風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

2018年11月

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 今日2回目の記事更新です。
 僕のお八つを公開します(5)です。
 
同(4)は、先の10月12日の記事にアップしました。リンクより遡ってゆけます。

 お八つが少し多目なのでアップします。昨日、この記事を意識して、残したものもあります。
 トレーの手前側の左より、シュークリーム、草大福、豆大福、キシリトール・ガム(1ヶ月に7、8瓶ぶん噛む)、甘柿、蜂蜜(サブレなどに垂らして食べる)です。
 向こう側の左より、バナナ(小型)、オレンジ・ママレード(これもサブレなどに付けて食べる)、アップルパイ、いちごパン、ココナツサブレです。
 高価なものはありませんが、僕には充分なお八つです。食卓より摘まんで食べます。


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 11月17日、18日に、受贈するなどして入手した本、8冊を写真アップする。
 純粋な受贈本として、先の10月19日の記事、青山雨子さんよりの
詩集「冷麺」に次ぐ。
 まず上の本は、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)12月号である。「歌壇」がAmazonで抱き合わせ商品になってしまったため、今月13日の記事「昨日の用事4つ」の2番目に書いた通り、発行所の本阿弥書店へ直接、半年分を振り込んだのである。
 17日(土曜日)に県立図書館へ荒川洋治氏の講演を聴きに行こうと、外へ出た所へ、郵便配達の人に手渡された。

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 県立図書館で同人詩誌「青魚」代表の千葉晃弘さんに会い、出来たばかりのNo.89を8冊頂いた。僕はソネット9編と、短歌連作を載せてもらった。
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 また同時に、千葉晃弘さんの新詩集「降誕」を頂いた。134ページ、帯。
 詩集に纏められる事で、価値を高める詩群である。

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 11月17日は、県立図書館の文学フェスティバルの日だった。
 県内文学関係のフリーマーケットも20余のブースを設けており、同人詩誌「果実」のK・不二夫さんより声を掛けられた。僕の名宛ての封筒入りで、同人詩誌「果実」79号を下さった。教員、教職経験者を主な同人とする詩誌である。

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 フリーマーケットに「百日紅」のブースがあり、県内結社歌誌「百日紅」計20号程を並べ、どれも無料だとの事で、最新10月号を頂いた。
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 県立大学文芸部のブースより、「リキッド」N0.24、No.24.5、2冊を無料で頂いた。イラストと掌編などを収めている。フリーペーパーなのか、部誌なのか、判らない。
 他に幾つかの高校、大学の文芸部の部誌のブースがあったが、小説中心という事で、詩歌はなく、冊子を買わなかった。

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 18日の「2018 ふくい詩祭」に出席したところ、とくしともこさんが詩集「ひかり いのち」を下さった。
 文芸社・刊。87ページ、帯。

 おいおい読んでゆき、ここに感想をアップしたい。


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 今日2回目の記事更新です。
 庭のサザンカ3種が咲き揃ったので、写真をアップする。
 昨年のサザンカは、昨年12月8日の記事
「庭のサザンカ3種」に紹介した。
 上の写真は、2色咲きというか、外側がピンク、内側が白色の花である。楚々とした感じがある。
 亡父が植えたもの。

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 赤花、八重(?)である。
 花びらが、開ききっていない。これも美しいと感じる。
 亡父が植えたもの。

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 大輪系の白花八重である。
 大輪、八重、と見応えがあって、毎年咲くたびに感心している。
 僕が園芸店で苗を買って、植えたもの。
 いずれも北庭に咲いているが、サザンカは余り日当たりの良くない所が、適しているようだ。



詩祭全景
 11月18日(第3日曜日)午後1時半より、Aossaビル3Fの「ウェルアオッサ」にて、福井県詩人懇話会・主催の「2018 ふくい詩祭」が催され、僕もカメラ役を兼ねて参加した。
 「2017 ふくい詩祭」は、昨年11月20日の記事にアップした。
 参加者は、事務局に拠ると、49名だった。写真に入りきらなかった方、席を外していた方、後から来場した方を含む。
 S・なおみさんの総合司会のもと、懇話会代表のW・本爾さんの開会挨拶より始まった。
 K・久璋さん、H・裕子さん、H・信和さんの3名が、コメントとともに自作詩1編を朗読した。
 そのあと尺八演奏家・平林火山(ひらばやし・かざん)さんの尺八で「山越」「鶴の巣ごもり」、横笛で「秋の歌メドレー」(童謡より)の演奏があった。皆がしみじみと聞き惚れた。
 詩祭のテーマは、詩人・鮎川信夫(1920年~1986年)を巡ってであって、基調講演は批評家・樋口義澄(ひぐち・よしずみ、著書「鮎川信夫 橋上の詩学」あり)氏の「鮎川信夫と現代」だった。シンポジウムでも客席最前列から、コーデイネーターに振られてよく発言していたので、シンポジウムの項で述べる。
 休憩のあと、シンポジウム「荒地の詩人、鮎川信夫を現代(いま)に問う」が始まる。福井の詩人・金田久璋(かねだ・ひさあき)氏のコーディネートのもと、詩人・河津聖恵(かわづ・きよえ)氏、詩人・正津勉(しょうづ・べん)氏、詩人・細見和之(ほそみ・かずゆき)氏が、基調講演の樋口義澄氏の会場よりの発言もまじえ、パネルディスカッションを行った。
 鮎川信夫の父との関係、夫人を隠し子のいなかった事、ユーモア、風土(福井県奥越の山深くで生まれ成長し、1945年2月に「戦中手記」を福井県三方郡の傷痍軍人療養所病棟で密かに書いた)と世代(従軍世代)の問題、孤絶と共同(「荒地」での共同は、言葉の構築による詩、という一致があった故らしい)、アメリカ寄りだった彼の、トランプ大統領が現われる等の現代における意義、に就いて、細かく討議された。没後に見られた彼の私室(ベッドと粗末な机のみで、そこで詩作したらしい)が、今で言うゴミ屋敷で極っており、写真を見た人はショックを受けたと揃って述べた。

 会場からの発言もあり、予定通りの5時に懇話会副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶で締め括った。
 このあと同会場で懇親会が催されたが、僕は失礼して帰宅した。



 11月17日(土曜日)午後2時~3時40分の予定で、県立ふるさと文学館の「文学フェスタ」の1環として、現代詩作家・荒川洋治氏・講演「文学を創り出した人びと」が多目的ホール(定員150名)で持たれた。
 彼の講演を聴いたのは、昨年7月18日の「書くことは読むこと」以来である。

 まず彼が用意した資料のスキャン画像を挙げる。

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 彼が用意した資料は、B4判表裏だが、僕のプリンタはA4判までなので、上の写真は表の半面(書き込みがあり、申し訳ない。もう反面については述べなかった。)と、下の写真は裏面の半面ずつをスキャンして並べたものである。

 明治以降、尾崎紅葉、滝田樗陰、草野心平、長谷川時雨、野田宇太郎、花森安治、伊達得夫、丹羽文雄、福田清人、中井英夫の編集者としての業績を挙げ、編集者(彼も出版社「紫陽社」を経営し、独力で編集している)として、才能ある文学者を早く見つけ、長く活躍させる事、また埋もれた文学者の再評価をする事、を挙げた。
 独力で全集を刊行した、小山内時雄・編「葛西善蔵全集」、梶野博文・発行「田畑修一郎全集」を挙げた。

 装幀家として、菊池信義の現在の活躍を教えてくれた。

 「読書の世界」では、ショーペンハウアー「読書について」の反語的論旨、ヘレン・ハーフ「チャリング・クロス街84番地」の古書店主と文学者の数十年の文通、草森紳一「本の読み方」では農耕民族として、秋ではなく、雨の日、冬の季節の読書を勧めている、と教えてくれた。
 読書は精神を衰えさせず、作品を生き残らせる方法だと締め括った。


 11月16日(金曜日)の朝9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第50回を持った。記念すべき第50回目を、僕の詠草に題してあったが、その場では忘れていて、後にメールで祝い合った。
 先の10月19日の記事、
同・第49回に次ぐ。
 歌誌の貸し借り、返却をし、研究会に入る。研究会Aは、お互いの詠草の検討である。

Mさんの11首より。

 10首目の上句「ハロウインと雖も詮のなきことと」の2、3句を「雖も静かなわが家なれ」に直すよう、Tさんが奨めた。
 11首目の上句「泣く弟に田の水飲ませし時代あり」を、判りにくいので「渇き泣く弟に田の水飲ませにき」に直すよう、僕が奨めた。他に何ヶ所か。
Tさんの10首より。
 3首目の2、3句「風に揺るるコスモスの」の2句が字足らずなので「風に揺れゐる」に直すよう、僕が奨めた。
 9首目の4句「心踊りよ」を、心の事なので「心躍りよ」に直すよう、僕が奨めた。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 4首目の下句「店にて妻が買う心はや」は、僕だけのために買ってくれている事がわからない、との指摘が2人よりあった。
 6首目の上句「パソコンに『非常階段』書きさして」は判りにくいので「『非常階段』と書きさして」とする所だった。他に何ヶ所か。

 検討会のあと、僕の今期1ヶ月の詠草、70首程を2人に読んでもらい、感想をもらった。
 次回の日程を決め、11時頃に散会した。
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写真ACより、「フード&ドリンク」のイラスト1枚。


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 昨日の記事「僕の未読全歌集」に挙げた内、最後の「葛原繁全歌集」(1994年、石川書房・刊)より、初めの歌集「蟬」を読み了える。
 葛原妙子や山崎放代を語るのは、まだ早いようだ。
概要
 1955年、白玉書房・刊。484首を収める。
 1945年夏(26歳)~1952年秋(33歳)までの作品。軍隊より復員して、電器設計に携わりつつ、宮柊二を中心とするガリ版誌・勉強会「一叢会」で研鑚する。
 27歳の時、父が死去、弟は病み、一家の責任を負う立場となる。
 労働争議に加わり、退職させられ、事務職となる。
感想
 戦後の窮乏の中で、その暗さを見せない。時代は新しく、彼も若かった故か。
 夫人・田鶴との馴れ初め、結婚が詠まれる。労働争議とその敗北も詠まれる(「崩壊の日々」の章)。
 しかし「後記」で著者は「僕は生きてゆく事の激しさ美しさを信じ疑ふ事を知らなかつた。」と述べる。戦後青春の典型だろう。
 葛原繁は結社誌「コスモス」の先達である。僕は24年間、「コスモス」に在籍したけれども、入会した1993年は、亡くなられた直後だったらしい。僕が読んだ話では、宮柊二・没後の「コスモス」を分裂させずにまとめた、力量を評価されていた。
引用

 以下に7首を引く。
大学は戦に黒く塗られきと我ら添ひゆくその黒き壁に
ちちのみを葬りまつると御棺(みひつぎ)に焔移さむ火を持たされぬ
かいかがみ寒さ堪へつつ設計を為して越えむか一、二、三月
嫁ぐ日の前の日までも蒲団縫ひ荷物ささやかに整へあげつ(妹嫁ぐ)
四階に事務をとるとき窓に見ゆ水の面(も)暗く澱める運河
カットの類襖の継ぎに妻は貼れど犬あり兎あり悲哀も住めり
始めての対面をせり小さき顔力(りき)みて泣く児(こ)秤の上に




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