風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「柴田哲夫 底流」と検索すれば、すぐに出て来ます。柴田哲夫は、Kindle版・詩集「詩集 日々のソネット」、「改訂版ソネット詩集 光る波」と同じく、僕のペンネームです。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

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 10月8日(第2日曜日)の午後2時より、「きららパーク」で、第12回「苜蓿忌」が催された。
 「苜蓿忌」は、福井の先達詩人、広部英一(元・「木立ち」誌代表、思潮社より全詩集あり)を偲ぶ集いである。
 
同・第11回は、昨年10月2日付けの記事で紹介した。
 集まった人は、碑前祭だけで帰った人を含めて、約40名だった。詩人が逝いて12年半が過ぎている。
 上の写真は、公園の詩碑の前で、碑前祭である。
 実行委員の挨拶、K・年子さんの広部さんの詩の朗読、K・明日夫さん(現・「木立ち」誌・代表)の広部英一論があった。そのあと碑前に献花、献本(「木立ち」関係)が行われた。

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 そのあと、「きらら館」内の1室に移って、偲ぶ会(茶話会)が持たれた。
 まず福井県ふるさと文学館館長の挨拶。
 M・迪男さんの司会で3名が思い出(秘話があとも多かった)を述べたあと、広部さんの実弟によるハープ演奏2曲があった。
 また7名が思い出を語り、司会の「話したい人は?」の声に、僕が手を挙げた。偲ぶ会で語るのは、初めてである。僕の高校生時代(約50年前)の広部さんとの出会い、僕の第1詩集を地方誌に好意的に紹介して下さった事、などを述べた。そのあとも、5名が語った。
 K・明日夫さんの締め括りの語りのあと、故・詩人の夫人の謝辞で、4時半頃に第12回「苜蓿忌」を了えた。



歌誌
 今月1日の記事、「贈られた2冊と届いた1冊」で報せた3冊の内、3冊目の歌誌を紹介する。
 結社歌誌「覇王樹」2017年10月号である。
同・9月号の紹介は、先の9月2日の記事にアップした。
概要
 2017年10月1日・刊、38ページ、歌はほぼ2段組み、散文は3段組みである。
 代表・発行人は佐田毅氏、編集人は佐田公子氏である。
感想
 出詠歌はもちろん、楽しい学びであり、題詠・付句(募集)も嬉しい。
 「私の選んだ10首」(3名に拠る)、各クラスの先々月号よりの抄出批評(5ページ)は、学びになる。
 「受贈歌集紹介」はほぼ3ページに渉り、支部歌会報告も丁寧である。
引用
 以下に2首を引用する。
 「東聲集」のK・あき子さんの「早朝に」6首より。
幼児が待合室であきる頃からくり時計は熊を踊らす
 手動みたいに、飽きる頃の間隔で、時計の熊が踊るのだろう。上手に平仮名を遣っている。
 「大翼集」のM・真知子さんの「幻想」6首より。

逝き方のリクエストなど出来るならドライアイスのごとく消えたし
 「ぴんぴんころり」願望の、発展形だろうか。定型を守っている。
 だれしも思う事は同じだろうが、比喩的にでも、昇華して逝きたい。


詩集

 今月1日の記事
「贈られた2冊と届いた1冊」で到着を報せた3冊の内、初めの1冊、黒田不二夫・詩集「キャベツの図柄」を読み了える。
概要
 黒田さんは、福井県に在住、長く教職にある。教員、同・経験者が同人の詩誌、「果実」に参加している。
 第4詩集。2017年9月20日、能登印刷出版部・刊。
 帯、カバー、85ページ。4章(Ⅰ~Ⅳ)に分け29編と、あとがきを収める。
感想
 第Ⅰ章の冒頭「ネコ派 イヌ派」では、「自分の詩はネコ派でありたい」と述べる。
 「キャベツの図柄」では、全5連の第4連で、次のように書く。
たかが野菜と言うなかれ
ぴっちりと葉を巻いて育つキャベツ
このようにぴっちりとした
生き方ができるか
 キャベツの断面に、人生を想う、優れた作品である。
 第Ⅱ章に入って、「箱をつぶす」で、つぶした箱を様々に述べるが、箱とは現役教員のプライドだろうか。
 第1章、第Ⅱ章では、物に寄せて人生を描いているようだ。

 第Ⅲ章は、想像力を用いて世情への批判のようだ。「銀色の鳥」では、小都市の路上に降り立った銀色の鳥、「日野川沿いの田んぼに」では、田んぼに浮かぶ軍艦を、出現させている。
 第Ⅳ章では、家族との関わりを描いて、老いに入る境地を描く。
 「母の箱」より、1部を引用する。
箱に貯めていたものは
母であった証
母であろうとした証
母でありたいために捨てざるをえなかったもの
今 介護施設にいる継母
 「あとがき」で「人生最後の詩集になるかも知れないという思いは強い。」などと言わないで、これからも長く活躍してほしい詩人である。


 

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