風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。
 次回の無料キャンペーンを、9月初め頃に予定しています。

短歌

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 綜合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2018年8月号を、短歌作品中心に読み了える。
 到着は今月15日の記事、
同・8月号が届くにアップした。
概要
 2018年8月1日付け・刊。169ページ。800円(税込み)。毎月・発行。
 定価を据え置いているので、消費税率アップの度に苦労したと察する。
感想
 特集「回想の夏――思い出をどう詠むか」は、期待した程でなかった。総論は例歌が古く、僕は「故郷」に住んでおり、戦争体験はない。
 噴火、地震、水害には遭った事がない。県には戦後、大地震があり、原発銀座と呼ばれる程に原発が集中しており、最近の異常気象もあって、いつ災害に遭うか判らないけれども。
 妻は生きており、子夫婦は遠く住む。回想詠という程のことはない。僕は現在の、トリヴィアルを多く詠んでいるようだ。学生時代とそれ以後(短歌に出会うまで)は、今は詠めない。
 佐佐木幸綱「ザ・巨匠の添削 佐佐木信綱」でも、大きな添削はしていなく、ホッとする。
 「第十五回筑紫歌壇賞」の野上卓「レプリカの鯨」はおめでたい。しかし投稿歌より採られた作がほとんどで、結社誌の作は含まないという。僕は投稿歌の経験がない。投稿歌にはレトリックや、プライベートの切り売りなど、負荷が大きいように思う。
引用
 1首のみ引用する。桜井京子「砂糖のための七首」より。
テーブルに砂糖が散らばり国会は欺瞞まみれの男を映す
 「欺瞞まみれ」と言いきって小気味よい。砂糖に集まる蟻を連想する。


僕の歌は君の歌
 7月15日にAmazonよりダウンロードした、寒川猫持・第4歌集「僕の歌は君の歌」を、タブレットで読み了える。
 kindle unlimited版の歌集として、今月7日の記事にアップした、早坂類「ヘヴンリー・ブルー」以来である。
 kindle版:2014年7月22日・刊、540円。
 オンデマンド版:972円。
概要
 寒川猫持(さむかわ・ねこもち、1953年~)は、第2歌集「雨にぬれても」を山本夏彦に見いだされ、1時は有名になったが、離婚(のちに再婚)時の神経症などでうらぶれ、今は眼科医のアルバイトなどの他、「ぶらぶらしている」(彼のブログより)らしい。
 歌集には約400首と、「猫持俳句集」、他を収める。
引用と感想

 ハイライトとメモの機能が利くので、10余首にメモを付したが、7首に絞り、以下に引用と感想をアップする。
にゃん吉はいつも淋しく待ちいたり吾の帰りを待ちていたりき
 「キチや」の章15首を残すが、死後に後悔しても遅いだろう。
「んまいんまい」声あげて食うめいちまに毎日魚買いに行きたり
 「めいちま」(めいちゃま、めい様の意か)を猫可愛がりし溺れている。
めいちまが入院をせし三日間われら夫婦は泣き暮らしたり
 夫婦して、猫にメロメロである。もう少し冷静な、可愛がり方ができないものか。
悪性の脂肪肉腫になりまして手術を受けてまだ生きてます
 癌になって居直る様が、哀れを誘う。
鶉野の農地が売れて五百万振り込まれたり一息つきぬ
 1時は借金があったと書く。アテにしていたお金だと思う。
糖尿も脂肪肉腫も鬱病もひとえに母のストレスならむ
 「結婚をする前まではわが母が鬼であるとは思い知らざりしかな」とも詠む。毒母である。
体には管が八本付いていておまけに痛い拷問である
 手術後の状態を、客観的に自虐的に詠んでいる。


 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、15番目の歌集「晩冬」の(前)をアップする。
 今月11日の記事、
同「石の上の霜」に次ぐ。
概要
 原著は、1980年、短歌新聞社・刊。1058首、著者・後記を収める。
 1058首と大冊なので、前・後の2回に分けて紹介する。
 前歌集より、約3年後の刊行である。
 「晩冬」の歌集編は、全歌集の473ページ~534ページの62ページを占める(1ページ20行)ので、(前)では半分の509ページまで、「北陸風土記(五)」のしまいまでを取り上げる。
感想
 1977年、第2の職場「安田製作所」(専売公社を1967年・定年)を退職し、後記で歌人は「従前よりは幾らか作歌に専念することができた」と述べている。
 読んでみて、この歌集には力感があり、自己の老い、北陸の風土を見詰めて、深みがある。
 果せるかな、この歌集で初の歌壇の賞「第8回日本歌人クラブ賞」を受賞した。後の「短歌研究賞」、「迢空賞」につながる。
引用

 以下に7首を引く。
かなしみの清まるまでに年経しと雪の夜にしてひとり思ひつ
有る物の限りに包(くる)む媼らの寒き朝朝鯵を振り来る
原発の温排水にこの海の海鼠の類も絶えたるらしき
鯖の骨口を刺すまでに老いたるか独りに言ひてひとりさびしむ
ひとときの今の眠りにありありと亡き母を見き機(はた)を織りゐき
道の上に見つつ羨む豌豆の吾が作るより花ゆたけきを
高高に負ひて商ふ笊売の媼よ冬の日は短きに

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 写真ACより、「アールデコ・パターン」の1枚。


 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、14番目の歌集「石の上の霜」を読み了える。
 今月6日の記事、同「青柚集」に次ぐ。
概要
 「石の上の霜(いしのうへのしも)」は、1977年、短歌新聞社・刊。683首、著者・後記を収める。
 「青柚集」より、約2年後の刊行である。
感想
 後記にあるように、「(北陸の)人間や風土が前集よりも幾らか深切に歌はれている」と言える。
 貧しい村の、老いた知識人として、村人の相談相手になり、また農業の教えを受ける。
 魚介を背に行商の媼たち、海女に、冬の副業に勤しむ媼たちを、とくにあわれ深く詠んでいる。
 また新しく、原発に潤う村をも詠む。
引用
 以下に7首を引く。
報いなきことに手を貸す隣ならず境の雪は吾が除(のぞ)くべし
鯵を鯖を振りて商ふ媼たち生くるに怯むなき媼たち
原電に潤ふ海の村といへ心けはしく荒(すさ)びゆくらし
隠すなき貧を互みに貶めて一つ入江には一つ村あり
洗濯機廻したるままに来しと言ふ媼の今朝の訴へは何
こぞりたつ浅葱は君の呉れしもの並びて萌ゆる韮に記憶なし
隠元の支への篠は今少し高く結へよの媼に倣(なら)
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写真ACより、「アールデコパターン」の1枚。




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 kindle unlimited版の歌集を続けて読んで来たが、初発行の古い本が多く、最近の話題・歌集を読んでみようと、佐藤モニカ・歌集「夏の領域」を読み了える。
 紙本の歌集を買ったのは、今年2月8日に感想をアップした、
藤野早苗「王の夢」以来である。
 「夏の領域」は今、Amazonでプレミアが付いているが、第2刷が出たので、発行所の「本阿弥書店」のホームページより注文して、定価2,600円+消費税+送料160円(郵便振込・無料)で送って貰った。
 又吉栄喜、吉川宏志、俵万智、3氏よりの栞が付いている。第1歌集。310首、著者・あとがきを収める。
概要
 彼女は、歌壇賞、この歌集で「現代歌人協会賞」、「日本歌人クラブ新人賞」を受賞した。
 詩、小説でも受賞歴のある、多才な人である。
 1974年・生、「心の花」所属。現在、沖縄県・在住。
感想
 比喩の多い歌である。「如き歌人」とは呼ばないが、目障りだな、と感じた。
 しかし日系3世の母親の血、東京住まい、沖縄県生活の、3つの生の共通項を感じて、また違和を感じて、作歌するのだろう。
 比喩とは「林檎のような頬」が「赤く丸い」という共通項と、しょせん違うという違和の上に、成り立つ修辞である。
 落語家となった弟はブラジル国籍なのか、「兵役辞退の手紙投函」や「いつか戦場へ行くかもしれず」と詠まれている。
引用

 以下に7首を引用する。
はちみつに漬けた甘さの恥づかしさ接客をするわたしの声は
舞台(いた)の上で人を笑はす弟はいつか戦場へ行くかもしれず
ベランダに父のシャツ揺れ君が父と向きあふ間風を見てをり
聞き耳を立ててはならず夫がまた猫に仕事の相談するを
みどりごを運ぶ舟なりしばらくは心臓ふたつ身ぬちに抱へ
人の世に足踏み入れてしまひたる子の足を撫づ やはきその足
呼びかくれば小さく応へゐる吾子のまだ不揃ひの睫毛光れり




 

早坂類 ヘブンリーブルー
 先の6月28日の記事「入手した3冊を紹介」で報せた内、早坂類・歌集「ヘヴンリー・ブルー」を読み了える。
概要
 2002年7月29日、オンデマンド版・刊。
 2014年12月20日、kindle版・刊。1,177円。
 早坂類(はやさか・るい)は、1959年・生。
 この前に歌集「まぼろしの庭」があり、小説「ルピナス」「睡蓮」、詩集7冊がある。
 歌集「ヘヴンリー・ブルー」は入交佐妃(いりまじり・さき)の写真とのコラボレーションである。
引用と感想
 行分かち書きなどの試みは良いのだが、どうも破壊的なのと反りが合わず、苦情っぽくなった。16年も前の歌集に、説教ぽくなっても、仕方がないのだが。
 ハイライトとメモの機能が利いたので、その記録に拠る。

三月の三日月なにもなしえない道のはたてのそらの切り傷
 挫折後の痛み、閉塞感だろうか。
満ちてくる光の中で口ごもるなにかさびしいきみのひとこと
 良いシーンだが、「さびしい」と書いてしまっては惜しい。
均されてしまった土の中に尖った小石が混じっている すこし輝く
 尖っていたい年齢、世代なのだろう。
まっすぐにまっすぐにゆけ/この夏の終わりの道を/たったひとつの
 青春の一途さは、挫折した時が怖い。
そのままに/そのままに/ただそのままに/僕らの生をいまそのままに
 現状保持の感情だろうか。繰り返しは試みだろうが、成功していると言いがたい。
壊れてよ もっと壊れて どこまでも壊れ果ててよ 解体屋です
 破壊ではなく、形成する事が大事と、僕は思っている。
此の中に在るものはただ単に愛といいます それ以外無い
 愛を口実に、壊してはいけない。



 短歌新聞社「岡部文夫全歌集」(2008年・刊)より、13番目の歌集、「青柚集」を読み了える。
 先の6月25日の記事、
同「石上」に次ぐ。
概要
 「青柚集(せいゆしふ)」は、1975年、短歌新聞社・刊。537首、著者・後記を収める。
 「石上」が1952年・刊なので、その間に約23年が過ぎている。
 1954年、歌集「氷見」の歌稿をまとめたが、生前に刊行される事はなく、没後2年の1992年、主宰していた「海潮」会員らによって刊行された。
 戦後7年の間に、10歌集(合同歌集を除く)を刊行していたペースからは、異常である。
 1956年、福井県小浜市に転任し、1967年、日本専売公社を定年となるも、福井県を去る事はなかった。1969年には「青垣」を去っている。
 このあと、1977年、1980年、1985年、1986年と歌集を刊行し、勢いを取り戻している。
 作歌上の迷いがあったのだろうか。
感想
 初め1952年の歌はわずか5首と少なく、後に次第に歌数が増えて行く。
 1953年の章「雪天」では、「すがすがと」「しらしらと」「さはさはと」と副詞の多用が目立ち、1種の後退だろう。
 「雪国の人々のかなしみ」を歌い上げたいと念じた、生活詠が深く冴えてくる。

引用
 以下に7首を引く。
夜の火に冬鯖の塩したたりてこのときのまの鋭き炎
誤ちて熟柿の種を呑みこみしわが妻の顔を真面(まとも)に見たる
踏み倒す者なき村の交はりに醤油を貸し蒲団の綿を借る
着る物の裾をからげて道を来る皆媼にて海の草を負ふ
蓄へ方塩にか糠にか吾が知らず余る水蕗を惜しみて残す
この海の養殖真鯛赤くすと人はさまざまに試むるらし
鯵か鯖か聞きてゆふべを待つたのし用なき老の花茣蓙の上

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写真ACより、「アールデコ・パターン」の1枚。


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