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 昨日(6月18日、第3日曜日)の午後2時より、福井市円山(えんざん)公民館で、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。同・公民館の「ふるさと学級『則武三雄を語りつぐ』」の2年目の第1回として(全3回)。僕が参加した詩の催しとして、5月28日の記事の「第13回『北陸現代詩人賞』贈賞式」以来である。
 演題は、「則武三雄(のりたけ・かずお)の詩と世界」。聴衆は約130名で、同・公民館で最多の集まりだと、館員が述べていた。
 荒川氏は、高校生時代に月1回くらい則武邸を訪ね、詩の則武学校(そう通称された)の生徒(多くの青年詩人が集まった)の一人として、豊かな気持ちになったと述べた。
 則武三雄は、鳥取県出身ながら、朝鮮総督府の下級官吏として17年勤め、戦後には福井県三国町に仮寓中の三好達治を慕って三国に住み、のちに福井市へ移り終生の地とした。異国の者として、土地の文化を高め(例えば北荘文庫を立ち上げ、80余冊を発行)、発掘(例えば越前和紙、著書「越前若狭文学館」など)した。
 日本語を客観的に捉え、純粋な詩(ほとんど意味のない、価値だけの詩)を書き、入り口だけを示し、出口、答えを示さなかった。全国的にはほとんど無名だったが、有力な詩人が高く評価し、韓国でも取り上げられている事を、紹介した。
 また昭和10年代作家の1員と捉えるべきであり、彼らが戦争への贖罪と見るべき大事業をした1964年に、則武三雄も詩集「紙の本」を出版し、絶賛を浴びた。
 最後に、この学級や忌祭・葱忌を持つだけでなく、アンソロジー詩集の用意をするべきだと促して、予定を40分オーバーし4時40分過ぎに講演を収めた(花束を贈られて)。