昨日(3月23日、木曜日)午前9時半より、メンバー3人の短歌研究会B第13回が、ある喫茶店の1隅で持たれた。
 
同・第12回は、先の2月22日の記事にアップした。
 研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 前回に続き、戦後を詠んだ初の歌集「小紺珠」より、「入江の夏」の章(68ページ)より入る。
 冒頭の1首の「岸壁」と「入江(見おろす)」の位置関係が僕はわからなったが、「岸壁の横に入江が見おろせたのだろう」との推測に至った。
 生活詠の中に、戦場(中国大陸)の回想詠が混じり、ある時は静かに、ある時は激してか破調に詠まれる。
 わが子の事を、「争ひてさまざまにしも生きゆかむ」、「睡きまなぶたさすりやり何に悲しゑ」、「あな優々(やさやさ)し」と、愛しんでいる。
 「来耜(らいし)」は「鋤」の事とMさんが、「便衣」は「普段着」の事とTさんが、「我們」は「われ等」の意味と僕が、それぞれ調べたことを披歴して、歌を理解した。
 「硝子戸」の章には、着物を売る妻、庭畑の胡麻など、戦後すぐの困窮生活が描かれる。「英雄で吾ら無きゆゑ暗くとも苦しとも堪へて今日に従ふ」の1首に、現役時代のある頃の僕が支えられた事も、二人に話した。
 歌人と会って、歌人集会で、鋭く発言したらしく、僕が推測する歌がある(「汝も吾もたまたま遇ひて今日の日に言ひたきことを言へば鋭し」、「権威なき立場に立つとわれは言ひ騒然とせし中のこゑを待つ」)。
 また倒置法、結句の字足らずを、有効に用いている作品がある。
 他にも様々に語って、「七夕」の章を終り(73ページ)、次回の研究会Aの日程を決め、11時に散会した。
クロッカス7
Pixabayより、クロッカスの1枚。