風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

2017年07月

 先の7月22日の記事、「雨樋掃除(その後)」の、結果を報告する。
 今日(7月24日)の午前、延ばしたホースをリールに巻き取った。
 その途中、古いエアコンの室外機上に、狸か白鼻心かのウンチがあり、水で洗い流してきれいにした。
 当地では、午後5時頃より6時半頃まで、強い雨が降った。
 雨樋掃除の結果の確認のため、その雨樋を眺めると、雨はこれまでと違って、溢れていなかった。
 排水パイプも通じたらしい。
 しかしまだ他の個所で、雨が溢れており、近い内に雨樋掃除をしなければならない。
 雨樋掃除の話は一旦、お休みにして、今日の深夜より、読書日記に戻るので、ご安心ください。

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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


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 今月16日の記事、「購入した5冊」で入手を報せた、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2017年8月号を、ざっと読み了えた。
 
同・7月号の感想は、今月4日の記事にアップした。
 巻頭の岩田正「竹踏み」20首は、老いの意気と嘆きと、床屋政談である。崩れやすい危険性を感じる。
 大口玲子「夕焼けを見たか」20首は、クリスチャンの立場から、共謀罪反対のサイレントデモに参加し、かつ詠む。痛ましい気がする。
 魚村晋太郎「累卵の、」12首の11首目「脚ほそき木椅子はきしむ内心といふゆふぐれの部屋におかれて」は、初句2句で写実かと思わせて、3句目以降で比喩の歌に転換させている。
 林田恒浩「ひたになつかし」12首の3首目、「待ち受けにうつる曾孫を死の床の母に見せやりき それより換えず」の初句がわからなかったが、スマホかケイタイの壁紙とわかった。「待ち受け画面」くらいにして貰わないと、すぐにはわからない。
 1冊1ページの歌書紹介欄が貴重である。


 昨日の記事「雨樋掃除」の(その後)を報告する。
 今日(土曜日)の昼食後、雨樋の排水パイプ通しをするため、リールのホースを引く。
 ホースは届いた。しかし排水パイプは継手を通って、地下へ入っていた。継手は外せない。
 これでは排水口より、ホースの水を逆流させながら押し込み、パイプを通す事はできない。
 入口より、ホースの水を注ぐ事を考え、ホースはそのままに引き上げた。
 しかし水の出るホースを引きながら、梯子を昇るのは危険である。それに雨水が流れ入るのと、効果は違わない。
 それで明日にか、ホースを戻し、作業を撤退する事にした。下見が不十分な、失敗である。
 他にも雨樋にゴミ(土?)の溜まっている個所があるので、その掃除をしたい。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


 今日午後、一念発起して、雨樋の掃除をした。家の北西側である。
 家の反対側の軒下で雨晒しになっている木の梯子(外れるどころか、弛んでもいない)を持って来て、ぎりぎりの高さで屋根に掛ける。できるだけ斜度を緩くしたいからである。
 皐月の繁る中、梯子を移動し、樋の泥を除く。放って置いたので、草が生えている。
 排水パイプ部分まで来て、溜まった泥が取れにくい。
 明日にでも、地面近い排水口からホースを差し入れて(水を出したまま)、泥を溶かしながら、排水パイプを通してみよう。ホースリールはあるが、届くだろうか。
 その作業のため、今日はとても疲れ、今も腿の痛む状態で、読書日記は書けない。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



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 1昨日、7月19日の記事にアップした、荒川洋治「詩とことば」を読み了える。
 岩波現代文庫、2016年6月・4刷(2012年6月・1刷)。書き下ろし・2004年12月・刊。
 第1章「詩のかたち」の初めで「詩のかたちをしたものは奇異なものかもしれない。反射的に遠ざけたいもの、気分を損ねるものかもしれない」と書いて、詩の不遇の源を探る。「行分け」「(行の分け方を、書く)その人が決めること」「並べる」「メモの世界」「くりかえし」「リズム」「詩に、飛躍はない」「散文は「異常な」ものである」の章で、実際の詩に即しながら、詩の特質の解明と、擁護を試みる。
 第2章「出会い」では、石牟礼道子「川祭り」で始まり、蔵原伸二郎「昨日の影像」などのあまり知られない詩人、草野心平、飯島耕一でもあまり知られない作品、との出会いと、探索を述べる。
 第3章「詩を生きる」では、詩が熱かった時の様子を振り返り、作品の構成の分析をする。廣末保の芭蕉論の1節「詩が詩として自立しはじめるとき、それは同時に反「詩」的な契機をふくみこまねばならなかったのである」が痛く刺さる。
 最終・第4章「これからのことば」では、大きな事件のあとの垂れ流しの詩や歌を「詩の被災」と切り捨てる一方、今のこの社会のおかしさの源の1つに「情報だけの本だったり、明日役に立つだけの本だったり、時流に合わせるものだったり、…」と批判して、文学書、中でも詩集・詩の本の読書を推す。「歴史」では、「新体詩抄」から1980年代までの詩人を挙げ、それ以来は新人不在だとする。また新しい人、地域の人にも、細かく心を向ける。
 「あとがき」、「岩波現代文庫版のあとがき」、「参考文献一覧」を付して、1冊を収めている。
 単行本が文庫本になり、版を重ねる、優れた詩論である。



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 BRILLIANT CLASSICS版の廉価版「ヴィヴァルディ作品集」(全66CD)より、9回目、44枚目の紹介をする。写真は、紙ジャケットの表。
 前回、
同・8回目、37枚目の紹介は、6月12日の記事にアップした。
 この44枚目と次の45枚目で「完全版 チェロソナタ集」と称するらしい。
 しかしWikipediaに当たってみると、RV38~RV47の全10曲のチェロソナタの内、RV38を除く9曲を収録するのみである。作曲年代はほとんど不明である。なおRVは、ヴィヴァルディの作品の頭に付ける記号である。
 RV47変ロ長調は、重々しい曲であり、第4章でわずかに軽やかになる、
 RV43イ短調は、それほど悲しげではない。
 RV40ヘ長調は、叙情的である。CD収録順に拠る。
 クラシック音楽に詳しくない僕なので、読者は何かの方法で、ヴィヴァルディの曲を聴くことをお奨めする。





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 昨日の記事、「荒川洋治氏・受賞記念講演会」の始まる前、会場の多目的ホールの隅で、荒川洋治氏の著作が数種類、販売されていた。
 僕は記念の意を含めて、乏しい小遣いから、岩波現代文庫「詩とことば」(2016年4刷、860円+税)を買った。
 彼の詩集は、「全詩集」(思潮社)を含めて、何冊か読んだが、評論は読んでいなかった。

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 講演のあと、サイン会があったので、僕も列に並んだ。
 おばさんたちが、自分の手帳を差し出していく中、氏は苦虫を噛み潰す表情でサインした。
 僕の1冊を、職員が手に取って氏の前へ置いた時も、同じ表情だった。しかも「本には日付を入れませんから」と年月日を省略されてしまった。もっとも彼が、高校文芸部の1年先輩だった縁で、1声をかけてくださった。
 下の写真は、そのサインである。おこがましいかも知れないが、ブログにアップした。
 本を読み始めると、文庫本で版を重ねる詩論集であり、優れている。難解な評論の言葉も、難解な思想の言葉も、共に使わず、根本からの現代詩論である。僕の選択は、正解だったようだ。






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