風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

2018年04月

角川「短歌」4月号
 kindle版のダウンロード購入を、3月25日の記事で報せた、角川「短歌」4月号を、短歌作品中心にほぼ読み了える。投稿短歌は読まなかった。
 短歌作品は豊かで、痩せていない、削がれていない。村上春樹の作品を読んでも思うのだけれども、文学もブルジョアの作品が豊かなのかな、と思う。
 歌集1冊を自費出版するのに、100万円単位のお金が必要な世界だから、歌集を出し続けるにはブルジョアか、生活を犠牲にするしかない。
 電子本出版が、その世界に風穴を開けられないかと思う。短歌や俳句が旦那芸にならないためにも、方策は必要だ。
 歌壇、綜合歌誌、結社を維持するための、権威主義も廃されるべきだ。見せしめ―便宜や、ヒエラルキーを無くすべきである。
 もっとも僕は、仔細あって、小結社に留まる予定だけれども。
 林田金次郎「余命」7首より。
かたはらの吾をたしかめて病む妻のベッドにさらす欠伸もよけれ




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 今月も、あかつきさんのカレンダーをアップできます。
 ブロガー、プロ・マンガ家としてご活躍のあかつきさん(暁龍さん)のブログ「あんこと麦と」の、3月31日の記事
「4月のカレンダー(マンガの話11)」から、カレンダー画像をダウンロードし、A4判にプリントしました。
 下手に補正してあるので、色調が変かも知れません。彩度を上げたせいか、数字ははっきり写っていると思います。
 イラストは、桜の花の下で、あんこさんと麦くんが寛いでいる所を、俯瞰した図です。
 あかつきさんの
3月カレンダーは、このブログの3月2日の記事にアップしてあります。


 

 思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、「第Ⅳ部 初期詩篇」の「日時計篇 Ⅰ (1950)」の3回目の紹介をする。このブログ上で、10回目の紹介である。
 
同・(2)は、先の2月26日の記事にアップした。
概要
 今回は、1004ページ「<緑色のある暮景>」より、1042ページ「<雲が眠入る間の歌>」に至る、35編を読み了えた。
 「日時計篇 Ⅰ」には、計算上、あと46編が残っている。
感想
 幾つかの散りばめられた箴言風の言葉に気づきながら、彼のその時代の詩に刺される事はない。
 彼は第1詩集「固有時との対話」(1952年)に至っても、旧かな遣いを守っている。戦前への懐旧だろうか。レトリックとして、古風な文体をあえて用いたのだろうか。かな遣いにおいて、かれは守旧派だった。
 彼の思想によって、社会的、政治的には、何も変わらなかったように思える。「言語にとって美とはなにか」において、新しい文学論が開かれただけである。
 「定本詩集 Ⅳ (1953~1957)」中の「僕が罪を忘れないうちに」で「それから 先が罪だ/…/ぼくは ぼくの冷酷なこころに/論理をあたえた …/」のように、彼は冷酷な心を持っており、信奉者に幾人かの自殺者を出した。
 彼が「吉本隆明はオウム真理教擁護者だ」とのデマによって沈んだ時、デマだけではなく、彼への不満が鬱積していた所為もあるだろう。
 この後の詩編に、心打たれる作品もあるかと、僕は読み続けて行く。
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写真ACより、「ゲームキャラクター」のイラスト1枚。


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