風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、当時・既刊のしまいの詩集「約束したひと」を読み了える。
 先の1月22日の記事、
同「イカとハンカチ」を読む、に次ぐ。
概要
 原著は、1963年(日本共産党・除名後)、思潮社・刊。このコレクション詩集には、年譜がなく、Wikipediaにも載っていない。
 後に買った土曜美術社出版販売・日本現代詩文庫「関根弘詩集」の年譜と、三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)の書誌には、詩集「約束したひと」が載っている。
感想
 冒頭の「寓話」は、4編の昔話のパロディである。童話類のパロディでは、複雑苛烈な現代は解明できないように思える。
 「ケッコン行進曲」では、「カキクケッコン/サシスセンソウ」のフレーズが繰り返されるが、スローガンでもなくユーモアもない。
 「コンサート」の1節「寝床の中で/雨をきいている幸福もある」には、読書とネットに籠もりがちな僕は、同感する。
 「部屋を出てゆく」の、「大型トラックを頼んでも/運べない思い出を/いっぱい残してゆくからだ」には、引っ越しの悲しみが、よく表わされている。
 掉尾の「約束したひと」は、待てども現れない革命への未練だろうか。
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写真ACより、「キッチングッズ」のイラスト1枚。




 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より、第4詩集「イカとハンカチ」を読み了える。
 昨年12月19日の記事
「関根弘詩集」の詩集「死んだ鼠」より…に次ぐ。リンクより過去記事へ遡り得る。
概要
 三省堂「現代詩大事典」(2008年・刊)にもウィキペディアにも、彼の欄に詩集「イカとハンカチ」はない。
 1958年・刊の真鍋博との共著「棗を喰った話」があり、同題の詩が「イカとハンカチ」にあるので、あるいは「棗を喰った話」の、自分が執筆した部分のみを収めて、詩集と称しているのかも知れない。

感想
 共産党員だったせいか、アヴァンギャルドを目指したせいか、表現が晦渋であり、初めの「過失の谷」、「変なやつ」が、何を意味するか、わからない。心理は微かにわかるようだが。
 「丸の内一丁目一番地」は、OLの危機感を描く。嫁ぐ未来だけでなく、「このままでは/いけないきがする」と、内なる目覚めである。
 「僕の基地」では、「不毛 飢餓/それが君の理性の王国だった」と書く。敗戦直後の焼け跡から出発したので、復興しつつある時代では、憤懣があるようだ。
 表題作「イカとハンカチ」は、何でも不条理と実存に結び付ける、当時の詩人を風刺するようだ。
 「ノコギリで ―原水協募金帳のために—」という作品もある。60年安保を契機として、彼は日本共産党と違う行動をし、除名された。その後はさらに活躍している。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



62のソネット+36
 昨年12月9日の記事、入手した4冊(3)で報せた内、岩波書店・刊の谷川俊太郎詩集「62のソネット+36」kindle版を読み了える。なお英訳は手が出せなくて、読んでいない。
 ダウンロードは昨年12月6日。定価:540円。
概要
 この詩集の初版は、1957年、創元社・刊。
 様々なアンソロジーに収められ、このkindle版は2016年10月27日・刊。
 思潮社「谷川俊太郎詩集」(1965年・刊)で読み、
集英社文庫で読み、今回は3度目の読書(+36付きは2度目)である。集英社文庫・版については、前ブログ「サスケの本棚」2010年10月19日の記事に、リンクを張った。手許に資料がなくて、今は確認できないが、元は旧かなだったと記憶しており、その前提に書いている。
感想
 「偶感」「朝 Ⅰ」がおもに古典文法で書かれており、僕の記憶のように旧かなだったすると、かなり古風な書き方である。
 若者の若さの乱費であり、世界との調和の祝ぎ歌である。生活の苦労を、まだ知らない。
 その輝かしさや、垣間見る暗さに、今も若者が惹かれるのだろう。あるいは若い時代に読んだ、今の老人が。
 具体的リアリズムでなくても、心象的に惹かれる世界である。
 思潮社の作品集「谷川俊太郎詩集」「続 谷川俊太郎詩集」「詩集」の以後は、彼の詩をほとんど読んでいない。それで1月20日、集英社文庫「谷川俊太郎詩選集 4」kindle版を、ダウンロード購入した。どのような世界が広がるのだろう。



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 神子萌夏・第4詩集「雪待ちの庭」を読み了える。
 受贈は、先の12月27日の記事、
「届いた5冊」の内にアップした。
概要
 2018年12月10日、澪標・刊。3章に28編を収める。
 詩人の倉橋健一、たかとう匤子、2氏が帯文を寄せている。
感想
 彼女は、僕たちの小さな同人詩誌、「群青」の同人だった時期がある。人工透析を週3回受けるという事で、会合はその曜日を避けた。
 夫より生体腎移植を受けて、成功した。詩の会合などで会うと、顔艶も良くなり、活発に活動していて、僕は嬉しく思っている。
 その移植をうたった「移植を待つ」、「無菌室で」があり、2年後の「如月」には「ひとつの腎臓 あなたから/もうすぐ二年になる…今ならもっと優しくなれた/すべてのことに」とある。
 お孫さんをうたった「ゆらゆら」、「おしまいッ」がある。
 体調の回復ゆえか、猫にからめて夫をからかい、またからかわれるという、幸せのシンボルのような夫婦暮らしが「猫との日々」で描かれる。
 僕は人の幸福を妬むほど不幸ではない。



 思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)の詩集「死んだ鼠」より、第4章、第5章を読み了える。
 今月21日の記事、
同・第3章までを読む、に次ぐ。リンクより、これまでの「関根弘詩集」の記事へ遡り得る。
 なお章の数字は、原本ではⅠ、Ⅱ、Ⅲ等、ローマ字表記になっている。環境依存文字なので、1部のサイトでクエスチョンマーク(?)になるので、ここではアラビア数字の表記とする。
 これで詩集「死んだ鼠」を読み了えた事になる。
概要
 概要は、これまでの記事の概要に、少しだが書いたので参照されたい。
 最後のアンソロジー詩集は、生前ながら1990年(没したのは1994年)、土曜美術社の日本現代詩文庫「関根弘詩集」であり、Amazonのマーケットプレイスで現在、1万円を越えるプレミアムが付いている。
感想
 彼の全集も全詩集さえ、出版されていないらしい事が惜しい。今の時代に、学ぶ事は多い。
 第4章 銀の針金
 「赤痢退治」では、役所の盥回しと、マスコミ・根回しに弱い点を突いている。
 「信頼」の末では、「ぼくらにたいするかれらの信頼が/バスを走らせていたのだ」と、やや教条的内容である。シネ・ポエム、シュール・リアリズムの手法を取り入れているようだ。
 「交通妨害事件」は、列車妨害事件を寓意しているようだが、警察を批判するに、正面からしない理由がわからない。
 第5章 ピアニストの夢
 この本で、10ページに渉る散文詩、「ピアニストの夢」のみを収める。
 言葉の話せるネズミが、無名の作曲家を励まして合唱曲を完成させ、その曲は評判になり広まる、しかしその後ネズミの死が確認される、というストーリーである。
 昔話の恩返し話のような、伝統を活かした作品だと思う。長い作品だが、散文になってはいない。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。





 今月12日の記事の通り、思潮社「関根弘詩集」(1968年・刊)より詩集「絵の宿題」を読み了えたので、次の詩集「死んだ鼠」に読み入り、全5章の内、第3章までを読み了えた。

概要
 詩集「死んだ鼠」の原著は、1957年、飯塚書店・刊。
 全5章に分かれ、第1章「死んだネズミ」4編、第2章「娘の手紙」8編、第3章「城」5編まで読み進む。
 関根弘(せきね・ひろし、1920年~1994年)は、詩だけでなく、小説、ルポルタージュ、評論などで活躍した。
感想
 第1章「死んだネズミ」より。
 詩集表題作「死んだネズミ」では「死んだネズミは/目をさまさない/それでも/ネズミはネズミ」と書く。この本の「あとがき」で、、わたしの詩は死の感情ばかりをとりあげてきた、と書くから、ネズミは彼自身の比喩か、「一つの社会の死」を指すか。
 第2章「娘の手紙」より。
 「星のテープ」では、「フミコはひとに憎まれず/一人の亭主を憎んでいる。/俺はいろいろな奴を憎み/いろいろな奴から憎まれている。」と、庶民夫婦の愛憎を描く。
 「娘の手紙」では、「恋人は娘に詩を捧げた/しかしそれがなんになろう」と、詩人の無力と、詩人の恋人の不幸を描くようだ。
 「カラスは白い」では、「政府はカラスを黒にもどしたが/いったん白くなったカラスはもとにもどらぬ/白いカラスがとんでいるのを僕は見た」と、戦時中の洗脳の怖さだろうか。
 第3章「城」より。

 5節から成る「城」は、廃墟の鉄屑→屑鉄拾い→製鉄会社、と関心が移ったか、製鉄会社の事務、溶鉱炉の現場などを描く。見物の社長や銀行頭取を取り上げる所が、社会派の彼らしい。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



野ゆきNo.9

 昨日に到着を報せた2冊の内、A・幸代さんの個人詩誌「野ゆき」vol.9を読み了える。
 同・vol.8の感想は、昨年12月20日の記事にアップした。
 県内には他に、個人詩誌を知らない。1年に1冊のペースだから、9年目になり、息の長い活動を続けている。
 誠実で、実務にもたけた方である。

 12行までの短い詩を、1ページ1編ずつ、5編を載せている。
 表情は明るく見せているが、口調は暗い。「三枚目」では「娘なのにとんだ三枚目だと」、「山道」では「山道はたのしい」と書く。
 しかし「まだ生きている」では「長い鎌を持った黒い影の/気配はいつもするが」と書き、「身代わり」では「身代わりになってくれたのは蛾」と書き、「髪」では「髪を切ると少し不安になる」と始まる。
 この口調の暗さは、彼女の老いや個人事情のみに因る事ではないと思う。
 戦後民主主義教育を受けた者は、今の社会情勢に、心苦しさを共有するだろう。

 冒頭の詩「まだ生きている」より、初めの2連を引用する。
  まだ生きている
    A・幸代


つらいときにはつらいと
うんとじたばたしたから
いま生きている

愚痴を聞いてくれる友がいて
うなずきあって
いま生きている
  (後略)


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