風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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 庭に咲き残るムクゲ、2種を紹介する。先の日曜日(9月17日)に撮った写真である。
 左は純白一重、右は赤紫八重(花笠咲き)である。
 この夏に4回に渉って紹介した、7種のムクゲの内、上の2種は
最初に紹介した木と、同じである。
 それらをまとめてご覧になりたい方は、右上の記事検索欄に「ムクゲ」と入力して、ご覧ください。
 花容が衰えたとはいえ、勢いのある木は早くから咲き始め、晩くまで咲き残るものだろうか。
 生け垣と車庫のため、家前の県道からは少し見えにくいが、賞めてくれる人もいた。



 8月の短歌研究会Aは、都合により休止となったが、9月18日(敬老の日の休日)の午後1時半より、メンバー3人がある喫茶店の1隅に集まって、第38回が持たれた。
 
同・第37回は、7月15日の記事にアップした。
 短歌研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 Mさんの12首より。中・下句の「葉の上を青き毛虫が生命密むる」を「葉の上に…密みゐる朝」に直すよう、Tさんと僕が奨めた。下区の「人参の芽の青あをと立つ」の「立つ」は本人も気にしていて、僕は「青あをと出づ」くらいでどうかと奨めた。結句「吾にもやさしき」は「吾にもやさし」で良いだろう、という事になった。
 Tさんの15首より。上句「興福寺五重塔が」が重いようだと本人が言うので、Mさんと僕が「旅を来て」に直すよう、一致して奨めた。下句より「湯にゐて」との「て」の重なりは、「湯にひたり」とTさん自身が直した。「神さびて見ゆ」は、「神寂びて見ゆ」の方が、緩やかな表し方のようだ。上句の「独り言のやうに父は」は、2句が字足らずなので、「やうにも父は」と誤魔化すよう僕が奨めた。3句4句が「舞ふ鷺の群れにと降りる」は、紛らわしいので「舞ふ鷺が」と主語である事を明示するよう、僕が奨めた。16首目の結句「今夜を読まむ」がわかりにくいと僕が言った所、自身が「今夜は読まむ」と直した。
 僕の10首より。「明らかに抜け毛少なきこの頃やわが頭髪に秋は来たりぬ」は、秋が来て抜け毛が少なくなった喜びの歌だが、「頭髪が薄い」ように2人に受け取られて、没。初句「ブロ友は」の「ブロ友」はブログ上の友人の事だが、ブログの世界で通っているか、2人にはわからなかった。
 あと、今期の僕の45首程を、2人に読んでもらって、感想をもらった。
 短歌研究会Bで、「土屋文明歌集」も読みたいとTさんが言うので、僕がネットより岩波文庫版を探す事になった。
 次回の日程を決め、3時頃に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「ピノキオ」のイラスト1枚。


 青磁社「永田和宏作品集 Ⅰ」(2017年5月・刊)より、第8歌集「方位」を読み了える。
 先行する歌集「荒神」は、今月9日の記事にアップした。
概要
 原著は、2003年、短歌研究社・刊。
 404首と、あとがきを収める。1998年~2000年の作品である。
感想
 生物学研究者として師を送り、後輩の研究者・学生に諭す立場でもあった。
 息子・淳に子ができて祖父となり、娘・紅は京都大学を卒業し父と同じ大学で研究者となった。
 また2000年には、妻・河野裕子に乳癌が見つかり、左乳房の乳腺の2/3を摘出した。河野裕子の歌(歌集「日付のある歌」より)に、「何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない」、「悔しがり大泣きしたるざんばらを黙し見てゐしは君と紅のみ」、他がある。

引用
 以下に7首を引く。
ゆで卵が湯に騒ぐなり澱のごとき敗北感は昨日より続く
将来の保証無き職業に耐え得ぬとまたひとりわが部屋を去りゆく
バンダナがまだ似あいおり似あうのにどうして父になるなどと言う
キャンパスの北部南部に棲みわけて娘とわれはときおり出会う
サイエンス以外はなべて遠ざけて来しと聞きしかばすなわちひるむ
大泣きに泣きたるあとにまだ泣きて泣きつつ包丁を研ぎいたるかな
ポケットに手を引き入れて歩みいつ嫌なのだ君が先に死ぬなど
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写真ACの「童話キャラクター」より、「ピノキオ」のイラスト1枚。





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