青土社「吉野弘全詩集 増補新版」(2015年2刷)より、第5詩集「北入曽」を読み了える。
 第4詩集「感傷旅行」は、先の2月25日付け記事にアップした。
 原著は、1977年、青土社・刊。6章に分け28編を収める。
 2番めの詩に「漢字喜遊曲」があり、「母は舟の一族だろうか/……幸いの中の人知れぬ辛さ/…舞という字は/無に似ている/…」と続く。僕は字面に拘る事、言葉遊びが嫌いだ。10余年詩より離れて戻って来た時、自分のレトリックを重ねた詩が嫌になっていた。「人の心に最も疎い者が詩人になる。」という箴言に出会って打たれた。詩人は、言葉の専門家ではなく、心の専門家でなければならない。文字にも声にもならない思いを、拙い言葉に出して、詩と短歌と読書感想に綴るばかりだ。
 「鏡による相聞歌」では、女性に成り代わって自身を鏡に喩え、「あなたが くぐらねばならぬ柵/それなのに/あなたは立ちすくんでいらっしゃる/砕かれることさえ/わたしは怖れていないのに」と古風な1つの思いを表わしている。
 「ほぐす」では、小包の紐をほぐす時に喩えて、「――結ぶときより、ほぐすとき/少しの辛抱が要るようだと」と、結ぼれた心をほぐす難しさを描く。
 「樹」では、「身近な者同士、許し合えぬことが多いのは/枝と枝が深く交差するからだ。/それとは知らず、いらだって身をよじり/互いに傷つき折れたりもする。」と、近親の不和の元を晒す。
 第Ⅵ章3編では、社会的関心を描いている。彼の抒情性と社会的関心が共に溶け合った作品を読みたい。
椿4
Pixabayより、椿の1枚。