風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 思潮社・現代詩文庫78「辻征夫詩集」より、「学校の思い出」から、と「今は吟遊詩人」を読み了える。
 同・文庫の購入は、今年8月18日の記事、3冊を買う、にアップした。


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 現代詩文庫78「辻征夫詩集」は、1982年第1刷、2000年6刷。第1詩集抄出と、完本詩集3冊、未刊詩篇を収める。
 辻征夫(つじ・ゆきお)は、1939年・生、2000年・没。

 今回は、「学校の思い出」抄(2編)と「今は吟遊詩人」を読む。
 僕は自称・詩人が苦手だ。僕は「詩を書く人」として、詩を書いて来た。「人の心を最もわからない者が詩人になる」という言葉がある。自分の心を最も知る詩人かもしれないが、中っているようだ。他人を気遣う人でありたい。

 これらの初期詩編は繊細で美しい。しかし詩は美しければ良いものではない。僕ははじめ、エモーションの強さと、うねり(音楽性。クラシックはほとんど知らなかったが)と思っていた。吉本隆明の「言語にとって美とは何か」は画期的論考だが、僕は題名に違和感を持った。文学に美が至高とは思えなかったからだ。

 辻征夫は、ランボーの高さ、リルケの深さに至らない、と苦しんだという。彼は後に、ライトヴァースと呼ばれた。俳句も吟じ、日本的な軽みの境地だろうか。後年、彼は数々の詩賞を受賞した。






 この記事を書いている12月27日(日曜日)夜、12月21日(月曜日)の入院より、1週間が過ぎた。
 入院前日は、冬至前日だったけれど、妻が冬至南瓜を作ってくれ、柚子を買って来てくれ、柚子湯を立て、励ましてくれた。
 入院の朝、家の鍵も置いて行き、妻の運転する車で出掛け、10時頃、病院・着。予約の10時半、4人部屋に入る。荷物は、台車を出して貰うほど多かった。コロナ禍のため見舞い禁止で、談話室で妻とわかれる。
 入室の時、4人部屋の1人がちょうど退院で、顔も合わせなかった。あと1人の患者がいて、僕はカーテンの隙間から挨拶した。もう1人の入室があったが、2人は相次いで退院した。 
 もう1人の入室があったが、29日(火曜日)に退院との事で、孤独な紅白歌合戦鑑賞を覚悟した所、今日27日に入室があった。しかし年を越えるかわからない。
 僕の入院(大動脈周囲炎の治療。ステロイド剤の多量服用のため、副作用の諸病の発生を抑える)は、短くて3週間、長くて4週間との主治医の言葉だった。主治医は休日を含め毎朝、日には午後も巡視して、励ましてくれる。
 看護師さんは優しい。朝夕に、血糖値、血圧、体温を測りに来る。療養は2日めからの服薬のみで、家からの内科薬を含め、多くの薬粒を飲む。
 22日に眼科検診を受けたが、異常なし。明日(月曜日午前)に前立腺肥大症の検診を受ける。
 食事は糖尿病食ながら美味しく、量も十分である。
 妻は水曜日、土曜日と来てくれ、談話室で下着を交換し、健康茶を受け取って、短く話した。
 入浴は月曜日~金曜日は毎日、土曜日はシャワーを浴びれる。同室の人との小さなストレス(迷惑を掛けないか等)と、余分な睡眠をとれない事のほか、ほぼ困る事はない。

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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。

 江國香織の小説「冷静と情熱のあいだ」を読み了える。
 彼女の小説の紹介は、今年7月27日の記事、「なつのひかり」以来である。

 なお今年9月12日に、エッセイ集「泣かない子供」の感想をアップした。

冷静と情熱のあいだ
 「冷静と情熱のあいだ」は、角川文庫、2001年・9版、275ページ。
 イタリアのミラノでマーヴというアメリカ人と同棲する日本人アオイが主人公である。穏やかなマーヴ、優しい周囲の人に囲まれながら、アオイにはフラッシュバックする記憶がある。日本の帰国子女大学で出会った阿形順正であり、「私のすべて」と信じたが、人工妊娠中絶を許されず、別れた。
 その10年後、阿形順正から1通の手紙が届き、アオイとマーヴは別れる。2人の10年前の約束通り、フィレンツェのドゥオモ(イタリアで街を代表する教会堂)で、アオイと順正は再会する。「嵐のような三日間だった。嵐のような、そして、光の洪水のような。」を送ったあと、アオイはマーヴと別れた事を言い出せず、2人は別れる。
 若い時代の一途な恋と挫折が、穏やかな生活に沈み込ませず、幸せになれない。僕は少し泣いた。
 引用の1文でもわかるように、文体は叙述の歩行をやめ、時に舞踏する。彼女には、出版された詩集がある。



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