東京外国語大学短歌会の歌誌「外大短歌」9号を読み了える。
 入手は、今月1日の記事、届いた4冊(4)にアップした。




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 多くの大学で短歌会が活動している事は知っていたが、その歌誌を読むのは初めてである。
 「外大短歌」9号は、2018年11月25日・刊。既にこの秋の文学フリマに向けて、10号が発行されたが、手違いで僕は入手できなかった。僕はツイッターのメッセージで注文したが、誌代は安くても振込手数料が割高となる。
 外国語を学ぶ学生の短歌は、日本語を相対化して、優れた歌が生まれるかと期待した。卒業後も、短歌を創る経験は、生活の場で救いとなるかも知れない。
 学生生活は今もモラトリアム時期なのか、生活の重圧を感じる短歌は少ない。現役会員5名に対し、OB・OG会員が7名と多い。


 以下に5首に寸評を付す。
 O・こはるさんの「重力と呼吸と私」より。
プラタナスよりも秋めくコンビニでひそかに改良された海苔巻き
 コンビニの食品に季節を感じる、長閑な都会生活である。
 S・龍さんの「楽園」より。
そこに無いものは無いですお客さま愛も祈りもウズラの卵も
 食品売り場のアルバイトの歌だろうか。観念にすぐ移れる若さである。
 S・瑠音さんの「昼光色の週」より。
角砂糖をカップに入れて溶かしゆく三分のちに口をつけたり
 感情を込めていないようで、切迫した心境かも知れない。
 I・美南さんの「色/記憶(LANDその10)」より。
金木犀目に散りかかる 眼鏡の度が突然合つたやうに秋晴れ
 秋の澄明感を表し得た。比喩が優れている。
 M・修さんの「サムニー先生」より。
蒙昧の学生たちと悲しみを頒(わか)てず先生悲しかりけん
 OBが、自分たちの若さと学習嫌いを、回顧している。