短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、第3歌集「寒雉集(かんちしふ)」を読み了える。
 
第2歌集「鑿岩夫」は、先の10月24日の記事にアップした。
概要
 「寒雉集」は、戦後の1946年、青垣会・刊。981首。青垣叢書第21篇。
 なお2歌集の間に、合同歌集「いしかは」(1937年・刊)、「日月」(1944年・刊)がある。
感想
 初め2歌集ののち、岡部文夫はプロレタリア歌人同盟から脱退し、1931年、橋本徳壽に入門、「青垣」会員となる。
 プロレタリアの叫び的な自由律短歌から、生活からの写実を旨とした短歌に移った。写生・写実を絶対としない今の短歌の風からは、古風に読める。
 それとこの全歌集が、1ページ20首組みと混んでおり、また歌数も981首と多い事から、かなり読みにくかった。読書の前途の困難を思わせる。
 なおこの当時、作歌意欲旺盛で、1946年にこの「寒雉集」を含め2歌集、1947年に2歌集、1948年に2歌集、1949年に2歌集と、続々上梓している。

引用
 「寒雉集」より、7首を引く。
この夏にひとたび刈りし草(かや)の山蕨と笹とやうやく秀(た)けぬ
ふかぶかとしたるくもりは湖の上に垂(た)りつつ動くともなし
みすずかる信濃の山に汝(な)はおきて任(まけ)のまにまに遠く来にけり
磯の畑の麦を播きをへしくつろぎに和倉のみ湯に姉はゆくとふ
たたなはる砺波の山の上にしてひとひらの雲と昼月とあり
黄なる光(ひ)は渚の上に照りながら浜斑猫のかぎりなくをり
炎天の深き埃(ほこり)を横ぎるにこのかなへびはためらひなしも
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写真ACより、「ウィンタースポーツ」のイラスト1枚。