風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

2018年07月

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 今月12日の記事にアップした、又吉直樹「火花」に次いで、メルカリより矢部太郎のマンガ本、「大家さんと僕」を買った。
経緯
 リンク記事にも書いた、ベストセラー本はすぐには買わない、という主義に反する。
 しかし2018年1月20日に9刷と版を重ねているし、メルカリで本を売って得たポイントで支払ったから、良し、としよう。
 人気本らしく(手塚治虫文化賞短編賞・受賞)、帯が付いて700ポイント(700円分、送料込み)と、古本にしては高かった。
マンガ本について
 僕はあまりマンガ本を読まない。このブログにアップするのも初めてだろう。
 医院の待ち時間に読むくらいで、マンガに抵抗力がない。しかしこの本は、ほっこり人情本らしいので、刺激が強くないだろう。
サプライズ
 帯の下を確かめようと捲ると、絵入りの付箋が貼ってあって、「〇〇さん、ご購入ありがとうございました。」とメッセージが書かれている。サプライズの喜びである。



サーキュレーター
 今日2度目の記事更新です。
 先の7月20日に、Amazonに小さいサーキュレーターを注文し、7月22日に届きました。
 写真の下部の黒いものを見ておわかりだと思いますが、デスクトップ型パソコン(のおもに排気孔)を冷やすためです。

 昨年11月5日の記事
「ミニ扇風機を買う」でも、ちらりと書いたとおり、暑い時期の今は、座敷用扇風機の風を背後より当てていたのです。その写真と記事があると思っていたのですが、どこにも見当たりません。
 扇風機の風は、顔にかかるくらいで、満足していたのですが、妻が扇風機をほしいと言い出しました。それで扇風機を差し出し(洗って)、僕は小さな安価なサーキュレーターを買いました。

 アイリス オーヤマ「PCF-HD15N」、8畳用、約30ワット。価格:1,979円(税込み、送料無料)。
 やや音はしますが、部屋を冷房しているせいか、3段階切り替えで送風して、パソコンは過熱せず、作動異常もありません。

 また涼しくなったら、リンクに挙げたミニUSB扇風機に戻そうかと思います。あるいはサーキュレーターの風量を弱めて使えるかも知れません。


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 今年6月19日の記事、「新しいガクアジサイと、胴吹き芽2株」で報せた内、後に写真を載せたムクゲ2種(今年の春に工事のため古木2本を伐った)の胴吹き芽が成長して来たので、写真をアップします。
 左の写真が赤紫の八重(花笠咲き)、右が純白一重咲き、の品種だったと思います。
 群がって伸びていますが、間引きはしないで置こうと思います。3本の矢の喩えで、積雪時に折れにくい筈です。

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 どちらのものか判りませんが、露出した根から芽生えたムクゲの苗です。これも残して置きます。
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 少し判別しにくいですが、クリスマスローズの株の間から生えた、万両の苗です。
 鉢植え(現存しない)から鳥が散らした内、株の間のため、除草を免れて伸びた苗です。
 すでに昨秋、わずかですが結実し、この写真の右下には目立たない花が見えます。

 これら小さいものを育てて、成長した木にさせたい。


 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」より、15番目の歌集「晩冬」の(後)を紹介する。
 今月19日の記事、
同・(前)に次ぐ。大冊なので、前・後の2回に分けて紹介する。
概要
 この歌集の概要は、大略を上記リンクに記したので、ご参照ください。
 今回は、後半509ページ(「涌井」)より537ページ(後記)に至る、29ページ(1ページ20行)を読み了える。
感想
 北陸の自然、貧に耐える人々、自分の職を辞した老い、また老妻等を描いた、感銘深い作品が多い。
 職業的に近い立場だから、共感が多いのではないかと恐れる。学生や現職の人には、感銘薄いのではないか、というような。
 主情と客観の対立を越え、歌境も深まったのだろう。しかし後記では、「これらの作品は私の念念からはまだまだ遠い」と書きつけ、努力の意を述べている。
引用
 以下に7首を引く。
柊の花しづかなる冬の日にゆきて少女(をとめ)の汝(なれ)を見にしか(婚後五十年)
煮てもなほ口を開かぬ蜆など朝より老の忿りを誘ふ
妻の眼のなほたしかにて日野川の水の寒鮒を作りくれたり
割る海胆(うに)の上にそれきりなりしとふ老を羨(とも)しむ今日の葬りに
雪の上に杉より落ちて刺さりたる短き垂氷(たるひ)数限りなし
この夜を荒れつつ雪の降りたきか海の上にして雷のはげしさ
残る者は水に虹鱒を養ひぬ清滝川の上流にして

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写真ACより、「アールデコ・パターン」の1枚。




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 綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年8月号を、短歌作品中心に読み了える。
 到着は今月15日の記事、
同・8月号が届くにアップした。
概要
 2018年8月1日付け・刊。169ページ。800円(税込み)。毎月・発行。
 定価を据え置いているので、消費税率アップの度に苦労したと察する。
感想
 特集「回想の夏――思い出をどう詠むか」は、期待した程でなかった。総論は例歌が古く、僕は「故郷」に住んでおり、戦争体験はない。
 噴火、地震、水害には遭った事がない。県には戦後、大地震があり、原発銀座と呼ばれる程に原発が集中しており、最近の異常気象もあって、いつ災害に遭うか判らないけれども。
 妻は生きており、子夫婦は遠く住む。回想詠という程のことはない。僕は現在の、トリヴィアルを多く詠んでいるようだ。学生時代とそれ以後(短歌に出会うまで)は、今は詠めない。
 佐佐木幸綱「ザ・巨匠の添削 佐佐木信綱」でも、大きな添削はしていなく、ホッとする。
 「第十五回筑紫歌壇賞」の野上卓「レプリカの鯨」はおめでたい。しかし投稿歌より採られた作がほとんどで、結社誌の作は含まないという。僕は投稿歌の経験がない。投稿歌にはレトリックや、プライベートの切り売りなど、負荷が大きいように思う。
引用
 1首のみ引用する。桜井京子「砂糖のための七首」より。
テーブルに砂糖が散らばり国会は欺瞞まみれの男を映す
 「欺瞞まみれ」と言いきって小気味よい。砂糖に集まる蟻を連想する。


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 今日2回目の記事更新です。
 今日の昼食を公開」します(7)です。
 今月19日の記事、
同(6)に次ぎます。

 トレーの向こう側左より、海苔の佃煮、朴葉飯(散らし寿司を朴葉でくるんだもの)3個、ご飯(0・3合ほど)、カップの爽健美茶です。

 トレーの手前側左より、煮物(じゃが芋、人参、揚げ豆腐、長豆)、鰻(蒲焼? タレ付き)丸1尾です。
 朴葉飯と鰻は、土用の丑の日の昨日、妻が職場より頂いたものです。
 朴葉飯は、妻も少し食べました。
 鰻は食べきれないので、写真撮影のあと、半分に切って、電子レンジで温めて食べました。(妻は事情で食べられません)。

 ハゲッショサバ(半夏生鯖)もそうでしたが、季節のものを頂いて食べられるのはありがたいです。


僕の歌は君の歌
 7月15日にAmazonよりダウンロードした、寒川猫持・第4歌集「僕の歌は君の歌」を、タブレットで読み了える。
 kindle unlimited版の歌集として、今月7日の記事にアップした、早坂類「ヘヴンリー・ブルー」以来である。
 kindle版:2014年7月22日・刊、540円。
 オンデマンド版:972円。
概要
 寒川猫持(さむかわ・ねこもち、1953年~)は、第2歌集「雨にぬれても」を山本夏彦に見いだされ、1時は有名になったが、離婚(のちに再婚)時の神経症などでうらぶれ、今は眼科医のアルバイトなどの他、「ぶらぶらしている」(彼のブログより)らしい。
 歌集には約400首と、「猫持俳句集」、他を収める。
引用と感想

 ハイライトとメモの機能が利くので、10余首にメモを付したが、7首に絞り、以下に引用と感想をアップする。
にゃん吉はいつも淋しく待ちいたり吾の帰りを待ちていたりき
 「キチや」の章15首を残すが、死後に後悔しても遅いだろう。
「んまいんまい」声あげて食うめいちまに毎日魚買いに行きたり
 「めいちま」(めいちゃま、めい様の意か)を猫可愛がりし溺れている。
めいちまが入院をせし三日間われら夫婦は泣き暮らしたり
 夫婦して、猫にメロメロである。もう少し冷静な、可愛がり方ができないものか。
悪性の脂肪肉腫になりまして手術を受けてまだ生きてます
 癌になって居直る様が、哀れを誘う。
鶉野の農地が売れて五百万振り込まれたり一息つきぬ
 1時は借金があったと書く。アテにしていたお金だと思う。
糖尿も脂肪肉腫も鬱病もひとえに母のストレスならむ
 「結婚をする前まではわが母が鬼であるとは思い知らざりしかな」とも詠む。毒母である。
体には管が八本付いていておまけに痛い拷問である
 手術後の状態を、客観的に自虐的に詠んでいる。


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