風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケが、2017年10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、第3歌集「寒雉集(かんちしふ)」を読み了える。
 
第2歌集「鑿岩夫」は、先の10月24日の記事にアップした。
概要
 「寒雉集」は、戦後の1946年、青垣会・刊。981首。青垣叢書第21篇。
 なお2歌集の間に、合同歌集「いしかは」(1937年・刊)、「日月」(1944年・刊)がある。
感想
 初め2歌集ののち、岡部文夫はプロレタリア歌人同盟から脱退し、1931年、橋本徳壽に入門、「青垣」会員となる。
 プロレタリアの叫び的な自由律短歌から、生活からの写実を旨とした短歌に移った。写生・写実を絶対としない今の短歌の風からは、古風に読める。
 それとこの全歌集が、1ページ20首組みと混んでおり、また歌数も981首と多い事から、かなり読みにくかった。読書の前途の困難を思わせる。
 なおこの当時、作歌意欲旺盛で、1946年にこの「寒雉集」を含め2歌集、1947年に2歌集、1948年に2歌集、1949年に2歌集と、続々上梓している。

引用
 「寒雉集」より、7首を引く。
この夏にひとたび刈りし草(かや)の山蕨と笹とやうやく秀(た)けぬ
ふかぶかとしたるくもりは湖の上に垂(た)りつつ動くともなし
みすずかる信濃の山に汝(な)はおきて任(まけ)のまにまに遠く来にけり
磯の畑の麦を播きをへしくつろぎに和倉のみ湯に姉はゆくとふ
たたなはる砺波の山の上にしてひとひらの雲と昼月とあり
黄なる光(ひ)は渚の上に照りながら浜斑猫のかぎりなくをり
炎天の深き埃(ほこり)を横ぎるにこのかなへびはためらひなしも
0-02
写真ACより、「ウィンタースポーツ」のイラスト1枚。



 11月24日(第4金曜日)の午前9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会B第21回を持った。
 
同・第20回は、先の10月28日の記事にアップした。
 歌誌の貸し借り、返却のあと、研究会に入った。研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 今回は、歌集「日本挽歌」(1953年・刊)より、「孤独」の章の「六階の部屋」の節(104ページ)よりである。
 節の題の「六階の部屋」は職場の事らしく、「はかなしと一人ごちつつ立てるとき無人の机あり吾をめぐりて」の歌がある。一人での残業の終いだろうか。「机」は「き」と読むのだろう。
 次の「智慧出 有大偽」の節の「をさなごよ汝(いまし)が父は才(ざえ)うすくいまし負(おぶ)へば竹群(たかむら)に来(く)も」の「負へば」が「負ひて」でないのは、負った時には竹群に行く当てはなかったのだろう。
 次の「鉄道草」の章の初め、「群(むらが)れる蝌蚪(くわと)の卵に春日さす生れたければ生れてみよ」の結句字足らずの歌とともに、名歌として有名でもある。
 「選歌行」の節の、「露ふかきダリアの花を音たててするどく食みゆくきりぎりすをり」の歌は、音に敏感で、よく観察しているという評があった。

 「朦朧」の章の、「「土を盛る墳(はか)にたづさふる悲しみ」となげかひしものを少しく解(かい)す」の「たづさふる」は「たづさふ」の連体形、「携わる」に近い語で、「関わる」の意味だろう。遺跡発掘の学者の事だろうか。
 この「朦朧」の章のしまい(109ページ)、10時半くらいに、僕の腰が痛んでギブアップした。次の研究会の日程を確認して、散会した。
0-50
写真ACの「童話キャラクター」の「桃太郎」より、宝物のイラスト1枚。


IMG
 先の11月19日の「2017ふくい詩祭」のおり、K・久璋さんから、詩誌「天彦」第10号(B5判、2段組み、22ページ)と、「海の宮」2016年秋・2017年夏よりの抜き刷りを頂いた。「天彦(あまびこ)」第10号は、通常の詩欄と、今年6月に逝かれた詩人を偲ぶ「追悼 岡崎純」と、終刊記念文集を収める。
詩欄
 5名が6編の詩を寄せている。
 A・ひなさんの「草和(くさな)ぎ」は、前衛的な詩である。ところどころ、主語・目的語・述語を省いて、散文的には読ませない。
 N・六さんの「退職金」は、退職金受領の話ながら、悲哀感と危機感に満たされている。
 M・りょうこさんの2編の内、「詩に出会って」では、10年もんもんとして答を探して歩いた、としながら「只、その時々の思いを/文字に乗せて/残すということだけは/出来た」と断言し、出会いがあり人生が広がったと感謝している。詩の徳だろうか。
岡崎純追悼

 追悼として、7名が「1番好きな詩」などを挙げながら、故人の詩法を解いている。
終刊に寄せて
 7名の7編の文章と、Y・万喜さん・編の「「美浜詩の会」の十年の歩み」を載せる。
 代表であるK・久璋さんの「『天彦』の十年、美浜詩の会の今後」にある通り、詩の講座の受講生から始まった同誌だが、会員が力を付け、同人詩誌「角」の同人となった故の終刊である。会は継続・続行するとの事。
奥付け
 2017年11月3日、美浜詩の会・刊。なお「あとがき」に由ると、K・久璋さんが第3詩集「賜物」で、小野十三郎賞を受賞したという事で、おめでたい事である。



↑このページのトップヘ