風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

2019年09月

 今月18日の記事、入手した4冊(4)で紹介した内、大野英子・歌集「甘籃の扉(かんらんのと)」を読み了える。
2・歌集・甘藍の扉
 2019年9月5日、柊書房・刊。歌数・不明。著者(歌誌「コスモス」選者、他)の第1歌集。著者・あとがきを付す。
 独身のまま、百貨店の仕事に勤しみ、離れ住む両親の世話と、見送りをした生活を、情感を保って歌う事で、救われたようだ。
 父母なく、夫子なく、ただ一人の兄は遠く離れ住み(兄夫婦にも子供がいない)、孤独な生活に入るが、鍛えられた心境は平静なようだ。


 以下に7首を引く。
秋空のたかみに白き尾を引きてゆく旅客機は真昼の彗星
不条理にあれど素早く謝りぬおきやくさまだいいち主義なれば
秋の夜長を楽しみに買ふ椅子ふたつ星見る椅子と読書する椅子
満開に桜咲くあさちちのみの父のたましひは父を去りたり
寝たきりの父が震へる手で書きし「コレガ人生ナラツマラナイ」
幾たびも死に瀕(ひん)したるははそはは大潮に曳かれ逝つてしまへり
来るところまで来たわたし がらんどうの家とこころを残されひとり


 9月19日(第3木曜日)の午前10時半、喫茶店にメンバー3人が集まって、短歌研究会A第60回を持った。同・第59回は、先の8月19日の記事にアップした。僕が店の席に着いてすぐ、TさんとMさんが現れた。僕がアイスコーヒー(暑がりなので)、Tさんがアメリカン・コーヒー、Mさんがブレンド・コーヒーを頼んだ。歌誌の貸し借り、返却をする。

 短歌研究会Aは、お互いの詠草の検討である。
 Mさんの10首、Tさんの8首、僕の10首をめぐって検討したが、今回はその内容を書かないでおく。かなり踏み込んだ検討をしたけれども。

 検討会のあと、僕の今期1ヶ月間の99首を2人に読んでもらった。11時半、店を出て、Mさんの車をTさんの運転で、浜町の料理屋「一之松」へ向かう。短歌研究会A第60回(5周年)を記念して、お食事会である。4人用の椅子席の部屋で、僕の軽い音頭で乾杯(僕はウーロン茶、2人はノンアルコールビールで)し、運ばれた料理を食べる。4段の重箱と、1つの大きなトレー、ご飯とお味噌汁とお茶。
 料理は美味しく、適量で、多種を食べた。現実的な話を交わしながら。
 予約は2時までとの事だったが、3人とも食べおえ、次回の日程を決め、1時半近く、店を出てまた喫茶店の駐車場まで送ってもらい、散会した。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 今月10日にアップした記事、入手した3冊(4)で紹介した内、山田清吉・第9詩集「自然生死(じねんしょうじ)」を読み了える。
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 山田清吉さんは、卒寿を越えてお元気で、詩誌に発表し、詩集を発行して、詩の催しにも多く参加している。先の詩集「土偶(でこんぼ)」で、農民文学賞を受賞した。
 詩「お迎えおむがし」(おむがしは、「うれしい」の意)のようには、僕は死を待ち望まないけれども、平均寿命くらい生きて、穏やかに逝けたなら、と思う。
 宗教は、人類最大のマヤカシと思うので、ここでは深く取り上げない。宗教の権力との癒着、庶民への抑圧、搾奪は、目に余る。
 戦争への反省は重要であり、反原発も1説だろう。しかし「信仰なき祈り」のある時、未来へ向けて憂慮する事は多い。多発する自然災害(温暖化等、人災でもある)、人心の荒廃(保守政権が、教育に介入してからだ)、等。

 戦争といっても、これからは銃、大砲やミサイルだけでなく、サイバー戦争、レーザービーム銃の戦いになると予想する。
 金田久璋さんの巻末解説は、山田さんの詩に現れる「俺(うら)」の方言への考察を主に据えて、優れた1文である。




 最近に入手した4冊を紹介する。
 同(3)は、昨年12月9日の記事にアップした。

1・大杉スミ子全詩集
 出版社の紫陽社より、「大杉スミ子全詩集」が送られて来た。県内在住の詩人自身の贈呈だろう。
 これまでの5詩集すべてを収める。2019年10月25日・付け・刊。309ページ。

2・歌集・甘藍の扉
 出版社の柊書房より、大野英子・歌集「甘藍の扉(かんらんのと)」を送られた。大野英子さんは「コスモス」の歌人で、僕は「コスモス」在籍中にもあまり関わりが無かったので、柊書房のご配慮だろう。
3・歌壇・10月号
 本阿弥書店より、綜合歌誌「歌壇」2019年10月号が届く。僕の予約購読している、月刊誌である。
4・小坂井大輔 平和園に帰ろうよ
 書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズ48、小坂井大輔の「平和園に帰ろうよ」Kindle Unlimited版を、Amazonよりタブレットにダウンロードした。
 平和園は、名古屋市にある中華料理屋さんで、短歌の聖地となっている。事情は歌人のブログ記事などに、よく出て来る。

 青幻舎の文庫版「北斎漫画」(全3巻)より、第2巻「森羅万象」に入る。
 同・第1巻「江戸百態」より(4)は、今月6日の記事にアップした。リンクより、関連過去記事へ遡り得る。

北斎漫画2
 写真は第2巻の表紙、たぶん想像上の、獏の絵である。
 第2巻全4章の内、第1章「鳥獣蟲魚」は、序「北斎先生に学ぶ」の後、109ページに渉る。
 青幻舎の文庫版では、原本をテーマ別に再構成しており、この章では鳥獣蟲魚のオンパレードである。
 擬人化した鼠から始まり、象(北斎は実際は視ていなかったのではないか)、エトピリカや駝鳥を含む鳥類、駱駝、ロバ、アザラシ、羊を含む獣類(アフリカのガゼルのような2角獣も描かれて、驚きである)、魚類では(魚ではないが)鯨、エイを含む多数の魚介類が、そして竜や人魚、河童まで現れる。絵を言葉で説明するのは愚で、何らかの形で北斎漫画に触れる方が良い。


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 今月7日の記事、同人誌1冊と文庫本3冊で紹介した内、同人文学誌「青磁」より、約束通り、定道明さんの2編と張籠二三枝さんの1編を読み了える。

 まず定道明さんの「「死んだ赤ん坊」の写真—―「春先の風」考補遺」である。
 中野重治の小説「春先の風」に、戦前の左翼活動家・大島英夫夫妻の赤ん坊が、獄中で病気となり、家で亡くなった様を描くらしい。その死んだ赤ん坊の写真が、甥の家にある筈と甥が言っていたが、未発見のまま甥は亡くなる。夫人より、遺品整理の内、写真が見つかり、送ってもらう。写真の赤ん坊は目をあいているが、自身の妹の経験より、既に亡くなっていると推測する。
 中野重治がその赤ん坊の死に立ち会ったと、小説の表現との関りで推測する。
 小説「コスモス忌」では、友人Sの死と、送別会、納骨、さらに最後となるだろう家への訪問までを、細大漏らさず描いた。

 張籠二三枝さんの小説「無げの花かげ」では、独身だった叔母と、叔父夫婦の死が、少女時代の回想とともに描かれて、文体はライトだが内容は重い。



 これまで記事にアップしなかったけれど、寺井奈緒美・歌集「アーのようなカー」Kindle Unlimited版をタブレットにダウンロードしており、先日に読み了えた。
寺井奈緒美「アーのようなカー」
 書肆侃侃房・新鋭短歌シリーズ46。同シリーズとして、先の8月3日の記事、二三川練・歌集「惑星ジンタ」に次ぐ。

 単行本:2019年4月11日・刊。価格:1,836円。
 Kindle版:2019年8月2日・刊。価格:1,600円。
 掲載首数、不明。東直子・解説「「そこにいた時間」の新しい豊かさ」、著者・あとがきを付す。

 優しさを施したい、求めたい心情がある。言葉の斡旋がうまく、レトリックが上手になって、人生の真実味が深まらないようだ。
 あとがきに「色を失っていたのは街ではなく自分自身だったのだと、ようやく気がついた。」とある。人生の暗部も見つめつつ、歌に拠って、危うい時代を生きて行ってほしい。

 以下に7首を引く。

舌打ちの音でマッチの火が灯るようなやさしい手品がしたい
フジツボのように背中を張り付かせ駅の柱はやさしい岩場
コピーアンドペーストのため囲われた文字に地下への隠し通路を
追い炊きのボタンを君に埋め込んで一年経つが未だ押せずに
戦前を生きるぼくらは目の前にボタンがあれば押してしまうね
街をいく人たちみんな大根を持っているけど何かの予兆
再生をされてトイレットペーパーになったら隣り合わせましょうね


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