風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 筑摩書房の「上林曉集」より、先の3月13日の記事にアップした、「きやうだい夫婦」に続き、3作品めの「嶺光書房」を読み了える。


 1945年の2月の20日過ぎ、「私」が「嶺光書房」(「筑摩書房」のこと)を訪ね、著作(第9創作集「夏暦」のこと)を出版してもらう経緯を書いている。嶺光書房は空襲の被害で、会社の地を転々とした。原稿も、1度は空襲で焼かれながら、作者は雑誌に出した作品を集め、書き下ろしで草稿も何もない作品(本の主柱となる)は記憶を頼りに再度書き上げ、嶺光書房に持ち込むことが出来た。たいていの人なら諦める状況で、凄まじい執念である。今ならコピーが出来、パソコンに保存することも出来るが。
 永井荷風や太宰治も仮名で出て来て、当時の避災の様子が知れる。作者と社長・他が、ずいぶん反戦的なことを口にしてしているが、まともに受け取ってはいけない。空襲を何度も受けるなど、敗戦の様が予想され、庶民の間に厭戦気分が蔓延した頃の会話で、戦争初期には大いに煽ったのであろう。
 戦前からの作家でありながら、この集が戦後の1946年発表の「風致区」から始まっている点も不審だった。全19巻の全集では明らかだろうが、それを図書館で借りて探索するいとまは、僕にはない。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。



 4月3日の午前9時~9時半、妻の運転する車で出掛け、近くの枝垂れ桜と花桃3色を見物したので、以下にInstagramより転載する。

 僕の写真技術も、Instagramの人気度も、共に拙さが判ろうというものである。


 思潮社の現代詩文庫155「続・辻征夫詩集」より、1番めの、「天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想」抄を読み了える。
 現代詩文庫155の、メルカリを通しての入手は、先の2月17日の記事にアップした。


続・辻征夫詩集 (現代詩文庫)
辻 征夫
思潮社
1999-02T



 詩集「天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想」から、は7編の抄出である。「瞑想」と自称しても、既に僕が指摘したように、空想癖である。
 「拳銃」は散文詩で、少年時代に作った拳銃は威力があり、今も携えているが誰にも見えない、と主張する。少年時代に獲得した、詩作法だろうか。僕も少年時代に、竹鉄砲を作り、3叉のヤスを付けたゴム式・水中銛を作ったが、怖くて放棄してしまった。
 「天使」では、ヴィヨンの養父を挙げて新しがるが、ぼくは「ヴィヨン全詩集」を読んでいるので、驚かされない。
 「珍品堂主人、読了セリ」は、漢字とカタカナの散文詩(旧かな、古典文法)に、自作俳句4句を加えて、父への挽歌である。いかにも照れ屋らしい。
 「梅はやきかな」は、詩論「曲芸師の棲り木」で「私はいまでも詩は戦闘用語でかたるのがもっともふさわしいことがらではないかと思っている。」と述べた、敗戦6年前・生まれの詩人らしく、大軍艦の末路を描いて、戦闘的な内容である。「屑屋の瞑想録」の中に、「某総監の抒情」という、ありえない1章がある。
 「屑屋の瞑想録」には、「パン屋の奥さんの微笑」の1章があり、中産階級の幸福と共に、胸のしこりが癌の兆候らしい事に象徴した、不安を描く。
 これまでと比べて、真実へ進入する度合いが浅いようである。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。





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