思潮社「吉本隆明全詩集」(2003年2刷)より、初期詩編の4回目の紹介をする。
 
同・3回目は、先の11月16日の記事にアップした。
 今回に紹介するのは、「第Ⅳ部 初期詩編」より、「Ⅶ 詩稿Ⅳ(1946)」24編と、「Ⅷ かなしきいこひに(1947)」21編である。
詩稿Ⅳ(1946)
 1946年の詩作の内、「時禱」詩編に収められた少数を除き、すべてが収められていると、目次を追ってわかる。
 「童子像」(同名2作目の、フランス語の副題のある方)では、「(血まみれたみちをゆくがよい/童子よ/うまれたときからの執着の匂ひをさけてはいけない/あの風のこころとおまへのこころとどこに関りあらう」と、人の欲望を肯定するかのようだ。同じ詩に「童子のまへには無限の砂礫があるのみ/もろもろの門は架空のおきてのみ/…/或日/童子は天の眷属/あの強じんな風に訣れた」と結んで、天の無垢と別れ、もろもろの門(イデオロギー、宗派)とも別れ、地の砂礫を走る事を決意するのだ。
 「幼年」の1行では、「さあれ幼き日のおまへの生きた如くいまもナルチスムスの飢えを充さねばならぬ」と書いて、後に明らかとなる強いナルシシズムの現われを見せる。
かなしきいこひに(1947)

 1947年の詩作の内、「時禱」詩編、このあとの「Ⅸ 白日の旅から」に収めた3編、を除くすべてである。
 冒頭の「かなしきいこひに」は、幼い者たちに寄せて懐旧しながら、「わたしはたすかるだらうか/これからはたったひとり/兎小屋の兎をみたりして/おたまじゃくしの尾をみたりして/またひとりでゆけるだらうか」と生の危機感を描き、立原道造の詩の影響も感じさせる。
 「秋」は57調の7行の詩で、新体詩を思わせ、古い詩型への思いが残っていた事を示す。
 集の末尾の「黄昏に」を、「黄昏/わたしにはあらゆることが見えている/わたしはうす雲の反映に/もうすべてを忘れることができる/わたしはあぶなくはなく独りでゐる」と締めて、戦前への決別と、生の自信をうたっている。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「白雪姫」のイラスト1枚。