風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

読書

 有明夏夫の小説「俺たちの行進曲」を読み了える
俺たちの行進曲

 有明夏夫(ありあけ・なつお、1936年~2002年)は、1945年に福井県に疎開し、県内の勝山精華高等学校を卒業した。同志社大学工学部を中退し、後に作家となった。
 「俺たちの行進曲」は、文春文庫、1984年2刷。
 僕がなぜ、カバーが破れ、本文ヤケした、マイナーな本を手放さなかったかと言えば、舞台がわが福井県であり、福井方言がふんだんに出て来るからである。
 高校3年生の3人組み音楽部員(父子家庭、母子家庭、孤児院暮らし)が、異性への妄想や小冒険を繰り返し、ユーモラスにシリアスに生き延びてゆく。
 福井方言はディープで、軽く「さっきんてな」(先ほどのような)が出て来る。福井出身者以外に、すべての方言がわかるか、推測できない。

 僕は福井市方言に関心があり、ある詩人の助言を得たりしながら、ほとんど独力でエクセルの方言集を作成し、改訂を重ね、昨年末には550語に至った。
 有明夏夫が多感な時代を福井県で過ごし、福井方言に溢れた1編を残したことに、喝采を送りたい。


 三木卓の長編小説「馭者の秋」を読み了える。
三木卓・馭者の秋
 集英社文庫、1988年・刊。379ページ。

 前ブログ「サスケの本棚」には、思潮社の現代詩文庫44「三木卓詩集」と小説「野鹿のわたる橋」の感想が残る。小説を他にも読んだようだが、確信がない。

 「馭者の秋」は、「わたし」(49歳、妻の死後に愛人あり)が息子・淳の恋人・多恵に恋情を抱くストーリーである。初恋の人にあまりに似ていて。共に男性に伝える魅力を自覚するタイプである。
 多恵が淳の子を妊娠している事を知り、父、保護者の心境と立場を取り戻す。
 細密な描写と、人生観の吐露が、長編小説を支えている。


 思潮社の現代詩文庫78「辻征夫詩集」より、「隅田川まで」を読む。
 初めの「学校の思い出」「今は吟遊詩人」の感想は、先の12月29日の記事にアップした。
 

 「隅田川まで」の原著は、1977年、思潮社・刊。 
 彼の抒情詩には異質さがある。現実的論理を離れて、異世界の深くへ届く。
 想像というより、空想の軽さがある。詩情を脅かす現実が深みを与える。
 しかし異世界への参入の仕方は「アルコールの雨」、宿酔の力ではないだろうか。萩原朔太郎が「独自で日本のシュールリアリズムを創り上げた」と言われても、僕はアルコール依存の幻覚ではないかと疑っている。
 戦後詩の田村隆一は酒好きな詩人だったが、彼は深く病んでいた。

 「魚・爆弾・その他のプラン」の第2章より引いてみる。「夕陽を小型の爆弾となす/呪文を発見し 任意の/場所に落としてみる…」。
 辻征夫の詩は、賭ける深さに抜きん出ていたのだろう。しかし、生命と生活を保障した世界へ移ったのだろう。現代詩文庫には、「続 同」「続々 同」がある。
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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。




 



 岩波文庫の一茶「七番日記」(下)、2003年・刊より、6回めの紹介をする。
  同(5)は、先の12月24日の記事にアップした。



 今回は文化13年7月~12月の半年分、243ページ~293ページの51ページを読んだ。
 俳句ページの頭部に一茶の記録メモが記されるが、漢文読みくだし文で読みにくく、天候記録が多く、訪問先も記されるが、一々追っていられない。見開き2ページの左端に校注者の語注欄があり、理解の助けになる。
 年末の句数は記載なく、江戸を去る時の餞別1覧が載っている。金額など、今の僕にはわからない。
 男子の世継ぎ(当時としては当然だろう)を望むらしい句、老境の句がある。
 最大の支援者だった成美への追悼連作9句がある。
 在菴156日、他郷228日と、やや在菴日が増えたか。
 9月5日の頭部記録に、「キクト中山菅刈 茸取 栗拾」とあり、微笑ましい。

 以下に5句を引く。
老(おい)が世に桃太郎も出よ捨瓢(すてひさご
茹(ゆで)栗と一所(いつしよ)に終るはなし哉
おもしろう豆の転(ころが)る夜寒哉
浅ましや熟柿をしやぶる体(てい)たらく
霜がれや米くれろ迚(とて)鳴(なく)雀
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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。





 景山民夫の短編小説集「ハイランド幻想」を読む。
 ブログ「風の庫」「サスケの本棚」に共に記事がないので、初めての作家だろう。
ハイランド幻想
 中公文庫、1997年・刊、250ページ。

 景山民夫(かげやま・たみお、1947年~1998年、享年50歳)は、放送作家として大成功のあと、小説家に移った。
 「ハイランド幻想」には、10編の短編小説を収める。
 苦難を越えてハッピーエンドのストーリーの中に、特異な「狸の汽車」が挟まる。狸の古老・権兵衛が、後輩たちの目の前で、日本最初の汽車と化け物対決し、あっけなく敗死する結末である。狸が人を化かす自慢話は、創作の手の内を明かすようだ。汽車が何の比喩か分からない。科学文明を指すのではないだろう。
 表題作「ハイランド幻想」は、日本からネス湖のネッシーを探りに行くストーリーである。ゆるゆると旅を楽しむが、ベンチより夜のネス湖に大きな黒い影が横切っても、ウィスキーの瓶と共にホテルへ戻ってしまう。すべてのフィクションが空しい、というように。


 鷺沢萠の留学体験記「ケナリも花、サクラも花」を読み了える。
  鷺沢萠の本はわずかに読んだ気がするが、この「風の庫」になく、タブレットでは前ブログ「サスケの本棚」にログイン出来ないので、確認できない。(追記:その後、「サスケの本棚」にログイン出来て、「帰れぬ人びと」「駆ける少年」の感想を見つけた)。

ケナリも花、サクラも花
 新潮文庫、2000年3刷、184ページ。
 1993年1月~6月まで、韓国の延世大学に語学留学した体験記である。留学の契機は、父方の祖母が韓国人であり、自分がクォーターだと知った事という。
 親しい韓国2世、3世に囲まれ、悪辣なジャーナリストにうんざりしながら、10円ハゲを作るほど苦労して、2学期間を学んだ。

 鷺沢萠(さぎさわ・めぐむ)は、1990年に結婚し、翌年に離婚した。2004年に35歳で自死した。理由は文学的に行き詰まったのだろう。多くの読者がありながら、大きな文学賞を獲れなかった。彼女の突き詰める性格と、社会の成り行きが望んだ方向と違っていた事が原因と思われてならない。

 彼女は上智大学ロシア語科を除籍になったけれども、人生まで中退しなければよかった。「戦わない者が勝つ」のかと、微かに憤る。

 僕が参加しているブログランキングサイト・にほんブログ村のテーマの1つに、100冊会があり、本の読了のたび登録し、年間100冊越えの読書の励みにという趣旨である。
 昨年の同記事は、12月30日にアップした。リンクには、1昨年の同記事へのリンクを貼ってある。2016年の記録まで遡り得る。


 年末の累計数より、昨年末の累計数を引けば良いのだが、もう少し詳しい数を知りたく、毎月末に記録して来た。
 1月:16冊、2月:13冊、3月:17冊、4月:16冊、
 5月:17冊、6月:20冊、7月:19冊、8月:19冊、
 9月:16冊、10月:18冊、11月:12冊、12月:12冊、
 合計195冊である。6月~8月がやや多めだろうか。

 全詩集、全歌集では、単行本ごとに1冊とした。短編小説では、読了の1まとめごとに1冊とした場合が多い。
 1昨年の225冊、昨年の203冊より、減って来ている。200冊の大台にわずかに届かなかった。
 速読でなく、多読・乱読だが、どれだけ身に沁みたか心許ない。大人のメモは忘れるため、という言葉がありご寛恕願う。
 文学への情は増して来ている。
 皆様、佳いお年をお迎えください。
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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。


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