風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

短歌

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 今月19日の記事、「届いた2冊とUSBメモリ」で報せた内、綜合歌誌「歌壇」2018年1月号を、作品中心に読み了える。
 新春巻頭作品は、それぞれ詠い上げているが、時代を憂える作品はないようだ。
 坂井修一(以下、敬称略)の新春巻頭言「ディストピア」は、IT学者でもある彼が、ITがユートピアではなく、幾つかの巨大企業と政府に独占され、社会的・政治的にディストピアへ至る手段として用いられる事を憂える。仕事と家事をAIに任せ、娯楽に耽る個人生活にも(ありえないだろうが)、否定的である。
 新春鼎談「短歌の読みをめぐって」では、万葉集や斎藤茂吉はさておいて、今話題になっている若い女性歌人の歌を取り上げてほしかった。僕の読むところ、そのような歌は1首しか取り上げられなかった。
 特集「不易流行の短歌―短歌の普遍と流行とは」は、禅問答みたいな不毛な取り上げ方をしないで(「考えないほうがいい」と題する筆者もいる)、文学の「真と新」と考えた方が良い。「変らぬ真がある」と考える人もいるだろうし(不易)、文学は「新」を常に欲求し欲求されている。2つが重なり合う部分もあるだろう。
 作品特集「平成30年を迎えて」10名の8首と短文は、老若が時代の危機を意識している。歌集を読んだばかりの江戸雪の「湧き水からの連想」を含む。



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 今月22日の記事、「届いた2冊」で報せた内、同人歌誌「COCOON」Issue06を読み了える。
 
同・Issue05は、今年9月26日の記事で紹介した。
概要
 結社誌「コスモス」内の若手歌人(1965年以降生まれ)より、27名を同人とする。
 Issue06は、2017年12月15日・刊、83ページ。
 短歌作品、評論だけでなく、短歌と細密イラストを合わせた「うた画廊」、それに「COCOON歌合」、エッセイ、アンケート「お付き合いしてみたい近代歌人」など、多彩である。
感想
 時代の危機(危機でない時代があったか、という声もあるが)は、心、言葉、生活への圧力において、若者に著しいようである。
 僕のように隠退して、年金を頼りにしている者より、若者は危機を敏感に感じているようだ。
引用

 O・まきさんの「胸の木」24首より。
さみしいと言えない人がさみしいと言わないために閉めるドアあり
 自分を損なうに至らない為にも、歌を詠み、読まれる事が必要である。
 K・なおさんの「非通知」24首より。
動く歩道のうえを歩けばるうるうと水を進める鷗のきもち
 比喩とオノマトペを用いた、優れた1首。
 H・晃央さんの「駱駝の欠伸」24首より。
センターの地理で苦しめられた境港の湾口砂州は壮観
 句割れ・句跨りが、もはや衝撃や美を生んでいない。
 O・達知さんの「天元」12首より。
先輩がいちねんごとに減つてゆく裸の王様はここちいい
 次第にベテランになる不可解さを、ひらがな、句跨りにより表わしている。裸の王様への堕落は、反語的に「ここちいい」と書きながら、彼には無いだろう。


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 今月12日の記事「届いた3冊」で報せた内、初めの橋田東聲・歌集「地懐」を読み了える。
 結社「覇王樹社」に入会して半年の者が、100周年を迎えようとする結社誌の創刊者(主宰)の歌集の感想を書く事は、おこがましいかも知れないが、一応述べてみたい。
概要
 僕が読んだのは、短歌新聞社文庫・版。2002年・刊。
 原著は、1911年(大正10年)、東雲堂・刊。初めに「六つの墓 自序に代ふ」を置き、692首を収める。題名の読み方、意味は僕にわからない。
感想
 父母、甥二人、兄弟二人が亡くなり、歌集後には妻とも離婚し(子はいなかった)、家族に恵まれなかったようだ。
 自身は東大経済学科を卒業し、1919年「覇王樹」創刊、1921年・第1歌集「地懐」発刊と順調のようだったが、1930年に腸チフスにより44歳で死去した。
 「覇王樹」は生き継いで、2020年に100周年を迎えようとしている。
 歌を読む時、客観と主情を混ぜる場合、歌が弱くなる。
 橋田東聲は、生活感において庶民的であり、旅行詠では叙景と生活詠が重なって、優れた歌を生んだ。
 また思い遣りのある歌人らしく、思い遣っての歌、成り代わっての歌が多い。
引用

 以下に7首を引く。
夕かげにおのれ揺れゐる羊歯の葉のひそやかにして山は暮れにけり
小夜床にいのち死にたる父の顔に揺れつゝうつる蠟燭の灯り
茄子もぐとあかつき露にぬれにつゝ妻のよろこぶわが茄子畑
山峡の雪照る道をわが汽車はまがらんとして汽笛(ふえ)ならしたり
合奏のうたにあはせてつなぐ手をかたみに取りつ放ちつするも(露人の踊を見る、…)
おちいりてかろくとぢたる眼瞼(まなぶた)の目脂(めやに)の垢をのごひまゐらす(兄 二)
あきらめてあり経るものを何しかもわれの心のおちゆくかなしさ(同 初七日をすませて…)


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 今月12日の記事「届いた3冊」で報せた内、清水素子さんの歌集「生の輝き」を読み了える。
 なお前記事で、お名前の漢字を間違えて、失礼致しました。すでに訂正してあります。
概要
 2017年11月、覇王樹社・刊。「覇王樹」代表の佐田毅氏の序文、365首、あとがき、経歴を収める。
 題字も佐田毅氏による。
 「清水素子経歴」に拠ると、1983年、早稲田大学文学部大学院博士課程修了。前年の結婚、1985年の長女出産を経て、1999年、「覇王樹」投稿会員となる。2007年、「覇王樹」同人に昇格。2008年、博士(学術)の学位を取得。
 「覇王樹」誌への投稿・掲載が、生活・研究の安定をもたらしたようだ。
感想
 古典和歌の研究者だが、作歌は新かな・現代文法で、口語短歌の道を歩んだ。
 父の死、東日本大震災を経ながらも、持ち前の向上心と周囲の支えで、研究を続け、仕事を続け、短歌を続けてきたようだ。

 佐保川、東京マラソン(実地見物で)を詠んだ、珍しい歌もある。
引用
 以下に7首を引用する。
やわらかな陽射しをあびる桜道列車から抜け歩みゆきたし(いわきの四季・春)
建立は江戸期以前と聞く寺の人影もなく古刹を保つ(いわき九品寺)
賑やかで人喜ばすこと好きな父の生き方このごろ思う(父の死)
夫は言う小さいことを気にかけず心大きく持てよと我に(夫の言葉)
JR不通の夜に立川で知人が泊めてくれる嬉しさ(東日本大震災)
佐保川は思いがけなく細い川騎馬なら渉って行ける浅さで(佐保川)
がんばれの声と口笛起こるなか走者の視線は遠くを見ている
(東京マラソン)




鯨井可菜子 タンジブル
 今月6日の記事「歌集2冊をダウンロード」で報せた2冊のうち、あとの鯨井可菜子・歌集「タンジブル」を、タブレットで読み了える。
 表紙写真は、パソコン版の白地に備え、露出を暗くしたのだが、補正が足りなかったようだ。
概要
 概要については、上記記事で述べたので、ご参照ください。
 タンジブルのスペルはtangibleだそうで、英和辞典で調べると、形容詞で「明白な。現実の」、名詞で「有形物。触知できるもの」等の意味である。
感想
 仕事では九州のデザイン会社に勤め、都内の職場に上京したが、過労気味で(徹夜、代休、徹夜、という歌がある)帰郷し、歌集出版を前に退職したようである。
 短歌、仕事、恋(→結婚)、生活の内、彼女は短歌と生活を選んだようだ。私生活の細かい事はわからない。
 勝手な異性、体力と感性を若い間に搾り取る職場、と現代の娘さんの深い悩みを描いて、普遍的である。
 題詠に優れている。また「小松菜」の章の短歌は、リアルな生活詠である。新かな口語の短歌に苦闘する一人でもある。
 東直子の跋文「しゃがみこまない」で、「実人生への意識と、言葉によるイメージの重ね方を試行して来た作者から、今後どんな豊かな世界が飛び出して来るのか、…」と期待されている。
引用

 以下に7首を引く。
試されることのおおくて冬の街 月よりうすいチョコレート嚙む
好きだった君がわたしの着メロにしていた「世界ふしぎ発見!」
終電に抱きしめられて胸のうち暗きブロッコリーの生えゆく
はつなつのランチタイムのタイ料理 空芯菜を清く嚙む友(題詠「ランチ」)
溜め息は月に濡れおりスプーンを曲げてばかりの人生である
死は遠き波間に光るごとくあり保険に入るはつなつの午後(「小松菜」の章より)
いいいいと蟬鳴き続け、もういいよほんといいけん辞めていいですか



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