風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

読書

和田公民館
 エッセイストのMMさんが昭和60年1月に立ち上げ、今も続く、和田たんぽぽ読書会に縁あって、僕は11月12日に初参加した。
 市内和田公民館の1室に、午前10時開始である。メンバーは僕と、MMさんを含む女性5人だった。1名欠席。僕が自己紹介し、他の方も自己紹介して下さった。
 課題図書は、永田和宏「歌に私は泣くだらう」(新潮社)である。僕は古本をメルカリより買ったけれども、まとめて数冊を借りられるシステムが県立図書館にあるそうだ。


 席順で、まず1巡に話す事になる。OTさんは、短歌は難しかった、生きる事を赤裸々に描いてあると述べた。忍耐強い夫であり、息子がフォローしていると、自分の体験を含めて語った。
 TKさんは、2回、興味のある所は3回、読んだそうだ。夫婦に愛憎がありながら、支え合い高め合う、同志・ライバルだった所に感銘したようだ。
 僕は、2歌人の出会いから死別までを描いた、永田和宏の「たとへば君」(文春文庫)のある事と、この2冊は「伊勢物語」等の歌物語に通じる所がある、と述べた。
 IYさんは、闘病史、家族史と読んだ。永田和宏の能力、体力、維持力を讃えた。
 ATさんは、短歌を読むのは好きだが、詠まないとの事。自分が先に死んだら夫はどうなるのだろう、との共感を示した。
 MMさんは、かつてアララギ系の歌誌「柊」の会員だった事、また夫との相聞歌があると述べて、皆の拍手を受けた。今もある献詠を続けているとの事。

 後は自由に語り、雑談に傾く場面もあった。

 来月の日程を教えてもらった。課題図書、森絵都の小説「風に舞いあがるビニールシート」1冊を預かって、散会した。


 青幻舎の文庫版「北斎漫画」(全3巻)より、第3巻「奇想天外」の第3章「百鬼図会」を見了える。
 先行する第2章「故事拾遺」は、今月6日の記事にアップした。



 第3章「百鬼図会」は、166ページ~194ページの29ページに渉る。
 冒頭は、題字がはっきりしないが、播州皿屋敷で知られるお菊さんの幽霊を、三ヶ月上人が鎮めている場面らしい。
 ろくろ首、三ツ目が見開き2ページに載る。
 公時遊貞は、ググってもはっきりしないが、坂田金時(幼名・金太郎)らしい。
 役の小角(えんのおづぬ)は、634年~701年(伝承)の呪術者である。伝承通り、前鬼・後鬼を侍らせる。
 地獄の図は、地獄図絵巻の方が怖い(本を観た事がある)。
 大江山の酒吞童子、源頼光に斬られる鬼童丸は、共に見開き2ページである。
 鐘馗、鬼遣らいの豆撒き、の図が続く。
 しまいの船鬼と題する図は、津波らしい。
0-85
写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 福井県詩人懇話会・発行のアンソロジー「年刊 詩集ふくい 2019 第35集」を読み了える。
 入手は、先の10月29日の記事、入手した2冊を紹介する(7)にアップした。



 「同 2018」を読む、は昨年11月6日の記事にアップした。リンクより、過去号へ遡り得る。


IMG_20191028_0001
 このアンソロジーには、53名61編の詩と、執筆者名簿、「’18 ふくい詩祭 記録」、あとがきを収める。詩の執筆者は、漸減傾向である。ただし高校生3名が3編を寄せている。
 同・2018の感想で述べたが、観念的な作品が多いようだ。リアリズムで詩を書くには、社会はあまりに悲惨である。
 とぼけるか、家庭内のトリヴィアルな事を描くしか、観念化の道を逃れる方法はないのだろうか。
 A・幸代さんの「手をのべて」が内省的である。
 U・千枝美さんの「新しい波」は自身の目の老化をユーモラスな筆致でえがく。

 51ページに渉る「’18 ふくい詩祭 記録」では、基調講演、シンポジウム共に、人物・発言が高度だった。
 挿入の写真は、1枚を除いて総て、カメラマン役の僕が撮ったものである。




 本阿弥書店の総合歌誌(綜合歌誌・改め)「歌壇」2019年11月号を、作品中心に読み了える。
 到着は、先の10月22日の記事、届いた3冊を紹介する(6)で紹介した。



 同・10月号の感想は、先の9月25日の記事にアップした。



歌壇11月号
 11月号の短歌作品は読んだけれども、散文はほとんど読まなかった。
 特集・読みを鍛える、ザ・巨匠の添削「前田夕暮」も食指が動かなかった。
 去年までは楽しみにしていた、2つの短歌甲子園のルポも、興味が湧かない。短歌甲子園の出身の若者歌人で、歌壇で活躍している者がいないせいだろうか。
 篠弘「戦争と歌人たち(65)」も厳しいが、将来の戦争抑止にどれだけ繋がるだろう。

 短歌作品では、佐伯紺の特別作品30首「日々をさぼる」に注目した。2014年、第25回歌壇賞を受賞しながら、歌集がない。働いても学んでもいないようだ。サボタージュしてダルに暮らすのも、世への抵抗の1つだろうか。


 インディーズ作家・村杉奈緒子の中編小説「よみ人知らず」Kindle Unlimited版を、タブレットで読み了える。
 同作品のダウンロードは、先の9月29日の記事、入手した5冊(4)にアップした。これでその5冊総てを読み了えた事になる。



 僕は彼女の「片恋未満」Kindle Unlimite版(第1作らしい)を読んでおり、感想は今年3月6日の記事にアップした。



村杉奈緒子 よみ人知らず

 「片恋未満」より後年の物語である。本州の最西端らしい山中で一人、萩焼を登り窯で焼く陶芸家・七海(映画カメラマンより転身)と、都内の雑誌社記者・若栄雪名の惹かれ合う物語である。
 七海のライバル陶芸家(弟弟子)として、「片恋未満」のフラメンコ・ギタリストより転身した喬木が現れ、雪名に好意を寄せるが身を退く。
 惹かれ合う男女の心理はわかる気がする。ただ興味を引っ張った、雪名の叔母・未雪の死因は明らかにされていない。村上春樹「1Q84」にも、明らかにされないエピソードはあったけれども、読者を放り出してはいけないと僕は思う。
 壮年男に若い恋人ができるまでのストーリーで、先がわからず、人生の濃い物語ではないようだ。
 これまでの2作品では、民衆芸術への憧れを描いて独自である。


 

 青幻舎の文庫版「北斎漫画」(全3巻)の第3巻「奇想天外」より、第2章「故事拾遺」を見了える。
 先行する第1章「狂態百出」は、先の10月23日の記事にアップした。リンクより、過去記事へ遡り得る。



 「故事拾遺」は、94ページ~164ページの、71ページに渉る。
 小節はなく(再編集したものなので)、ベタで太公望より始まる。古代中国の人物、伯楽、顔子、曽子、子思、周公、朱子などは目にした事もあるようだが、張子、程子、周子、などになると判らない。あるいはネットでググると、判る人物もあるかも知れない。ただ変換で出て来ない、手書きしなければならない漢字の名前があり、また時間的制約があり、興味の範囲があり、すべて調べる事は困難である。当時の庶民には、知られていたのだろう。
 韓退之は詩人の韓愈(かんゆ)である。東方朔は、前漢の政治家である。読み取れない(字が小さいので)名前も多い。孔明、関羽などの略図もある。僕のイメージと違う図も多い。
 116ページより日本編に入り、宮廷人(公家、女房?)、平正門(将門)、仏御前、阿倍仲麻呂、俊寛僧都、小野道風、楠(木)正成、小野小町、其角、西行法師、山部赤人など、時代を構わずに並べる。文屋康秀、藤原忠文など、調べると面白いだろう人物もいる。
 最終164ページは、天下泰平と題され、正装の公家が海に祈る姿である。何か謂われがあるかも知れない。
0-86
写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、「詩集<北山十八間戸>全篇」を読み了える。
 先行する、「詩集<実視連星>から」を読む、は先の10月20日に記事アップした。



 実は僕は、詩集「北山十八間戸」が鮎川信夫賞を受賞した時、書店より取り寄せて読んでおり、2017年4月5日の記事にアップした。


 それより、どれだけ読解が進んだかわからない。彼は技術の威嚇論によって戦後詩を切り捨て、IQ高官論によって同輩詩人を切り捨て、詩集「あたらしいぞわたしは」や「ボーセンカ」シリーズで、孤独な道を進んだ。詩「かわら」で「僕もまた政治家なので/文学も出世の手段としか考えない」と語るに至る。
 「北山十八間戸」の冒頭「エンジンについて。/表現の構成要素について。」は、彼の表現意欲の発動点と、二重性格的な面を(「グラムの道」には「性格はひとつになりたい」の1行がある)、表したのだろう。「どこにでも小さな商店のある日本」と一人の僧による「中世の救済院」、ともに人の世のあわれだろう。
 「外地」では竹島や色丹島を、政治論ではなく詩化しようとする。末尾「和傘をひらく」と古い日本寄りを暗示するようだ。
 「赤江川原」は中世の、「近畿」は戦時中の占領地の、日本的心情を、現代の自分が感じているようだ。
 境地は1種清しいらしく、「錫」などに社会的に向日的な行もある。
0-84
写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


↑このページのトップヘ