風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。
 次回の無料キャンペーンを、9月初め頃に予定しています。

2016年11月

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 この11月20日の「2016ふくい詩祭」のおりに頂いた本より、金田久璋・詩集「賜物」を紹介する。
 2016年10月、土曜美術社出版販売・刊。第3詩集。
 まず装丁を褒めておこう。紙本出版の夕映えを見るように、帯とカバーが渋く立派である。
 初めの「サテュロス」での「おのずと」「とんと」、「前と後」での「いやサ」「もっとも」などの修飾語が煩わしく、作品の豊穣になっていない。簡潔文を主張するのではないが、省き得る語は、自戒を含めて、省きたい。
 「サテュロス」の結末で「そこはそこ/臨機応変ってこともある/北風と太陽を按配よく使い分け/そこそこ方便交え 世間と折り合いをつけて/人生ほどよくしたたかに/時には鼻息荒く/嘯(うそぶ)いて」の処世術が、あざとい。地位を登ろうとする者の、それだろう。ヒラのまま定年を迎えると判った僕のそれは、「慎重、忍耐、面従腹背」であった。職をリタイアすると、面従腹背はない。
 「背中を流す」は、風呂で夫が妻の背を流す、睦まじさを描いている。悪性腫瘍を疑われたが、生検の結果、手術を免れた安堵の夜に。
 「パントマイム」の「知っているのだ なによりも柵や網が監獄であることを」の1行は、「なによりも」の句に疑問が残るが、優秀である。僕にすれば、壁も、すべての人間関係も監獄である。ネットと文学に救済の機会を夢見ている。


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 1昨日(11月20日、第3日曜日)の「2016ふくい詩祭」のおり、知り合いの詩人たちから頂いた幾冊かの本から、今日は「天彦(あまびこ)」9号を紹介する。
 代表がK・久璋さんの「美浜詩の会」発行、2016年10月・刊。福井県美浜町・在住の詩人を、おもな会員とする。
 6名が6編の詩を寄せている。
 N・六さんの「孫の守り」では、二人の孫の世話を十分にできなくても、憲法9条を悩む事に、引け目は要らない。生活+詩+政治=3でなくとも、足して1であれば良い(歌人・加藤治郎さんのツイートを参照して)。
 K・久璋さんの「へしこ」では、へしこ(鰯等を塩辛い糠に漬けたもの)を焼いて食べる美味しさを、「都合六杯 うまいご飯が食べられる」と讃える。しかし末2行の「腹を空かせた餓鬼どもが/いさんで家へと帰ってくる」程、現代っ子にとって美味しいものではない。あるいは現代の民話か。
 2名が2編のエッセーを寄せているが、字が小さくて、老眼で視力の弱っている僕は、読む前に挑戦する気が失せる。諸事情はあるだろうが、散文でも字を大きくしてほしい。

 

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 昨日(11月20日、第3日曜日)の午後1時半より、「あおっさ」3Fの1室で、「2016ふくい詩祭」が持たれた。
 主催:福井県詩人懇話会、後援:福井県文化協議会・福井新聞社。
 参加者は、追加の席を設けるなど、50人前後だった。
 T・篤朗さんの総合司会のもと、懇話会代表のW・本爾さんの挨拶より始まった。
 A・幸代さん、Y・道さん、Y・清吉さん、K・信治さんの(ここ1年間に詩集を上梓した)4名が、自作詩1編を朗読し、所感を述べた。
 その後、リラックスタイムという事で、今良幸さんとお仲間3名の、津軽三味線演奏と唄が披露された。「津軽じょんがら節」は曲弾きよりも、「新節」「旧節」の正調が響いた。
 「大阪文学学校」講師を長く務めるなどした、詩人・倉橋健一さんの基調講演「風土性を生きるということ―広部英一の戦後」では、広部さんが詩を純化して行く過程で、捨象したものを問うた。福井空襲の悲惨、それまでに測られなかった震度の福井地震、等。福井県は、拉致問題、原発問題、等を抱え、風土性から普遍化する機会があると、福井の詩人たちを励ました。(上掲の写真)。
 シンポジウム「福井の詩人の詩業 広部英一」では、W・力(つとむ)さんのコーディネイトのもと、H・二三枝(ふみえ)さん、K・不二夫(ふじお)さん、H・裕子(ひろこ)さんの、3名のパネリストが、広部さんの業績をめぐって語った。
 各人が意見を述べ合うスタイルを越え、H・裕子さんの問いより、討議に入ったのは、良い先例となるだろう。
 しまいに広部英一氏・夫人より1言があった。
 懇話会・副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶により、5時過ぎに会が終わった。
 5時半より懇親会(パーティ)があったが、僕は参加せずに帰宅した。

 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)を読み進み、「『スクラップブック』から」の、1回めの紹介をする。
 先行する「茨木のり子『歳月』(Ⅲ)」は、今月6日付けの
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 この「『スクラップブック』から」は、紙誌に既発表ながら、どの詩集にも未収録の102編を、この全詩集を編集した宮崎さんが、周囲の協力を得て集め、編集した1群である。「全・詩集」で済まさず、「全詩・集」とした事は、編集者が責任を負って、評価されるだろう。
 今回は、1950年9月、詩誌「詩学」に初めて発表された詩「いさましい歌」から、1962年4月「記録映画」に発表された「M・Tに」まで、28編を読んだ。
 最初の「いさましい歌」第5連は、「手綱をにぎり/さあ行かうペガススのやうに/蒼穹のはての/あをいあをい透明の世界へ/わたしの髪は煙のやうになびき/お前のたてがみは時空の風を切つて飛ぶ」と、題名通り勇ましく、暗喩を追う戦後詩の色が濃い。
 「民衆」第6連は、「ああ/こののびやかな四肢に、/似合はぬ ふてた姿勢をすてて/ひまはりのやうに立つ日は/何時だらう!……」と、女性としての自立を願っている。
 「年賀状」の第7連、8連は、「むかしはたくさんの女たちが沈没した/女たちの魂と言葉はそこなわれて、死んだ//いまは多くの女たちが弾きかえし/いきのいい鯨や山鳥が傷をかくして/飛びはねる」と女性の反撃を賞めている。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、柘榴の1枚。

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 Amazonに予約注文してあった、総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2016年12月号が、11月15日に届いた。
 特集は「今年を象徴する百首」(10首選×10名)である。早くも年末ムードを興すかのようだ。
 読みおえたなら、ここで紹介したい。
 2017年1月号を、Amazonに予約注文した。僕の方が、もっと気が早い?
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 結社歌誌「コスモス」2016年12月号が、11月17日に届いた。
 「本年度後期の歌集批評特集」があり、1歌集見開き2ページで、会員の11歌集が紹介されている。
 僕の歌は、3首選だった。もう一つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、11月18日付け
記事(←リンクしてあり)にアップしたので、横書きながらご覧ください。

 昨日(11月17日、木曜日)の午前9時半より、メンバー3人で、月1回の(同・Bを除いて)短歌研究会A第29回を、ある喫茶店の1隅で持った。
 同・第28回は、先の10月15日付けの
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 3名がそれぞれ10首の詠草を持ち寄って、批評し合う会である。
 時制の問題、語尾の誤り(へ→え)、大幅な字足らず(結句5音)、字余り(2句め10音)、意志の「む」と推測の「む」は1首の中に併存して良いのではないか、特殊な訓にルビを振るか別字を用いるか、平仮名表記の間違い(かほり→かをり)、無理な句跨り、等を指摘し合って、それぞれ解決策を提示した。
 そのあと、僕のここ1ヶ月間の60首余りを、TさんとMさんに読んでもらい、良いと思う歌、わからない歌、等を教えてもらった。
 また僕の持って来た「宮柊二アルバム」を二人に見てもらった。
 10時45分くらいに散会。
 午後すぐ、二人の意見を参考に、結社歌誌「コスモス」来年2月号の詠草10首を作成し、詠草用紙に合わせてプリントした。締め切りは22日だが、今日は金曜日なので、今日中に投函したいからである。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、柘榴の1枚。

 角川書店「増補 現代俳句大系」(全15巻)の第11巻(1982年・刊)より、2番めの句集、角川源義「ロダンの首」を紹介する。
 10月30日の
記事(←リンクしてあり)、沢木欣一「塩田」に継ぐ。
 角川源義(かどかわ・げんよし、1917年~1975年、享年58.)は、俳句に傾倒すると共に、角川書店・創立者である。
 句集の他の業績に、俳誌「俳句」、歌誌「短歌」の発行、各賞の設定、俳人協会の設立・俳句文学館の建設、他に貢献した。
 原著は、1956年、近藤書店・刊。480句に、石田波郷の跋文、著者のあとがきを付す。
 出版人らしく、章の立て方は複雑で、「ひとりの部屋」(1955年~1956年)、「末黒野」(1952年~1954年)、「わかれ路」(1945年~1951年)、「ななかまど」(1933年~1939年)の、4章立てとなっている。
 初期の句を後部に置き、1945年(敗戦)を区切りにした点は、評価できる。
 以下に5句を引く。
麦秋の駅を下りゆく土佐の貌
岩雲雀懺悔の坂を落ち行けり
まひまひや父なき我に何を描く
草ぼけの高原(たかはら)深くひつぎ行く(堀辰雄氏死す)
銀座びと生き愉しめり春の雷
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フリー素材サイト「Pixabay」より、柘榴の1枚。


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