風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

風のアンダースタディ

 Amazonのkindle本より、鈴木美紀子・歌集「風のアンダースタディ」を読み了える。購入は、今月2日の記事にアップした。
 書肆侃侃房の「新鋭短歌シリーズ」よりkindle版で読んだ歌集として、先の5月10日に記事アップした、蒼井杏
「瀬戸際レモン」に継ぐ。
 印象は、ずいぶんネガティブだな、という事である。結婚願望があって(相手にネクタイを贈ったりしている)、結婚しながら、DVを受けたようだし、相手の無呼吸症候群を知らせないのは憎悪を感じる。
 何も幸せな生活や、リアル充実を描くばかりでなく、短歌にこだわるのは訳ありの事情だろうから、ネガティブな歌があって良い。ただし「短歌は自己救済の文学である」という言い伝えを信じ、実感している僕としては、もっとポジティブな歌があり得る筈だ、と信じる。その後の彼女の短歌を知らないけれども。
 師の加藤治郎が、解説「代役の私」で引いた17首と、僕が読みながらメモした8首が、意図せずに全く重ならないのは、短歌観の違いだろうか。
 以下に6首を引く。
この辺は海だったんだというように思い出してねわたしのことを
お皿にはグリンピースが残されて許せないこと思いださせる
マフラーやネクタイ贈れば気のせいか怯えた目をするあなたと思う
本心が読み取れなくて何回もバーコードリーダー擦りつけてた
これ以上きみには嘘をつけないと雨は霙に姿を変えた
さっきまでわたしはあなただったのにシャンプーの泡ですべて流した




 

 6月2日(金曜日)に、5月30日・予定だった短歌研究会B第15回を、僕の都合で日程をずらして持った。
 
同・第14回は、先の4月29日の記事にアップしてある。
 喫茶店の1隅に、メンバー3人が、朝9時半に集まった。
  僕がTさんに借りていた歌集を返し、ツイッターの話などのあと、研究会に入る。
 同・Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の、読み込みである。
 歌集「小紺珠」より、「小現実」の章の「赤い燠」の節(76ページ)より入る。
 1首目「「もっと苦しめ」といふ声ぞする」の苦しみの源は、従軍体験と作歌の困難を、重ねているのだろう。
 「袖無し着たり」の幼子は、当時として豊かだったか貧しかったか、今の僕たちにはわからない。
 「黄と仄青(うすあを)のけむり行く」の「仄」は淡ではなく薄でもない、拘りがあったのだろう。焚き火の煙を詠むのは、他の歌にある「小現実を歌にせむかな」の実践である。
 「いくばくかわれの心の傾斜して日当る坂を登りつつあり」の「傾斜」を、僕は崩れ、後退かと取ったが、内向きになっている、「坂」との縁だろう、という意見だった。また、宮柊二は結句が上手い、という感想が出て、改めて意識した事だった。
 「わが国人(くにびと)の」の句があって、日本人を指すのだろうが、郷里の人を指すか、よくわからなかった。
 「たたかひの中に育ちし子のまへに多く黙しておくれゆく父」の、「子」は自分、「父」は実父を指すのだろう。
 歌集「晩夏」(1951年・刊)に入り、3首進んだ(81ページ)所で、僕が腰痛でギブアップした。喫茶店のベンチ椅子が固い。
 予定は11時までの所、10時半に、次の予定を決めて散会した。
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。


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 所属する短歌結社を、「コスモス短歌会」より、「覇王樹社」へ移った。「コスモス」では、24年余在籍して来て、自分の短歌の未来がない、と感じられたからである。
 「覇王樹」は、創刊者・橋田東声の生き方に共感しており、ネットのホームページ(リンク集にあり)より問い合わせて、準同人で入会した。
 歌誌は薄く2017年6月号で42ページで、「コスモス」(出詠していないが、会費を6月号分まで払ってある)の6月号の206ページに及ばない。
 「覇王樹」は2020年に100周年を迎えようとしている。毎号の歌は、同人は無選6首、会員・準同人は8首出詠・6首の掲載である。10首詠欄、15首詠欄があり、題詠・付け句の募集など、意欲の継続に意を払っている。
 僕の歌が初掲載の6月号が、5月26日に届いた。すでにほぼ読み了えている。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。T・サツ子さんの「厳寒の」6首より。
好きなだけ飲んで下さいふらついた足元は何、酒か齢か
 僕の6首は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、
6月1日の記事より、2日続けてアップしたので、横書きながらご覧ください。


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