風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

2017年03月

 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年再版)より、第9歌集「海にたつ虹」を読み了える。
 第8歌集
「火の系譜」は、先の2月28日の記事にアップした。
 原著は、1962年、白玉書房・刊。井上靖の推薦文(帯文か)、佐藤春夫の序文(3歌集目)、後記「おわりに」を併収する。
 「火の系譜」のあとがきで、「生命の不安にゆすぶられながら」とあるように、健康への不安があったようだ。
 「海にたつ虹」のあとがき「おわりに」には、「「火の系譜」のはげしさから抜け出ようとして、「海にたつ虹」の苦悶は、少なからず私に混迷を強いた。」、また「新しい「きざし」をもつべき転機が私の作歌の上にもきているかも知れぬ…」と述べられる。彼女は脱皮を繰り返して、新しい歌境を拓いたのかも知れない。
 以下に7首を引く。
血塊のごと墜ちやまぬ無尽数の椿おそれし夢も重たし
剪毛のをはれば痩せし緬羊らいたく強情に雨の草喰ふ
火を盗むかなしみのこと読み終へてきしきしと捲く小さき竜頭
鉱鋅(のろ)あかき空地さらして月あれば嘘などはなき明日が来るべし
口紅に似たる蕾の花買へり冬脱ぎてゆくやさしき一日
埋立ててはやも荳科の蔓匍へりかかる自生も妬みにかよふ
風鐸に似てかなしみが鳴るわれかなだめられゐて明きゆふぐれ
椿6
Pixabayより、椿の1枚。





 角川書店「増補 現代俳句大系」(全15巻)の第11巻(1982年・刊)より、9番目の句集、能村登四郎「合掌部落」を読み了える。
 先行する
石川桂郎「含羞」は、先の2月11日の記事にアップした。
 能村登四郎(のむら・としろう、1911年~2001年)は、1945年に応召・除隊・教職に復職した。1946年「馬酔木」復刊と共に投句を再開、1970年に「沖」創刊・主宰した。
 原著は、1957年、近藤書店・刊。
 教師としての哀歓を吟じて歓迎されたという第1句集「咀嚼音」に次ぐ、第2句集「合掌部落」は、1954年~1956年、合掌造りで名のある白川村(当時、ダム建設反対の運動があった)や内灘等を訪れ、政治活動ではない社会性俳句を開いたと言える。
 受賞等は後年が多く、「同世代の俳人に比べてデビューが遅れた分、作家生命のピークが老境と重なった」とする論がある(三省堂「現代俳句大事典」2005年・刊、に拠る)。
 以下に5句を引く。
昼顔の他攀づるなし有刺柵(内灘)
日本海青田千枚の裾あらふ(輪島より千枚田へ)
大家族の椀箸あらふ露の井に(合掌部落)
わが諾のことば待つ子が炭火吹く(緊木)
登呂村も馬鈴薯の花も覚めしばかり(登呂麦秋)
椿5
Pixabayより、椿の1枚。



 昨日、NHK短歌(3月5日・放送分)の再放送を、午後3時~3時25分まで観た。
 司会・剣幸、選者・坂井修一、アシスタント・カン.ハンナ、ゲスト・中田喜子

 坂井氏が投稿歌(題は「父」)の秀作を挙げ、ベスト3を決める。父に関わる投稿手記より、坂井氏が1首を作り、また投稿歌の添削もする。
 坂井氏からファンのゲスト・中田喜子さんに 1首が献げられる。これまでの最長、12音の折句だそうで、ファンの熱烈ぶりがうかがわれる。
 坂井氏の選者は、今年度今回が最後だそうで、表情がやや淋しそうだった。
椿3
Pixabayより、椿の1枚。


 

CIMG9298

 講談社の写真集「日本の天然記念物」(全6巻、A4判)より、第6巻「6 地質・鉱物」(1984年2刷)を見了える。
 
同「5 植物Ⅲ」は、先の2月7日の記事にアップした。
 巻頭の「地質・鉱物の指定」(渡部景隆)に拠ると、大多数が戦前に指定されたものである。
 河食では、厳美渓(岩手県)の甌穴が面白い。称名滝(富山県)は、日本最大の瀑布で、秋には紅葉に映える。
 海食では、福岡県・芥屋の大門(けやのおおと)が、高さ65メートルもの柱状節理を見せる。
 石灰岩地形では、秋芳洞(山口県)・他の石灰洞が、鍾乳石・石筍等とともに年代を思わせる。
 火山では、昭和新山(北海道)が新しいが、1945年9月の隆起である。
 化石では、新しい貴重な発掘が多いだろうが、天然記念物の指定は少ない。
 6冊の「日本の天然記念物」を見了え、次は何の写真集を見ようか。


 青土社「吉野弘全詩集 増補新版」(2015年2刷)より、第5詩集「北入曽」を読み了える。
 第4詩集「感傷旅行」は、先の2月25日付け記事にアップした。
 原著は、1977年、青土社・刊。6章に分け28編を収める。
 2番めの詩に「漢字喜遊曲」があり、「母は舟の一族だろうか/……幸いの中の人知れぬ辛さ/…舞という字は/無に似ている/…」と続く。僕は字面に拘る事、言葉遊びが嫌いだ。10余年詩より離れて戻って来た時、自分のレトリックを重ねた詩が嫌になっていた。「人の心に最も疎い者が詩人になる。」という箴言に出会って打たれた。詩人は、言葉の専門家ではなく、心の専門家でなければならない。文字にも声にもならない思いを、拙い言葉に出して、詩と短歌と読書感想に綴るばかりだ。
 「鏡による相聞歌」では、女性に成り代わって自身を鏡に喩え、「あなたが くぐらねばならぬ柵/それなのに/あなたは立ちすくんでいらっしゃる/砕かれることさえ/わたしは怖れていないのに」と古風な1つの思いを表わしている。
 「ほぐす」では、小包の紐をほぐす時に喩えて、「――結ぶときより、ほぐすとき/少しの辛抱が要るようだと」と、結ぼれた心をほぐす難しさを描く。
 「樹」では、「身近な者同士、許し合えぬことが多いのは/枝と枝が深く交差するからだ。/それとは知らず、いらだって身をよじり/互いに傷つき折れたりもする。」と、近親の不和の元を晒す。
 第Ⅵ章3編では、社会的関心を描いている。彼の抒情性と社会的関心が共に溶け合った作品を読みたい。
椿4
Pixabayより、椿の1枚。



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