拝」を読み了える。
 今月9日の記事、右城暮石「声と声」に継ぐ。
概要
 津田清子(つだ・きよこ、1920年~2015年)は、橋本多佳子に師事・「七曜」同人、多佳子の師・山口誓子の「天狼」に投句、のち同人。
 1971年、「沙羅」創刊・主宰、のち「圭」と改称。
 第1句集「礼拝」は、1959年、近藤書店・刊。山口誓子・序、450句、橋本多佳子・跋、後記を収める。
感想
 津田清子は、戦後に俳句を始めており、ここでは1948年~1958年の句を、年ごとに分けて順に収めている。戦前の句界から切り離された、清新な世界がある。
 しかし句集名からもわかるように、彼女はクリスチャンであり、僕は信仰に熱心な人をあまり信用しない。経験上、無信仰で苦しんでいる人に善い人が多い。僕は短歌を読み・詠む事で救われている。
 また山口誓子の「酷烈なる精神」、根源俳句の厳しさから来るのだろうが、破調(字余り、等)が多い。
 僕は俳句の素人だから、定型の、生活の中の調和・美を吟じた句が好ましい。大衆俳句は、その方向に向かっているようだ。最近の時事状況では、わからないけれども。
引用
 以下に5句を引用する。
うろこ雲うろこ粗しや眠り足る
曼珠沙華目的地まで暮るるなかれ
聖玻璃の五彩西日に強めらる
船出待つ他郷の雲の峯に向き
独奏や雷雨を厚き壁に絶ち
0-44
写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。





 

 吟遊社「春山行夫詩集」(1990年・刊)より、手書き詩集「水の黄昏」の1回目の紹介をする。
 先行する、同・詩集よりの
「「詩と詩論」より」(2)は、先の7月27日の記事にアップした。
 この本(ほぼ全詩集)の「解題」では、未刊詩集「水の黄昏」を自筆ペン書きながら、「鳥類学」に続く第6詩集と考えられる、としている。実際は、初期詩編の手許愛蔵版の詩集であろう。
 大正10年代初期の習作や、「青騎士」「日本詩人」「謝肉祭」等の諸誌に発表された作品で構成されている。
 この本で98ページと作品が多いので、2回に分けて紹介する。
 「水の墓 序詞」の終連の「なべて/むなし/はかなし//水の/墓/なれば……」と、無常を古調で詠っている。「葦の中」第7連の「風が泣く/胸(こころ)が泣く」など、大正期の嫋々とした抒情詩が続く。
 「水の上に春を迎へる唄」では、「少女(をとめ)よそなたが閉めた銀の玻璃板のおもてに/誰れが来てさまよふことであらう/そなたがたかいBalcon(ばるこん)に戦くとき/誰れがあえかな水に消入ることであらう」と詠い始め、西洋風を取り入れようとしても、語は5音7音の語調が多い。
 白秋、朔太郎の影響を受けたと読まれる詩編もある。
 「赤い橋」では、「青い鸚鵡に/外套(マント)をやれ//蜂がストーヴの燠を/もらひに来た//…」等、ダダイズム等を取り入れた詩編が混じり始める。ただしその後も「人生思索」の章のように(例えば「桃園」の)、古典文法(旧仮名で)の古調の作品群がある。
 378ページの「宝石の盗人」でもって、詩集「水の黄昏」紹介(1)の区切りとする。
 なお引用中、正字を新字に替えた所があります。
0-43
写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


↑このページのトップヘ