風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 入院15日めの報告をする。昨日に2週間めの報告をする予定だったが、1月3日・公開の記事を休んだ為、予定が混乱した。今この記事を書いているのは、1月4日の16時前である。午後7時頃の夕食のあと、記事を書いていると9時の消灯時刻を過ぎる場合があり、同室者に迷惑を掛けかねない為、時刻を早めている。
1週間めの報告は、12月28日の記事にアップした。


 ランダムに書くと、風呂は月曜日~金曜日は毎日、土曜日はシャワーのみである。正月3日は、シャワーのみだった。今日4日は浴槽が張ってあった。
 一人紅白観戦を覚悟したが、大晦日に入室者があった。紅白は白々しくて、テレビをイヤホンで聴いていたが、早めに止めてよく眠った。
 睡眠はよく取れなくて、これまで1晩5時間くらいである。主治医に訴えると、ステロイド剤の高揚感のせいを言われた。同室者など、環境が次々変わるせいもあるだろう。体重は2週間で4キロ減った。
 主治医の回診は、正月まで毎日あった。2日、3日の土・日曜は休みだった。医師も人の子である。
 2、3日は食事も量が少なく、簡素だった。食事方も人を減らしたのだろう。

 ステロイド剤の量は1週間ごとに減らされており、順調に行けば、1月12日(3連休明け)頃の退院を、主治医より示唆された。
 1日、甘い物を取らないのに、夕食前の血糖値が高くてインシュリンを打たれる日があり、1日の辛抱が無になるようで悔しい。妻は、2、3日ごとに会いに来てくれる。面談室で、衣類を交換し、飲み物を受け取るだけである。苛つく日もあったが、今は面談のあと落ち着いている。
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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。


 景山民夫の短編小説集「ハイランド幻想」を読む。
 ブログ「風の庫」「サスケの本棚」に共に記事がないので、初めての作家だろう。
ハイランド幻想
 中公文庫、1997年・刊、250ページ。

 景山民夫(かげやま・たみお、1947年~1998年、享年50歳)は、放送作家として大成功のあと、小説家に移った。
 「ハイランド幻想」には、10編の短編小説を収める。
 苦難を越えてハッピーエンドのストーリーの中に、特異な「狸の汽車」が挟まる。狸の古老・権兵衛が、後輩たちの目の前で、日本最初の汽車と化け物対決し、あっけなく敗死する結末である。狸が人を化かす自慢話は、創作の手の内を明かすようだ。汽車が何の比喩か分からない。科学文明を指すのではないだろう。
 表題作「ハイランド幻想」は、日本からネス湖のネッシーを探りに行くストーリーである。ゆるゆると旅を楽しむが、ベンチより夜のネス湖に大きな黒い影が横切っても、ウィスキーの瓶と共にホテルへ戻ってしまう。すべてのフィクションが空しい、というように。


 鷺沢萠の留学体験記「ケナリも花、サクラも花」を読み了える。
  鷺沢萠の本はわずかに読んだ気がするが、この「風の庫」になく、タブレットでは前ブログ「サスケの本棚」にログイン出来ないので、確認できない。(追記:その後、「サスケの本棚」にログイン出来て、「帰れぬ人びと」「駆ける少年」の感想を見つけた)。

ケナリも花、サクラも花
 新潮文庫、2000年3刷、184ページ。
 1993年1月~6月まで、韓国の延世大学に語学留学した体験記である。留学の契機は、父方の祖母が韓国人であり、自分がクォーターだと知った事という。
 親しい韓国2世、3世に囲まれ、悪辣なジャーナリストにうんざりしながら、10円ハゲを作るほど苦労して、2学期間を学んだ。

 鷺沢萠(さぎさわ・めぐむ)は、1990年に結婚し、翌年に離婚した。2004年に35歳で自死した。理由は文学的に行き詰まったのだろう。多くの読者がありながら、大きな文学賞を獲れなかった。彼女の突き詰める性格と、社会の成り行きが望んだ方向と違っていた事が原因と思われてならない。

 彼女は上智大学ロシア語科を除籍になったけれども、人生まで中退しなければよかった。「戦わない者が勝つ」のかと、微かに憤る。

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