風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

読書

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 宮本君子さん(「コスモス」会員)が送ってくださった第二歌集、「梅雨空の沙羅」を読みおえる。
 今月13日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」で紹介した内、4冊めの本である。
 2016年9月30日、柊書房・刊。437首。
 読み始めて、「あれ、宮本さんの歌はこんなのかな? 森重先生の選はこんなのかな?」と疑いながら進むと、すぐに歌は優れた作品ばかりとなった。
 中年後期から初老に至る齢の、哀歓を描いて、惹かれる作品が多く、10余枚の付箋を貼ったが、前例に倣い、7首を以下に引く。
愛想のよき中年の奥にある哀しさに似て梅雨空の沙羅
老い支度いえ死に支度などと言ひ友は蔵書をつぎつぎ呉れる
人声の絶えて滅びし<夏夜鳥集落>はふかき山に戻りぬ
来た来たと誰か叫(おら)べるまたたく間一位の走者走り抜けたり
癌を病む兄が見舞ひにおとづれて左半身麻痺の夫抱く
秋の夜をひつそり起きて授乳する娘へ熱き生姜湯いれる
三歳の駿太は林檎の皮が好き真赤真赤とうたひつつ食ふ




 沖積舎「梅崎春生全集」(全8巻)の第2巻(1984年・刊)より、前ブログ「サスケの本棚」と通算して第5回めの紹介をする。
 今回、僕が読んだのは、「麵麭の話」、「蜆」、「虹」の3短篇小説である。
 「麵麭の話」は、ご飯も食べられぬ戦後の貧しい家庭を持つ男が、裕福な知人の家で、白いパンを何個か盗んで、家に帰ろうとする主ストーリーである。ここにあるのは、法的な問題ではなく、倫理的な問題であり、背後に社会的問題がある。
 「蜆」は、蜆の闇屋をする男と、「僕」が外套の遣り取りのあと、男が「浅墓な善意や義侠心を胸から締出して、俺は生きて行こうとその時思ったのだ」と告白する。
 「虹」は、善意の学者の「先生」と、彼から翻訳の下請けを貰っている「私」と、街娼になれない「花子」の、心理的に絡み合うストーリーである。
 いずれも敗戦後すぐの、荒廃した人心を描いている。
 小説は、紹介するより、読んで貰う他ないものだ。
 梅崎春生は、1915年・生、1965年・没、享年わずか50.だった。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、りんごの1枚。

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 同人詩誌「果実」75号(2016年10月・刊)を、「果実の会」より頂いた。
 先の10月13日付け記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」で紹介した内、3冊めである。
 「果実」は県内の教員、教員経験者を同人とし、今号では6名16編の詩と、3名3編の随筆を収めている。
 K・不二夫さんの「自分の看板」は、ネクタイを男のVゾーンに掲げる看板、と見立てて新しい。
 W・本爾さんは「うゐのおくやま けふこえて」の末2行で「知らないところで/時代が動く鐘が鳴っていた」と時代を捉える。
 N・昌弘さんは「… あの頃は/社会の代表のような顔をした/常識の看板を背負った人間は/敵だった」と書く。僕も若い頃はそうだった。
 意欲的な5編を、T・篤朗さんは載せているけれども、時に抹香臭くなるのは、失礼だが僕には向かない。
 随筆3編は、論理、ユーモア、実感がそれぞれ響く。


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 先の10月11日付けの記事(←リンクしてあり)で紹介した、「第5回ふるさと学級」のおり、詩人・有田幸代(ペンネーム)さんより、個人詩誌「野ゆき」vol.7を頂いた。
 詩の創作を尋ねると、「野ゆき」を年1回くらい発行のペースだと話していた。
 このvol.7には、5編の短めの詩を載せる。
 児童館にお勤めらしく、「ちりとり」では、児童らが競って掃除をし、ごみを見せにも来て、捨てる時にはなごり惜しそうな、純真を捉え得ている。
 5編の仕舞いは、次の作品である。
   夢の余韻
学生の頃憧れた人が
隣に座っている
膝がふれあうほど近い
温かさを感じながら
これはきっと夢だと
思いながらうれしかった
夢が覚めても余韻は残り
つい笑顔になった
いつもむっつりの彼が
笑っていた
ただそれだけのことだけど

 真面目・誠実な彼女の、この情ある1編は優しい。

ココア共和国
 仙台にお住まいの詩人、秋亜綺羅さんより、季刊個人詩誌「ココア共和国」vol.20を頂いた。
 入手は、今月13日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」にアップした。
 「招待★詩」の、いがらしみきお・1955年・生、佐々木英明・1948年・生、宇佐美孝二・1954年・生、佐藤龍一・1952年・生。発行者の秋亜綺羅は1951年・生。
 僕の生年とわずかに前後する。失礼かも知れないが、オールド・ファッション・タイプの詩は、僕にわかる所があり、ありがたい。
 佐藤龍一さん「銃弾・紋白蝶・海」の、「百年の誤読」の句には、笑ってしまう。ガルシア・マルケスの小説「百年の孤独」(焼酎か何か酒の名前にもなっている)の、見事なもじりである。それ自身が誤読であり、読書中に眼と心が疲れて誤読する様を、よく表わしている。
 「招待★短歌」で藤本玲未さんの連作「あとがきの舟」28首は新しいが、僕のわかる所がある。短歌は詩と違って、歌誌や歌集で、新旧の短歌を、読み続けているからだ。「鍵の鳴る音がきこえてとりあえずふすまを閉める弟らしさ」最もわかりやすい1首。
 秋亜綺羅さん「きみのこと」では、「きみのためなら死ねる/なんていえないけれど/ぼくはぼくよりきみが好きです」と書ける詩人と相手が、羨ましい。
 秋亜綺羅さんのエッセイ「1200字のひとりごと」9編は、学ぶ所が多い。政治・経済にも大胆な提言をするが、実行可能かどうか、僕にはわからない。

 

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