風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。

読書

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 今月13日の記事で紹介した「永田和宏作品集 Ⅰ」より、栞と第1歌集「メビウスの地平」を読み了える。
 同・集は、これまでの11歌集と、年譜、初句索引を収めて、821ページの大冊である。
 栞には、馬場あき子が先輩として、高野公彦、小池光が同輩として、三枝昂之、大辻隆弘が後輩として、励ましの言葉を寄せている。
 第1歌集「メビウスの地平」は、1975年、茱萸書房・刊。
 永田和宏は1947年に生まれ、母が結核発病のため別居、4歳で母の死に遭い、母の面影が無いという。
 1967年・「塔」に参加、河野裕子に出会い、また第5次「京大短歌」創刊。1972年・河野裕子と結婚、1975年の「メビウスの地平」発刊、現代歌人集会賞・受賞に至る。
 僕より3歳の年上である。この業績の違いは何だろう。僕は僕なりに、苦闘して来たと思うのだが。
 「自分の1首を以って、短歌史を一変させてみせる、…と意気込んでいました。」とかつて述べた(「新版 作歌のヒント」)が、それらの劇しい歌と共に、河野裕子との相聞の優しい歌がある。
 以下に7首を引く。名作、傑作として、人口に膾炙する作品はできるだけ避けた。
かくれんぼ・恋慕のはじめ 花群に難民のごとひそみてあれば
言うなかれ! 瞠る柘榴の複眼に百の落暉を閉じこめきたる
惑星の冷たき道を吹かれくるあざみ色なる羞しさの耳
あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまで俺の少年
昏睡の真際のあれは湖(うみ)の雪 宥(ゆる)せざりしはわれの何なる
鏡の中いまはしずかに燃えている青貝の火か妻みごもれり
見抜かれていたることすらさわやかにかなかなの鳴く夕暮れなりき





 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊)より、2番目の句集、岩田昌寿「地の塩」を読み了える。
 今月10日の記事、
米沢吾亦紅「童顔」に次ぐ。
 「地の塩」は、1959年、竹頭社・刊。石田波郷・序、372句、後記を収める。
 岩田昌寿(いわた・しょうじゅ、1920年~1965年)は、9歳の時に母と死別(それ以前に父と生別していたらしい)。
 1938年に肺結核で清瀬の療養所に入り、俳句を投句、1940年より石田波郷の「鶴」に投句し頭角を現す。
 1949年に喀血、療養所に入るも精神錯乱状態になり桜ヶ丘保養院に移る。このとき連作「秋夜変」を成す。
 退院後、日雇い労務者となり、1959年に本句集を出版するも作句少なくなり、1965年、某精神病院で孤独死。ノートやメモは、残っていなかった。
 以下に5句を引く。
夕風の枇杷もぐ蹠仰ぎけり
合歓を見て残す言葉は何時言はむ
本売つて燕くるまで食ひつなぐ
囀や生涯日雇かも知れず
日雇のひと日父の忌夏痩せぬ
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



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 今月16日の記事、「購入した5冊」で入手を報せた、綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2017年8月号を、ざっと読み了えた。
 
同・7月号の感想は、今月4日の記事にアップした。
 巻頭の岩田正「竹踏み」20首は、老いの意気と嘆きと、床屋政談である。崩れやすい危険性を感じる。
 大口玲子「夕焼けを見たか」20首は、クリスチャンの立場から、共謀罪反対のサイレントデモに参加し、かつ詠む。痛ましい気がする。
 魚村晋太郎「累卵の、」12首の11首目「脚ほそき木椅子はきしむ内心といふゆふぐれの部屋におかれて」は、初句2句で写実かと思わせて、3句目以降で比喩の歌に転換させている。
 林田恒浩「ひたになつかし」12首の3首目、「待ち受けにうつる曾孫を死の床の母に見せやりき それより換えず」の初句がわからなかったが、スマホかケイタイの壁紙とわかった。「待ち受け画面」くらいにして貰わないと、すぐにはわからない。
 1冊1ページの歌書紹介欄が貴重である。


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 1昨日、7月19日の記事にアップした、荒川洋治「詩とことば」を読み了える。
 岩波現代文庫、2016年6月・4刷(2012年6月・1刷)。書き下ろし・2004年12月・刊。
 第1章「詩のかたち」の初めで「詩のかたちをしたものは奇異なものかもしれない。反射的に遠ざけたいもの、気分を損ねるものかもしれない」と書いて、詩の不遇の源を探る。「行分け」「(行の分け方を、書く)その人が決めること」「並べる」「メモの世界」「くりかえし」「リズム」「詩に、飛躍はない」「散文は「異常な」ものである」の章で、実際の詩に即しながら、詩の特質の解明と、擁護を試みる。
 第2章「出会い」では、石牟礼道子「川祭り」で始まり、蔵原伸二郎「昨日の影像」などのあまり知られない詩人、草野心平、飯島耕一でもあまり知られない作品、との出会いと、探索を述べる。
 第3章「詩を生きる」では、詩が熱かった時の様子を振り返り、作品の構成の分析をする。廣末保の芭蕉論の1節「詩が詩として自立しはじめるとき、それは同時に反「詩」的な契機をふくみこまねばならなかったのである」が痛く刺さる。
 最終・第4章「これからのことば」では、大きな事件のあとの垂れ流しの詩や歌を「詩の被災」と切り捨てる一方、今のこの社会のおかしさの源の1つに「情報だけの本だったり、明日役に立つだけの本だったり、時流に合わせるものだったり、…」と批判して、文学書、中でも詩集・詩の本の読書を推す。「歴史」では、「新体詩抄」から1980年代までの詩人を挙げ、それ以来は新人不在だとする。また新しい人、地域の人にも、細かく心を向ける。
 「あとがき」、「岩波現代文庫版のあとがき」、「参考文献一覧」を付して、1冊を収めている。
 単行本が文庫本になり、版を重ねる、優れた詩論である。



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 今月9日の記事で入手を報せた、生方立つゑ・歌集「冬の虹」を読み了える。
 このブログでは、7月14日の記事
「ひとりの手紙」に続く、歌集紹介である。
 「ひとりの手紙」は1982年、新星書房・刊、「冬の虹」は1985年、同・書房・刊。
 「冬の虹」は、函(写真はその表)、本体にビニールカバー、1ページ1首、165ページと、贅沢な造りである。
 「ひとりの手紙」では落魄的と書いたが、入退院の疲れと弱りから回復したのか、この歌集では気力ある歌が多い。
 嫁いだ家は重要文化財となって移築されたが、元の家の近くに一人住まいしたらしく、著者住所は群馬県沼田市沼田上之町となっている。
 サポートは充分でないようで、「雪の夜のこのしづまりをおそれきて遂に脱出もならざりしなり」と「雪の庭のこのしづまりをおそれきてつひに脱出もあらざりしなり」の類歌が載っている。
 角川書店「生方立つゑ全歌集」のあと、この2歌集の外に、1、2あるようだが、ネットで当たってみないとわからない。
 以下に7首を引く。
あこがれを待つかたちにて門ひらくひとりといへど生き遂げるべく
わたくしに来る幸ひのあらむかとけさ新しき衿かけかふる
口数の減りゆくことも意識して老いの寂しき一日をゐたり
潮の襞ゆるやかに寄りて膨らむをものの化身として畏れをり
手のとどく幸ひなどはなけれどもま日照りくればささやく鳥ら
庭石にしづくしてゐる雨の音ききつつ今はねむらむとする
(こ)の中に拾ひためたる樫の実をたのしむごときひそけさにゐる



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