風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

読書

詩集ふくいa
 福井県詩人懇話会のアンソロジー「詩集ふくい2016」(2016年10月30日・刊)を読みおえる。
 正式には、「年刊 詩集ふくい2016 第32集」である。
 本の到着は、10月28日の
記事(←リンクしてあり)で報せてあり、同記事には僕の作品(横書きながら)へのリンクが張ってある。
 詩は57名63編。異才のこぐま星座さん、H・秋穂さん、それに芸術派の1グループの主要メンバーが、参加していない。
 生活詩(リアル的、心情吐露的)が多いようだ。1作を挙げるなら、A・幸代さんの「霧」を推したい。犬に引かれて走っていると笑えてくるという、不思議なユーモアを描く。
 T・幸男さんの「ドヂの独白・うつつの鳥瞰」が古典と哲学を背景に、K・久璋さんの「パントマイム」が民俗学を背景に、重厚である。
 執筆者名簿(最大5項目)と、「’15ふくい詩祭記録」も重要である。

 昨日に続き、花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、遺稿詩集「歳月」の最終第3章を紹介する。第3章は9編。
 茨木のり子は、1926年・生、1949年・結婚(23歳)、1975年・夫が肝臓癌で死去(詩人・49歳)、2006年・死去(79歳)。夫婦に子供はなく、音信不通のため訪れた甥に発見される。世に俗にいう孤独死である。
 「歳月(Ⅲ)」は、遺稿に目次のメモがなく、編集した甥の宮崎さんが、故人の意向に添うように配列した。その事に不満はない。
 ただ詩集名を、最終詩編の題名より「歳月」とした事は、遺稿詩集とはいえ、内容からみて地味ではないか。もっとつやのある詩集名、あるいは原稿の入っていた箱に書かれていた「Y」(夫のイニシャル)もシンプルで良かったのではないか。
 詩では、「なれる」事を嫌い、パンツ1枚でも品があったと回想し、「人を試す」事で叱られ感謝している。
 遠ざかる面影に縋るような、切実な1編があるので、以下に全文引用する。

  電報

オイシイモノ サシアゲタシ
貴公ノ好物ハ ヨクヨク知リタレバ

ネクタイヲエランデサシアゲタシ
ハルナツアキフユ ソレゾレニ

モットモット看病シテサシアゲタシ
カラダノ弱点アルガゴトクアラワニ見ユ

姿ナキイマモ
イマニイタルモ
菊4
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。


 昨日に続き、花神社「茨木のり子全詩集」より遺稿詩集「歳月」の、2回めの紹介をする。
 遺稿の内、第2章までは、詩の順番(目次)のメモが残されたが、詩稿の箱には小さく「Y」(夫のイニシャル)とだけ書かれており、詩集名は編集した甥の宮崎さんが付したという。
 第2章は、16編。回想の詩が多くなって、亡き夫を身近に感じる詩はすくない。
 しかし、ここに引けないエロチックな作品「獣めく」もある。
 「殺し文句」より。「「これはたった一回しか言わないからよく聞けよ」/…/こちらは照れてへらへらし/「そういうことは囁くものよ」とか言いながら/実はしっかり受け止めた/今にして思えば あの殺し文句はよく利いた//…そう言えば わたしも伝えてあった/悩殺の利き台詞  二つ三つ/…」。本心の愛を生前に伝え合った、夫婦の姿がある。
 「町角」より。「…/待合せのときには/なぜあんなにもいそいそと/うれしそうに歩いてきたのか//…あちらこちらの町角に/ちらばって/まだ咲いている/あなたの笑顔//…いえ/いま咲きそめの薔薇のように/わたくし一人にむかって尚も/あらたに ほぐれくる花々」と、夫の笑顔を幻に視ている。
 「急がなくては」では、「あなたのもとへ/急がなくてはなりません」と語り、「梅酒」では没後10年を経てようやく、生前に仕込んだ梅酒を飲む心境になっている。
 亡夫恋の最上の詩が、ここにある。
菊3
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。




 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、没後に刊行された詩集「歳月」3章を、順次、紹介して行きたい。
 この詩集について、編集した甥の宮崎さんは、茨木のり子の没後、清書された詩40編、目次のメモ等を発見し、かつて詩人が花神社へ挽歌の出版の意志を伝えてもいた、とあとがき「「Y」の箱」で述べている。
 原著は2007年2月、花神社・刊。3章39編(1編は既収録のため)。
 「歳月」は夫の死後より自身の急逝まで31年間に、書き溜められた夫へのラブレターのようなもの(詩人の言葉)である。
 (Ⅰ)は14編。「夢」では「…夢ともうつつともしれず/からだに残ったものは/哀しいまでの清らかさ//やおら身を起し/数えれば 四十九日が明日という夜/あなたらしい挨拶でした/…」と、夫を没後にも感じている。
 「占領」という短詩があるので、以下に全編引用する。

  占領

姿がかき消えたら
それで終り ピリオド!
とひとびとは思っているらしい
ああおかしい なんという鈍さ

みんなには見えないらしいのです
わたくしのかたわらに あなたがいて
前よりも 烈しく
占領されてしまっているのが


 初期の少女時代を懐古する(それだけではない)詩や、後期の人々を世を叱咤(激励)する詩より、「歳月」において茨木のり子は成熟し、すべての詩業の頂きを成す、と僕は受け止める。
菊2
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。



 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2月・2刷)より、「茨木のり子集 言の葉3」の書き下ろし3編を紹介する。
 今月14日の
記事(←リンクしてあり)、「倚りかからず」に継ぐ。
 原著は、2002年、筑摩書房・刊。
 「言の葉」全3巻は、それまでの彼女の詩と散文の選集である。僕はかつて、単行本で3冊とも読んでいる。
 今回は当時、書き下ろしの詩、3編のみの紹介である。
 「球を蹴る人 ―N・Hに―」では、「それはすでに/彼が二十一歳の時にも放たれていた//「君が代はダサイから歌わない」/…//球を蹴る人は/静かに 的確に/言葉を蹴る人でもあった」と、サッカー選手の言葉を引いて、持論の国歌批判を提出している。
 「行方不明の時間」では、行方不明の時間の必要を説きながら、末尾に孤独死を暗示するような数行があって驚く。夫が1975年に亡くなり、一人暮らしの年を重ねていた。
 全詩集の順番でゆくと、この詩が生前の詩集で発表された、最後の1編となる。ただし彼女には、没後に刊行を望んでいたらしい詩集、「歳月」があり、この全詩集に収められている。
菊1
フリー素材サイト「Pixabay」より、菊の1枚。

↑このページのトップヘ