風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。
 次回の無料キャンペーンを、9月初め頃に予定しています。

読書

 僕は読書量が多いと言われる事があった。それで読み部(よみべ)を自称して、読書日記を中心としたブログを続けている。
 ブログのランキング・サイトの1つ「ブログ村」の管理画面に、「100冊会」という「参加テーマ」(旧・トラコミュ)がある。
 年間100冊以上の本を読むことを目指し、本を読了したならここへトラックバックを送るよう、という趣旨である。ジャンルやカウント方法は各人に任せる、とされる。
 僕も本を読むたび、ここへ送っていた。全集の小説は1編1冊、全句集等も1句集ごとに(全詩歌集も同じ)カウントした。計算方法は、月末の総数より、前月末の総数を引き、全集等の場合を勘案した。
 年末に、前年末の総数を引けば良いようだが、毎月の読書量を知りたく、前記の勘案もあり、月末毎にノートに冊数を記帳して来た。
 今年に読んだ本は、以下の通りである。
 1月:15冊、2月:14冊、3月:22冊、4月:20冊、5月:21冊、6月:17冊、7月:12冊、8月:18冊、9月:17冊、10月:17冊、11月:13冊、12月:12冊。
 総計188冊で、目途の100冊を越えた。後半に冊数が減ったのは、あるサークルに深入りした為かも知れない。
 僕より遥かに多く、本を読む人がいることを、知っている。
焚き火1
フリー素材サイト「Pixabay」より、焚火の1枚。



 昨日に続き、結社歌誌「コスモス」2017年1月号より、「その一集」特選欄の読了を報告する。
 「その一集」は、1ページ12名くらいで、59ページあるから、特選欄を足して、約750名である。
 特選欄には、45名の各5首が、今号よりそれぞれ選者による題名が付され、外国・北国より南下する順に載る。
 2年間に8回以上、特選になると、「月集シリウス」へ昇級出来るが、難関である。
 付箋を貼ったのは、次の1首。K・師子さんの「勁き意志」5首より。
曼珠沙華の赤を厭ひしははそはの母は戦地で夫を亡くせり
 母の夫とは父であり、曼珠沙華の花の赤が、人の血を思わせるので母は厭うたのだろう。
 枕詞を用いるなど冷静な詠みぶりだけれども、熱い思いを内に包んだ1首である。
火鉢
フリー素材サイト「Pixabay」より、火鉢の1枚。



 結社歌誌「コスモス」2017年1月号より、「月集」を読みおえる。
 同号の到着は12月17日であり、12月20日付けの
記事(←リンクしてあり)で報せた。
 「月集」とは、毎度書くけれども、「月集スバル」(選者(現在23名)及び選者経験者よりなる)の「今月の四人」(4名×5首)と一般の「スバル」会員欄(35名×5首)と、「月集シリウス 特別作品」(12名×5首)、「シリウス」一般欄(127名、4首or5首)を指す。人数を書き上げた事に、特別の意味はない。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。選者の小島ゆかりさんの5首より。
「何者」と問ふ若者に「只者」と応へ立ち去る秋の妄想
 小島さんは、只者ではない。有名な有力な歌人である。1滴の、只者への郷愁があるようだ。
キャンドル
フリー素材サイト「Pixabay」より、キャンドルの1枚。



 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、彼女が翻訳した「韓国現代詩選」の1回めの紹介をする。
 今月14日の
記事(←リンクしてあり)、「『スクラップブック』から」(3)に次ぐ。
 原著は、1990年、花神社・刊。
 年譜に拠ると、彼女は1976年(50歳)より朝鮮語を習い始め、1987年から3年間、季刊詩誌「花神」に韓国現代詩の翻訳を連載し、それらを中心に62編(詩集・約50冊から)を、まとめて刊行した。翌1991年、読売文学賞を受賞した。
 「あとがき」には、「隣国のひとびとの詩を好むこと尋常ならず」「ベストセラーになる詩集も多く、三十万部くらいは軽くいってしまうらしい」と嘆賞している。
 今回は、姜恩喬(カンウンギョ)の4編、金芝河(キムジハ)の5編、趙炳華(チョウビョンファ)の12編(おもに短詩)を読んだ。
 韓国は、大衆運動によって、政権を倒せる国だ。国民が幾ら頑張っても駄目な日本とは違う。芸術、囲碁、スポーツ等に対する、思い入れも違うのだろう。
 姜恩喬の「林」での、次々と木が揺れる様も、そのような心理を表わしているように思える。
 金芝河の「五賊」「蜚語」(僕は読んでいない)を、彼女は高く評価しない。「綱わたり」の末部を紹介する。「…見物衆はなろうなら/酷薄無惨がよござんすよ/生きる道なんざとっくの昔に封じられ/撲殺 血へど 何でもござれ 笑わせなくちゃ そうともよ/死とはすばらしいもの/たった一回こっきりの筈だから」。
 訳した詩人の末毎に、短い紹介が載っており、趙炳華は詩集「ルバイヤート」を想わせるが、はるかに暖かいと感じる、と述べられる。「共存の理由 12」の末連3行から。「別れがきたら/忘れることができる程度に/握手しよう」。
暖炉5
フリー素材サイト「Pixabay」より、暖炉の1枚。


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 短歌結社「コスモス短歌会」内の若者に拠る同人歌誌、「COCOON」Issue02が届き(僕はIssue05まで予約してある)、読みおえた。
 同・創刊号(Issue01)は、今年10月3日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 巻頭24首詠が2名、他の人は12首詠を寄せている
 創刊号で、散文の文字が小さくて、読みにくかった問題は改善されている。
 散文では、同誌の歌論はレベルが高い。
 以下に5名の5首を引く。
 K・智栄子さんの「十月桜」24首より。
パソコンの前に座れば耳の中つね痒くなるわれも息子も
 K・絢さんの「海」24首より。
たつぷりの赤子は海のやうであり海は泣いたり笑つたりする
 O・達知さんの「ハツラツ」12首より。
(お)りますととなりの席にささやけり相対死(あひたいじに)を迫れるように
 S・佳美さんの「池畔」12首より。
われ目指す足音きこゆ振り向かず知れる<下の子、話したいかほ>
 M・竜也さんの「半月湾」12首より。
ハロウィンは決められた家に決められた道順で行く日本の子供
 幼い子を育てる歌を読めるのも、若者(今のところ)限定の同人歌誌ゆえである。
 僕は若者に親近感を持つが、同誌のシニア誌である「灯船」も、申し込んで読んでみようか。


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 坂井市三国町・在住(細かく書くには訳がある)の作家・評論家の張籠二三枝さんより頂いた、評論集「三好達治 詩のエピソード」を読みおえる。
 本を受け取った時の紹介は、今月10日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた2冊」にアップした。
 紫陽社、2017年1月・刊(先付け)。「三好達治 詩(うた)語り」に次ぐ。
 彼女の地元の(現)坂井市三国町に、詩人・三好達治は戦時疎開から戦後に掛けて、足掛け6年を在住し、再上京後も、幾度も詩や散文に表した。
 1952年生まれの彼女が、その場に接する筈もないが、全集を始め詳細な資料にあたり、当時の人の生き残り・大森杏雨さんからも聞き取るなどして、論を進めている。
 三国にある三好達治の2つの詩碑(「春の岬」と「荒天薄暮」)の縺れた経緯が「荒天薄暮」で語られる。「『戦ひやぶれし国のはて』など、不穏当な表現がある」と書くが、不穏当なのは建立した行政側にとってであって、文学表現として何の異もない。
 三好達治が琴を習おうとした事、有名な「馬鹿の花」の由来を語る。
 論の末尾近くになって、三好達治の「我ら何を為すべきか」の論と詩(同題)より、再軍備等に向かう日本への批判を引いて、現今の政治を彼女が批判するかのようである。
 しかし三好達治が古語・75調交じりの詩ばかり書いた時期、1947年には詩誌「荒地」が、1952年には詩誌「列島」が創刊され、若者たちの手によって戦後詩が逞しく育った時代だった事を、忘れてはならない。それらを知らない者たちが多くなった現在だけれども。
 僕は彼女が、郷里に在住した詩人にこだわり、時に詠嘆調に語る気持ちが、わかるような気がする。年齢、経歴、未来、彼女の人生が引き寄せるのだ。



 「生方たつゑ全歌集」(角川書店、1979年・初版、1987年・再版)より、第2歌集「雪明」を読みおえる。
 第1歌集「山花集」は、今月12日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 歌集「雪明」は、1944年、青磁社・刊。1938年~1941年9月の628首。
 1937年には日中戦争が始まり、1941年12月には太平洋戦争が始まっている。
 生方たつゑの義弟の応召があったが、彼女は依然として旧家を守った。
 1936年、「アララギ」を脱会した今井邦子が、当時唯一の、女性のみの結社・月刊誌として「明日香」を立ち上げた時、生方たつゑも参加したが、1945年に事情を話して退会した。
 三重県の温暖な地に生まれ、大学哲学科聴講生の娘さんが、雪国の群馬県の旧家に嫁いだ苦しみから、歌に励んだともされる。
 以下に7首を引く。
渓だにを埋めし雪をわれはみてものを言ひたりひとりさびしく
蠟燭のはだか火さむく土蔵より持ちゆかしむる刀を選びつ(義弟応召)
寒潮のくらき面にかもめらはこゑ啼かずして光を曳きぬ
雪げかぜ吹くとは言へど庭石に凍(し)みつつ青き苔のうるほふ
春なかば雪のとざせる細谷を音にたちつつゆくみづはあり
秋の日のはやおとろふる高山に野鳩まどけきこゑつたはりぬ
野うばらとおぼしきしろさゆるる野に入りゆきし子よこゑさへもなし
暖炉4
フリー素材サイト「Pixabay」より、暖炉の1枚。








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