風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

2018年04月

 河出書房「ドストエーフスキイ全集」(米川正夫・全訳)第2巻(1956年・刊)より、短編小説「人妻と寝台の下の良人」を読み了える。
 先行する
「弱い心」は、今月22日の記事にアップした。
概要
 初め「人妻」と「やきもち焼きの良人」と題する、2短編小説として発表され、17年後に作者によって1編に合わされた。1編として読むには、登場人物、ストーリーに無理があり、(一)と(二)に分けて読む。
 (一)「人妻」では、妻と夫、燕、愛人が出くわす話である。妻が何とかその場をごまかしてしまう。ドストエフスキーは当時、婦人の貞操に信を置いていなかったようだ。
 (二)「やきもち焼きの良人」では、妻の不倫を疑うあまり、見知らぬ婦人のベッドの下に他人の青年と共に、潜ってしまう男の話である。ここでは嫉妬が無様だと諭されている。
感想
 両編とも、金銭や仕事には苦しまない登場人物で、男女間のもつれ、というより切羽詰まった人物の、狂気めく言動に、作者の関心はあったようだ。
 嫉妬のテーマは後に、「永遠の良人」で完成されたと、解説にある。「永遠の良人」を、僕は読んだ記憶があるが、ストーリーは記憶していない。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


覇王樹 5月号
 今日2回目の記事更新である。
 4月26日に、クロネコDM便で、結社歌誌「覇王樹」2018年5月号が届き、ほぼ読み了える。
 写真は、5月号の表紙である。
 同・4月号の紹介は、今月4日の記事にアップした。
概要
 「巻頭言」以下、通常立ての短歌と評論の他、今号は大森孝一歌集「老いの小夜曲」批評集がある。
 結社外の方が多く、5名の方が5ページにわたって論評している。
 また「覇王樹ゆかりの歌碑(17)」として、佐田公子さんが「橋田東聲の第二の歌碑(土佐中村)」を紹介している。昭和9年の除幕式であったという。
感想
 評論ではW・茂子さんの「落し文考(41)」、S・素子さんの「後水尾院時代の和歌43」と続いており、年間テーマ「道・路」に応じてK・順造さんが「三月号の歌の鑑賞「言葉そして分岐点」」、それぞれ1ページを寄せている。
 編集・事務局の方々のご努力はもちろん、会員の大きな協力もあって、歌誌が成り立っている。
 いつもは新号の発行直後に更新される、ホームページがまだ更新されていず、担当の方にトラブルがあるのかと心配である。
引用

 「爽什」のY・芙三恵さんの「寒波」6首より。
その昔水道氷りし事のあり風呂室外機に毛布をかける
 水道の凍結に困った時期があった。室外機をいたわるかのようである。
 「覇王樹集」のT・富士子さんの「映す」6首より。
台風の進路情報見るたびに吾と息子をライン行き来す。
 僕はまだラインを利用していない。遠く住む息子さんがいると、ラインは便利だろう。新しいアプリを使いこなす、進取性に感嘆する。

 僕の6首・他は、アメブロ「新サスケと短歌と詩」の、4月27日以降の記事に、少しずつ掲載しているので、横書きながらご覧ください。



 角川書店「増補 現代俳句大系」第13巻(1980年・刊)より、9番目の句集、寺田京子「日の鷹」を読み了える。
 今月11日の記事、
文挾夫佐恵「黄瀬」に次ぐ。
概要
 原著は、1967年、雪檪書房・刊。349句、著者・後記を収める。
 寺田京子(てらだ・きょうこ、1921年~1976年)は、肺結核のため20余年の療養生活を送る。1960年頃より、放送ライターとして自立。
 1944年に作句を始め、1954年に加藤楸邨「寒雷」に参加、1970年に同門の森澄雄「杉」創刊に参加。
 北海道・在住、生涯独身。
感想
 第1句集「冬の匙」に次ぐ、第2句集である。現代俳句協会賞・受賞。
 戦争と結核に災いされた生涯だと思う。54歳で心肺不全で亡くなっている。
 心の支えを、俳句に求めたのだろう。
 妻の座を、軽く妬む句がある。
 当時の風なのか、字余りの句が多い。「デモに余る力花火に火をつけて」など、政治に関心を持った跡がある。
引用
 以下に5句を引く。
枯風や貼られて生きる戦後の地図
雪迅しもだす嫉妬は手がかわく
花火消え石ら眼をもつ空知川
主婦の名が縛す友の背鷹が飛ぶ
緑噴きあげし山脈妻になれず
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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。



Kindleストアの歩き方
 先の4月23日の記事、「入手した6冊」で報せた内、大山賢太郎のガイド本、「Kindleストアの歩き方」kindle unlimited版を、タブレットで読み了える。
 大きな写真を、どうしても引けなくて残念である。
概要
 2017年2月18日、電子書籍の窓・刊。
 副題は「アマゾンのジャングルに探検に出かけよう!」。
感想
 あまり新発見のない本である。kindle unlimited版を意識してか(読んだページ数で著作権料が支払われる)、ページ数は多いのだけれども。
 誤植が目立つ。たとえば、排出(輩出が正しい)や、投資広げていく(投資を広げていく?)、ログラム(プログラムが正しい)など。有能なアシスタントが周囲にいないのか。
 雑学が多い。「Kindle誕生秘話」など。構成のわからないハイテク機器(機構)が多いから、利用法の詳細を知りたいのだが。
 自分はkindle unlimited会員で、既に利用している、という自己満足感、自惚れの心をくすぐる本ではある。
 批判を重ねたけれども、「読書メーター」、「ブクログ」の記事に刺激されて、双方に入会した。僕が獲得した成果である。




新しい猫背の星
 4月20日の記事「歌集2冊をダウンロード(5)」で報せた内、尼崎武・歌集「新しい猫背の星」kindle unlimited版を読み了える。
 Amazonでの諸版の発行年次、価格については先の記事で述べたので、ご参照ください。
概要
 書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズの1冊である。
 尼崎武(あまがさき・たけし)は、1979年・生まれ。枡野浩一によって短歌を知り、師事。
 第1歌集「新しい猫背の星」は、323首、光森裕樹・跋「「正直なたましい」ひとつで」、著者・あとがきを収める。
感想
 彼は、幸せを強く求めた。優れた妻を得て、子供も生まれるが、何が理由か、別れてしまう。
 正直で優しい人が幸せになるべきなのに、この世がはじき出してしまう。
 ここで社会論をぶつ積もりはないが、不条理な、歪つな世の中である。それでも生き抜かなければならない。
 いわゆるニューウェーヴの歌人が、不幸そうで、短歌の力が及ばない場合があるようで心配だ。若者に負荷を掛け過ぎる時代のせいもあるようだ。
 短歌の姿は、句跨りなどが多いが、ほぼ定型に収まっている。
引用
 以下に7首を引く。

白桃の産毛をむしる 生きてんのにさよならなんてなくないですか
一番の幸せがいい? 二番から十番ぜんぶ叶うのがいい?
かわいくてがんばり屋さんで運がいい そんな女を嫁にもらった
もう俺は今日から生まれ変わるのに昨日のことで怒られている
トイレから戻ってきたら産まれてた お父様に似てせっかちな子ですよ
笑顔でのさよならをもう恐れない 春の光に溺れていても
さよならが聞けてよかった ふらふらの足に真新しい靴を履く





角川「短歌」5月号
 4月25日の発売日に、角川「短歌」2018年5月号・kindle版を、タブレットにダウンロードした。
 定価:724円で、紙本版:950円の、ちょうど2割引きである。
 なお
同・4月号の感想は、今月2日の記事にアップした。

 今号の現代歌人特集シリーズは、馬場あき子(以下、敬称・略)である。
 角川「短歌」は、馬場あき子を持ち上げてきており、同・2月号の「追悼特集 岩田正」にも呼応している。
 錚々たる歌人が、インタビューし、書き、語り合っている。
 連載の酒井順子「平安の女友達」なども楽しみである。



 

 4月24日(第4火曜日)の午後1時より、喫茶店で短歌研究会B第23回が持たれた。同・A第44回は、今月19日に持たれた。
 2月2日の記事、
短歌研究会B第22回以来の、研究会Bである。
 喫茶店に早目に来て待つこと数分、現われたのはTさんである。Mさんはご家族の入院で、遅れるか、来れないかも知れないとのこと。
 僕にも不安があって、外出用の眼鏡とパソコン用の眼鏡を、取り違えて使っていた。視力0・1以下の僕が、ブルーライト・カットだけのパソコン用眼鏡で、よく車を運転したものだ。デザインが似ていて、以前にも何度か間違えており、気を付けたい。
 研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 今回は、歌集「日本挽歌」(1953年)の「地の塩」の章(113ページ)より。
 初めの「竹群に朝の百舌鳴き」の結句「冬の塩」の字足らずは、中句の「いのち深し」(自分と百舌の命だろう)の詠嘆と相俟って感銘深い。
 「蠟燭の長き炎のかがやきて揺れたるごとき若き代(よ)過ぎぬ」は、名歌として有名である。Tさんが、宮柊二には、蠟燭の歌が幾つかある、停電の多かった時代としても、と指摘する。
 第6歌集「多く夜の歌」(1961年)に入る。
 「灰皿」の章(117ページ)の「竹群(たかむら)の空青青と音なくて寂しき春の時間ぞ長き」に、僕は掛り結びと空き時間を、Tさんは春愁を指摘した。
 「雛祭り」の章では、「はうらつにたのしく酔へば」の歌を、Tさんが好むと述べた。
 20分くらい遅れて、Mさん登場。
 「竹群(たかむら)に春の疾風(はやかぜ)うちとよみ」の歌は、なぜ「はやち」と読ませなかったか、わからない。
 「北海道羈旅」の章では、「春楡の午(ひる)の林に入り来ればこゑもの憂くて郭公鳥啼く」をMさんが好みだと述べ、彼女の歌風に通うと納得した。
 午後1時45分頃だったが、僕の眼鏡とMさんのご家族のこともあり、研究会を打ち切った。
 次の研究会の日程を決め、散会した。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


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