風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

IMG_0001
 先日、福井県に在住の詩人・前川幸雄さん(福井県詩人懇話会の元・事務局長、現・副代表)より2冊を、「鯖江詩の会」を通して贈られた。
 前川さんは詩作(「鯖江詩の会」の同人詩誌「青魚」に発表)の他、現代中国詩の翻訳の先達であり、5冊の翻訳詩集を出版している。またカルチュア教室では、中国古典の指導もしている。
 上の詩集は、孟子、列子の言葉、カルチュア教室の皆さんの言葉から、「弐楽半」と名付けたと「まえがき」にある。
 2017年9月、土曜美術社出版販売・刊。165ページ。

IMG
  また文学総誌「縄文」創刊号を贈られた。文芸作品(詩、漢詩、短歌、随想)だけでなく、諸研究(作曲家・今川節を巡って、一般研究、等)も掲載するので、文学総誌と名付けられた。B5判、22ページ。執筆者8名。2017年5月・刊。
 いずれも読み了えて、ここで紹介したい。


 9月27日(水曜日)の午前9時半に、メンバー3人が喫茶店の1隅に集まって、短歌研究会B第19回を持った。
 
同B・第18回は、先の8月31日の記事にアップした。
 まず歌誌等の貸し借り、返却をし、Tさんの発案だった、岩波文庫「土屋文明歌集」(僕がアマゾン・マーケットプレイスで3冊を買った)を、それぞれ2人に渡し、代金を受け取った。
 研究会Bは、まず岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みに入る。
 第4歌集「晩夏」の、前回に継ぎ「しぐれ降る」の章(93ページ)より。
 「文学に殉(したが)ふごとく言ふ聡(さと)さ淋しきときに憶ひゐにけり」、「おぼろなる行為なしつつ移りゆく一群も思想を表白せよ」の2首は、時代を隔てて判然としないが、一時は激しかったものの次第に後退してゆく日本戦後文学(文学の戦争責任論を含めて)を指すのだろうか。
 「停年にいたりし彼を迎ふるは老妻(おいづま)ひとりと無限悲哀感」と詠むけれど、僕は定年の時に妻とお祝いをし買い物をしてもらい、再任用職も辞めたあとにはストレスからの解放感があった。
 「階段の途中にて窓にわれは寄る鷗乱るる空脆く見え」の歌などが、宮柊二の歌として、当時の最も優れた境地だと、僕は思う。

 「犬と鳩と」の章に入る。「ふぐり下げ歩道を赤き犬はゆく帽深きニイチエはその後(あと)を行く」の下句は、幻視か詩的真実か。
 「若き面(おも)(やつ)るるまでに確かなる意味を言ひたく言ひがたきらし」は、青年が思いは確かだが適切な言葉を持たない焦燥らしい。
 「生(いき)の上(へ)に深くかたみにきずつけば輝くといふ未来恋(こほ)しも」の、「かたみに」は「妻と互いに」と取り、「恋しも」は確実に早く豊かな時代が来てほしい、という希望だっただろう。
 「心弱れば」の章に入る。「熱くなる土としおもふ五月二十八日松葉牡丹を越ゆる蟻あり」のリアリズムと、次の「晩春の何かしづけくもの悲しき昼ありしかな記憶に生きて」の心象との振幅の大きさに、生の困難を見る。
 「梅雨どき」の章では、朝鮮戦争の時期に、自分が従軍した苦しみを忘れられない事を描いているようだ。これで歌集「晩夏」を終える(98ページ)。
 次回の短歌研究会Aの日程を決め、10時45分頃に散会した。
0-46
写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



CIMG0429
 庭の秋の花実3種を紹介する。今月22日の記事、「彼岸花とコスモス」に続く。
 今回の写真は、9月23日~26日にかけて撮った。
 上の写真は、ウメモドキの熟れ実である。葉の落ちたあとの赤い実が美しいけれど、庭に来る小鳥たちが待ってくれない。

CIMG0448
 ムラサキシキブの熟れ実である。毎年、写真のAFが効きにくい。
CIMG0432CIMG0434

 庭の金木犀が今年も咲き、芳香を漂わせている。
 先の写真が、ほぼ全体(黄色い点々が花)、後の写真が接写である。


↑このページのトップヘ