思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、「未刊詩篇<炭素>」7編を読み了える。
 先行する「詩集<北山十八間戸>全篇」を読む、は今月5日の記事にアップした。



 彼が「文学も出世の手段としか考えない」と、本音か、フィクション混じりにか、書いたことに就いて一言。日本の近代以降の文学者は、世のあぶれ者から出発しながら、芸術家のプライドを保って来た。その流れからすると、彼の1行は許せないかも知れない。しかしヨーロッパの近代文学が多くブルジョアの慰みごとであった事は措き、古代中国の詩人たちが、詩文に依って出世を計った事を考えると、彼の考えも納得できる。しかし現代日本は、古代中国とは違う。

 「伏見」より。「いめひとの伏見/の特徴だ」は、「伏見のいめひと(夢人を連想させる)」を、引っくり返しただけのようだ。「その日から私は変わったと/その日から 日本は変わったと/突然の美しい声で叫ぶ」の楽観には、むしろ危うさを感じる。
 「蔚山」より。戦前の親日作家「白鉄」が病気(肺結核?)の身で、「とてもよく してもらったので」住むことを決め、諦めない希望を「いまでもいちばん人はきれいだ」と、現代詩作家は讃える。
 「プラトン」は、「ソクラテスの弁明」とトルストイ「戦争と平和」を、混ぜ合わせたような作品だ。
 「炭素」は、16歳まで30年間、旺盛な活動をした(年代測定がくるっている)四国の四人の話が、四国生まれの目を治療する少女たちの話にすり替わる。
 「民報」では、「悪化した胸」の作家野川(島に帰った)を、四つ年下の東京の作家が、偲ぶ話である。旧友が村人と交わりを持てていることに、東京の作家は「ひそかに胸をなでおろし」ている。現代詩作家も、多くの旧友(恵まれた境涯にいない)を偲ぶのだろう。
 恩賜賞・芸術院賞を受けた荒川洋治氏の、これからの活動に僕は関心深い。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。