風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

読書

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 村上春樹の新作・長編小説「騎士団長殺し」(第1部、第2部)より、「第1部 顕れるイデア編」を読みおえる。
 この
2冊の到着は、先の2月26日の記事にアップした。
 主人公「私」は、妻に別れを告げられ、友人の父親が住んでいた、山中の一軒の留守を預かる。
 第1章で、二人は9ヶ月後に生活をやり直すようになる、と告げられており、その点は安心して読める。
 抽象画を描いていた「私」が、生活のため肖像画を描いたけれども、画家として復活する様はていねいに描かれる。
 幻想的な要素は、プロローグの顔のない男が肖像画を描けと迫る場面と、小さな騎士団長の姿をとって現われる<イデア>のみである。
 謎の多い男「免色」が現れるが、ストーリーは段取りが整った段階で、「第2部 遷ろうメタファー編」でどのような、大団円(カタストロフィー)へ運ばれるか、楽しみである。


 結社歌誌「コスモス」2017年3月号より、「その一集」特選欄を読みおえる。
 先行する
同「月集シリウス」読了は、先の2月27日の記事にアップした。
 「その一集」会員は多く、昨年12月18日の記事で、約750名と算出している。総会員・約1900名の4割をしめる。
 「「コスモス」会員の吹き溜まり」などと揶揄せず、新会員増と共に、方策はなかったのか。
 「その一集」特選を2年間で8回以上受けるか、結社内外の短歌賞を受ければ、次の「月集シリウス」へ進める。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。Y・佐保さんの「細き引力」5首より。
はちみつを瓶に入れ替へするときに地球の細き引力の見ゆ
 再発見の歌であり、「細き引力」の表現が超絶的である。
梅9
Pixabayより、梅の1枚。


 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年再版)より、第8歌集「火の系譜」を読みおえる。
 先の第7歌集
「白い風の中で」は、今月21日の記事にアップした。
 原著は、1960年、白玉書房・刊。
 井上靖の帯文、佐藤春夫の序文、小杉放庵の絵、後記「をはりに」を併載する。
 1967年、1975年と、井上靖ら文学者が発起人となり、「生方たつゑを励ます会」が持たれており、歌壇以外の文学者にも見守られていたのだろう。
 集末に、2章にわたる連作「火の系譜」を置き、能に取材した女性の執念を描く。
 暗喩に由る心理描写に長けるが、「炭化せる樹骸がくさにかげすればうつむく吾は愛もつごとし」という、失敗と思われる作品もある。
 彼女はアララギ系から出発して、戦後短歌運動、文学の趨勢、社会の推移の中に、新しい短歌を建てた。
 以下に7首を引く。
炎塵のにほひかわける日ぐれにてかの忘失のごとき鳥とぶ
わがうちに罅(ひび)渇きゐる干潟ありなにを育(はぐく)みてきしこともなく
亡命のごとひとりなり樹骸枝(じゆがいし)の手がたに垂れし火山帯lきて
霜つちの毳(けば)だつ日かげふみゆきて冬のひびきよするどき君ら
離別歌の註かき終へて女なるこの偶然に傷つきてゐる
明日に賭けてゆかむ構図か溶接の炎(ひ)にちかづきし顔硬きなり
あはれまれたくなき愛とおもひつめゆけば拮抗の硬き夜なり
(泥眼(葵上))
梅8
Pixabayより、梅の1枚。




 結社歌誌「コスモス」2017年3月号より、「月集シリウス」欄を読みおえる。
 今月24日の記事で紹介した、
同「月集スバル」読了に次ぐ。
 「月集シリウス」には、「特別作品」欄があり、12名の各5首が載る。この欄は、他の作品欄が1ページ2段なのに対し、1ページ1段という、特別の待遇を受けている。通常欄は、4首or5首掲載で、割合は半々くらいである(精確な選歌率を、僕は知らない)。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。K・静子さんの5首より。
十分に生きて曾孫もさづかるを平均寿命にいまだ及ばず
 彼女は「コスモス」の女性歌人3代の頭なので、曾孫さん誕生の経緯は、僕も少し知っている。
 女性として、曾孫を授かり、健康であれば、順調な生と呼ぶべきだろう。平均余命は更に先だから、長生きされたい。
 僕の母も曾孫(僕の孫ではない)を授かり、とても可愛がっていたが、病に倒れて亡くなった。
梅7
Pixabayより、白梅の1枚。


 青土社「吉野弘全詩集 増補新版」(2015年2刷)より、第4詩集「感傷旅行」を読みおえる。
 
第3詩集「10ワットの太陽」は、今月19日付けの記事に感想をアップした。
 原著は、1971年、葡萄社・刊(著者・45歳)。1972年、読売文学賞・受賞。
 詩集は、2部9章に分け、55編の詩を収める。
 「営業」では、スポンサーとの宴席で「果然/貴公子・若社長が言った。/<あと二つや三つ、倒産してもらわないと/これまでの苦労の甲斐がない>…重い眠りへ グラリと傾き乍ら/私は自嘲して呟いた/実業に処を得ざるの徒、疲れて眠る、と。」と仕事(コピライター)の非実業ぶりを嘆いた。
 「妻に」では、嵯峨信之の詩「広大な国―その他―」に反論しようとするが、「人間」を自然、人類、個人として、と分けて考えれば、嵯峨の言が当たっているように思える。
 「熟れる一日」では、「空にいらっしゃる方(かた)が/大きなスプーンで/ひと掻きずつ/夕焼けを/掬って 召しあがるのか」と、有神論へ傾く。「石仏」では同じく「ふりかえると/人はいなくて/温顔の石仏三体/ふっと/口をつぐんでしまわれた。…」と書く。
 「飛翔」では「ふりはじめのとき、雪は/落下を一瞬、飛行と思い違えた。/―むりもない、二つは似ている/しかし、すぐに同意したのだ、落下に/…」と詩人の自覚的な心象のようだ。
 詩集の末に、後記「挨拶ふうなあとがき」と略年譜を付す。
梅6
Pixabayより、白梅の1枚。


 結社歌誌「コスモス」2017年3月号より、作品欄巻頭の「月集スバル」を読みおえる。
 
歌誌の到着は、今月18日の記事にアップした。
 いつもは「月集スバル」と「月集シリウス」を合わせて、「月集」として紹介するが、今回は「月集シリウス」をまだ読みおえていない。
 「月集スバル」は、選者及び選者経験者が各5首ずつ、無選歌で載る。自分を律している事だろう。
 特選めいて4名の作品が、「今月の四人」として載る。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。桑原正紀さん(歌壇で活躍しているので、フルネームを出す)の5首より。
トランプは本音を言ふからよしといふ本音は怖し本音は酷し
 人間は、自己抑制し、他に配慮する事が、人間らしさである、という思想家がいた。トランプ大統領も、内心、将来を怖れているかも知れない。大衆心理を煽っているだけで。
梅5
Pixabayより、紅梅の1枚。


 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、第7歌集「白い風の中で」を読みおえる。
 先の第6歌集
「青粧」は、今月14日の記事にアップした。
 原著は、1957年、白玉書房・刊。佐藤春夫の序文、後記「をはりに」を併載する。
 年譜の1955年の項目に、「佐藤春夫氏に詩の導きを受ける。」とある。ただし佐藤春夫の詩は、古典文法の定型詩、新体詩の発展したものであり、歌集「白い風の中で」の抽象語、暗喩、心理の捉え方は、佐藤春夫の詩を越えている。
 あるいは日本の戦後詩、翻訳詩に学んだと思われる。
 歌集の初めにも、「謀られて」「革命」「絶対に」など、出自のアララギの写生を、大きく離れている。ここからどこまで発展するか、歌集を怖れながらも(危惧を持ち)楽しみである。
 旧家とはいえ、敗戦後は家計に苦しんだらしく、「不動産つぎつぎに売りて充足の日はいつに来むさびしき吾ら」等の歌も散見される。
 以下に7首を引く。
(はか)られてゐるわたくしを意識して交はりゆけば夜の埃あり
雨の夜に毛を濡らしきて舐め飽きぬけだもの臭のたつかたへなり
(むち)に似てさむさのせまる暁よ老いづかむ日もここに住みつきて
信仰を方便にして安泰にある世界かといできて思ふ(石影 竜安寺)
合歓の葉の素なほにねむるまでをりて責められしこと反芻しゐる
気短かくなりて不足の金を言ふ衰へて冬のごときこゑなり
草枯れの中に落ちゐし蹄鉄よ既知につながる鮮しさなり
梅1
Pixabayより、梅の1枚。




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