風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

読書

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 染谷昌利「世界一やさしいブログの教科書 1年生」(2016年8月、ソーテック社・刊)より、2回めの紹介をする。
 同(1)は、今月8日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 前回末で途中だった、16名の成功ブロガーの文章(自分のブログについて、実社会での変化、これからブログを始める人に向けてのメッセージ、等、項目を決めて指定してある)では、ひと通りの話しか読めなかった。
 「3時限目 人気記事の書き方」では、著者の文章に戻る。
 検索エンジンに好まれる施策(SEO)や、フロー型記事(時事型)とストック型記事(ノウハウ的な内容の)の使い分け、イベントや勉強会への参加のし方、など内輪の話に入って行く。
 「4時限目 ブログで収益をあげる方法」では、僕はブログでの収益を考えていない。
 しかし「どうやって人気ブログにしあげるか」の章では、「オリジナリティ×明確さ×得した人の数=PV」と数式化までして、説明している。
 またスマホからの読者が増えており、対策を説明している。
 「5時限目 最強のブロガーになる方法」では、ブロガーとして情報発信力を活かす事、良いバズ(悪いバズ=炎上)の起こし方、専門家・評論家になってゆく事への勧めと方法を述べて、1冊をしまう。
 所々の5つのコラムも、深い話である。
 副題に「再入門にも最適!」とあり、1読をお勧めする。


 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、「『スクラップブック』から」の3回め、最終の紹介をする。
 同(2)は、今月6日の
記事(←リンクしてあり)にアップしたので、参照されたい。
 今回、僕が読んだのは、1969年「旅」に寄せた「舟遊び」から、発表年・紙誌・不明の「ふるさと二つ」に至る、30編である。
 「会話」の始まりは、「話の歯車が かっちり噛み合って進み/何時間も倦まぬことがある/さっぱり噛み合わず/いら いら いらのこともあり/二人の歯車が がたぴし食い違うのに/へんだなァ 愉快! 愉快! のときもあり/批判のやいばで刺しちがえても/悔いなしという場合もある」と続く。僕も言い合いになった場合、お互いアップしたステージに立てるなら最高だし、刺し違えても回復する手立てはある。どうしようもないのは、嘘をついたり噂を拡げる場合である。
 「祭りは」は、祖母の男言葉での呟きで始まり、「祖母が逝って 時すぎて/かの呟き いつしか私も口にする/うきうきしたことの はや過ぎたあと/そっくりの口調で <祭りは終ったぜ>」と締める。初出が1971年7月であり、どうしても退潮から内ゲバなどに移って行った、学生政治運動への暗指を思ってしまう。
 「別れ ―友竹辰さんに―」での終連は「逝ったひとびとはなぜか私のなかでとたんに若返る/病の影さえさっと拭いさられ/二〇代三〇代の若さに戻り 精気に満ちて/皮肉な顔でふりむく/<なにやてっての?>」と、病い、老いで亡くなる友人の面影を描く。
 これで彼女の創作した詩は終わる。稀に古い口調が出て来たり、彼女の中に古いものが残っていたのでは、と思われる他は、彼女は戦後に詩を始めて生き切った。
 このあと、彼女の翻訳した「韓国現代詩選」が続く。何回かに分けて、ここで紹介したい。
暖炉2
フリー素材サイト「Pixabay」より、暖炉の1枚。



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 「生方たつゑ全歌集」より、第1歌集「山花集」を読みおえる。
 全歌集は、角川書店、1987年・再版。前のブログ「サスケの本棚」の管理画面・検索によると、2009年5月2日、三月書房のホームページより、再販本を購入している。7年半、待たせたわけである。
 写真は、2重箱のうち、外箱(輸送用箱?)である。内箱を写すべきかも知れないが、黒地に題箋が貼られているので撮りにくく、外箱を写した。
 縦長の普通の本に思えるが、本体は横長である。1ページに最多21首が載るが、ほぼ同型の短歌新聞社「若山牧水全歌集」(1ページ20首)に比べて、横長の分だけ読みやすい。社長時代の角川春樹の才覚だろう。
 生方たつゑ(うぶかた・たつゑ、1904年~2000年)が、旧家に生まれ旧家に嫁ぎ、歌を詠み始めた事に、異論はない。
 初期の歌は、「アララギ」風の写実に徹するものだったとされる(三省堂「現代短歌大事典」に拠る)。
 「山花集」(1935年、むらさき出版・刊)より、以下に7首を引く。
梅雨のあめ音もひそけく降る夜かも家びと寄りて茶に親しめる
(いにしへ)の貴人(あてびと)さげし勾玉のたまを並べて心足らへり
薄皮をぬぎてすがしく芽立ちたるサフランの鉢を日向にはこぶ
さむしろに拡げて干せる大麦にこぼれまじれる南天の花
引窓に残る明りを追ひつつも今一息と縫(ぬひ)次ぎてをり
きりぎりすは籠によわれり気にやみて盆十六日の今宵放てる
枯くさはひかりくもりてざわめけり鮒を養ふ池はよどみて
 (1部、原文のルビを省いた)。




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 昨日の記事で受贈を報せた2冊の内、エリザベス・グレイス・著、稲木信夫・訳「日本女性プロレタリア詩人中野鈴子」を読みおえる。
 2016年3月・刊。私家版。軽装版、57ページ。
 イギリス在住のオックスフォード大学院生(当時)、エリザベス・グレイスさんの修士論文(2009年)を、詩人であり中野鈴子・研究家の稲木信夫さんが邦訳した本である。訳文が生硬で、やや読みにくい。
 中野鈴子は中野重治の妹であり、戦前から戦後にかけて、プロレタリア詩人として活躍した。
 しかし蔵原惟人、アルチュセールら旧・左翼の理論家に批判的に取り上げようとしても、既に古過ぎる。
 茨木のり子・詩集「倚りかからず」(1999年・刊)の中の「倚りかからず」冒頭で「もはや/できあいの思想には寄りかかりたくない」と謳われた通りである。
 僕の読書のストライク・ゾーンは広い(これに就いては1度書きたい)が、僕の経歴から高く評価するだろうとこの本を下さったのなら、危険球のボールである。
 中産階級出身らしい、母性からの(中野鈴子は一人の子供も持たなかったが)、戦時下抵抗という視線は新しいけれども。


 

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 染谷昌利・著「世界一やさしいブログの教科書 1年生」(ソーテック社、2016年8月・刊)より、1回めの紹介をする。
 購入は、先の11月24日の
記事(←リンクしてあり)、「2冊の本」で報せた。
 題名で「世界一やさしい」と謳うものの、内容は濃く、量も286ページと長いので、適宜分けて紹介する。
 今、初めから読んで、117ページめ、2時限目「先輩ブロガーの成功パターンを学ぼう」の16人中、7人めである。
 皆、きれい事しか書かない。毎日続ける事、人を傷つける記事を書かない事、等。多くの人が有料の会を運営しており、内部では手法などを、公開しているのかも知れない。
 次の118ページから登場する、かん吉さんのkindle本「人気ブログの作り方」を僕は読んでおり(この本については、後日に書きたい)、そこでは裏話めいた方法も紹介されている。
 僕はブログで、お金儲けは一切考えていないが、大学中退以来の「失われた名誉を求めて」(プルーストの大長編「失われた時を求めて」に懸けて)、すべてを表現の行為として続けたい。


 角川書店「増補 現代俳句大系」(全15巻)より、第11巻(1982年・刊)の3番めの句集、内藤吐天「鳴海抄」を紹介する。
 先行する角川源義「ロダンの首」は、先の11月17日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
  「鳴海抄(なるみしょう)」の原著は、1956年、近藤書店・刊。
 第4句集、1946年~1955年の632句に後記を付した。
 内藤吐天(ないとう・とてん、1900年~1976年)は、六高時代に詩の研究会を作ったりしたせいか、伝統俳句の大須賀乙字の門下にあったが、この「鳴海抄」の1951年、1952年頃から詩風味を加え、「やや自信のもてる作品が得られるようになった」と後記で述べる。
 敗戦を区切りとして句集を出版し、句集中に句風の変化があった事は、戦後文学の影響や、「第二芸術論」への反発があったのだろう。
 しかし俳句に素人の僕が俳句に求めるのは、江戸時代の最上の成分である俳味(伝統)と、現代風潮(現代性)の格闘であり、詩想へ逃れられては、興味が薄れる。
 以下に、おもに前期より5句を引く。
楽しき世来るか夏蜜柑子と頒ち
立ち去るや泉の音の背にさやか
風花の一ッ時はげし目をつぶる
蛙田に真昼の雨がつきささる
虹を見し森の子供等眠られず
ミカン6
フリー素材サイト「Pixabay」より、蜜柑の1枚。





 花神社「茨木のり子全詩集」(2013年2刷)より、「『スクラップブック』から」の2回めの紹介をする。
 同(1)は、先の11月20日の
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 これら拾遺詩編は、詩人のスクラップブック、残されたメモ帳、ノート類より網羅した、とこの全詩集を編集した宮崎さん(詩人の甥)は、「あとがき」で述べている。自選を通らなかった作品を載せた事も、「書いてしまったものは仕方ない」との彼女のかつての言葉に、「許諾を得た気がした」と述べている。
 今回、僕が読んだのは、1962年に北海道新聞に発表された「秋の日に」より、1969年に「いずみ」に発表された「通らなければ」に至る、43編である。
 「五月の風は」では、1年を耐えしのんで花咲く草木に対して、「ちり紙のように使いすてた/わたしの一日一日は/薫風のなかにひらひらあらわれ/みっともなく照れている」と結んだ。
 「つながり」では、「翻然悟って私は人間の弱味かくさぬ/(2字アキ)生きた言葉をこそと/おもいさだめて 幾とせ経ぬる/あなたたちの子であり孫であるわたくしに/それは思いのほかの/難事業であるのです」と結んで、亡き母・祖母に語りかけるとともに、1つの決意表明である。
 今回終いの「通らなければ」では、勇気りんりんの子が、人を愛して憶病になり、「通らなければならないトンネルならば/さまざまな怖れを十分に味わいつくして行こう/いつか ほんとうの/勇気凛凛になれるかしら/子供のときとは まるで違った」と前向きに結ぶ。
ミカン5
フリー素材サイト「Pixabay」より、蜜柑の1枚。



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