風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年・2刷)より、「韓国現代詩選」(1990年・花神社・刊)の、最終、4回めの紹介をする。
 
同・(3)は、先の1月11日の記事にアップした。
 今回は、黄東奎(ファンドンギュ)の4編、呉圭原(オギュウォン)の4編、崔華國(チェファグク)の4編、いずれも詩集初出を読みおえた。
 黄東奎の「小型百済佛像」では、「彼らはどこへ行くのか/どこに そしてわれわれは?/あなたはほほえむ/微笑 劇薬瓶の指示文を読みとるように/私はあなたの微笑を覗きこむ」と、社会の暗い部分も見て来た小仏像の心を思い遣る。
 呉圭原の「突然 間違って生きているという思いが」では、「どうせ間違って生きたのなら ひきつづき間違って生きる方法も方法であるよと/悪魔のような夜がわたしをたぶらかす」と締めて、詩人らしからぬ、1部の人の生き方を示している。
 崔華國は在日50年にわたる(当時)詩人であるが、第1詩集はハングルで書かれた。「美しき仇(ウォンス)」では、韓国の気象情報のラジオを聴いて、「美しき仇 ソウルの娘っ子よ//波立つ一すじの海峡を越えて/凶悪な老虎の乾ききった狂気のさまに/…」と、鋭い懐郷の思いを述べる。
 前回で、選ぶ詩人、作品に偏りがあると書いたが、彼女の詩人紹介では「モダニズム」、僕にはシュールリアリズムと取れる作品も翻訳していて、前言を撤回する。シュールリアリズムは、産業社会の狂気を表わしている。
 ただしこの詩集の「あとがき」で訳者は、「独断や偏見を恐れずに、一九八〇年代の、それぞれタイプの異なる、自分の気に入った詩だけを集めてみたいと。…すぐれた詩人でも、…すれちがってしまったということも多いに違いない」と、率直に述べている。
焚き火2
「写真AC」より、焚き火の1枚。


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 村上春樹「職業としての小説家」(新潮文庫、2016年10月・刊)を読みおえる。
 昨年10月18日の記事、
「届いた4冊」で、入手を報せている。
 文庫本が出るまで待ち、買ってから寝かせておいたのは、kindle本「村上さんのところ コンプリート版」(前のブログ「サスケの本棚」で何回かに分けて紹介した)で、彼の個人としての悪い性格を見てしまった(励まされる部分もあった)からである。彼のいわゆる「麻薬」が切れた思いだった。
 読み始めようと思ったのは、何となくで(長めで読みやすい本として)、彼の新刊小説の題名、冊数を知る前である。春頃に新刊小説が出るらしい、という情報はあったかも知れない。
 Amazonの「内容紹介」では、「自伝的なエピソードも豊かに長編エッセイがついに刊行」と書かれて、直接には書かないが自伝的エッセイとして売ろうとしている。
 村上春樹としては、年齢的に、作家歴的に、文学賞について、学校について、等の考えを全12章で、明らかにしておきたい、という意向だろう。
 ただしどうしても、成功者の回顧談と読んでしまう。いかにチャンスを掴み、いかに苦労・努力したか、というような。
 しかし2月24日・発売の新刊小説、「騎士団長殺し」(1)(2)をAmazonに予約して、わくわくするのは、彼の麻薬の味を思い出したか。小説は、最上等の内容と信ずる。


 

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)の、「韓国現代詩選」(1990年、花神社・刊)より、3回めの紹介をする。
 今月5日の記事、
同(2)に次ぐ。
 今回は、河鐘五(ハジョンオ)の4編、黄明杰(ファンミョンゴル)の4編、金汝貞(キムヨジョン)の4編を、読みおえた。
 河鐘五の「屋台」は屋台の飲み屋を引く中年夫婦を、「ミドリマチ」では遊郭で苦しむ小娘を、描いて哀れだが、原詩集の出版時期にも拠るのか、既視感がある。「忘憂里で暮らしながら」では、父親と子(5歳)の会話があって、ようやくサラリーマン家庭を思わせるが、後半で強引に朝鮮統一の願いに向かう。
 金汝貞の「水鶏のことば」では、「くいなは/いろんな思い いろんな感覚 すべて/…/「トゥムプ トゥムプ」 きれいな鳴き声」と謳って、詩の原点を思わせる。「いのちの芯」では、「愛の病気を骨髄に封じ込めて/…/なんて悪性のはやりやまい/それでも女たちは争ってその病気を患ったのね/その病気の芯が/いのちの芯でもあったのだから」と謳い上げる。自分の達成や成功、つまり自己実現を男に託したのなら、哀れな話である。
 訳者の性格に拠るのだろうが、翻訳する詩人、詩に偏りがあるようだ。焚き火1
「写真AC」より、焚き火の1枚。


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