風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

短歌

 結社歌誌「コスモス」2017年2月号より、「その一集」特選欄を読みおえる。
 
先行する同「月集」の記事は、1月26日付けでアップした。
 「その一集」特選欄は、9選者×各5名×各5首の、計225首である。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。Y・アヤ子さんの「あらうことか」5首より。
夫逝きて四年を過ぎぬ平常心取り戻ししか衝動買ひ止む
 言葉の流れは良くないけれど、微妙な心理を捉えている。
 僕もストレスか、本を衝動的に買う事があるけれども、衝動買いとして意識して買う訳ではない。
 「これを逃がしたら機会がない。今なら支払える」とか、「これは安い。売り切れれば、古本はプレミアムがついてしまう」とか、理由を付けて買っている。この状態が危ないのだろうから、戒めねば。
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「Pixabay」より、白鳥の1枚。



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 砂子屋書房・現代短歌文庫127「続 森岡貞香歌集」(3歌集全編+歌論・エッセイ)より、3番めの歌集「敷妙」を読みおえる。
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歌集「夏至」は、今月18日の記事にアップした。
 原著は、2001年、短歌研究社・刊。
 この「敷妙」は、年次的に「夏至」に次ぐ第8番の歌集であり、また森岡貞香(1916年~2009年)の生前最後の歌集である。没後、3歌集「九夜八日(ここのよやうか)」、「少時(しばらく)」、「帯紅(くれなゐ帯びたり)」が、いずれも砂子屋書房より出版された。(Wikipediaに拠る)。
 「敷妙」には、破格というより乱調の歌も少し交え(例えば「死ぬるにも何なさむにもなすことのなきと言ひさしてねむりし」では、下の句(77)の切りようもわからない)、逝いた母(同居していた)を詠うなど、優れた作品を多く収めた。
 この文庫には後、13編の歌論・エッセイを残すのみである。
 以下に7首を引く。


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 結社歌誌「コスモス」2017年2月号より、作品欄の巻頭の「月集」を読みおえる。
 
同号の到着は、1月20日付の記事にアップし、僕の作品へのリンクを張ってある。
 「月集」は、2つに分かれる。
 その「月集スバル」(選者、選者経験者の欄)は、「今月の四人」とそれ以外に分け得る。
 次ぐ「月集シリウス」は、「月集シリウス特別作品」(12名)と「月集シリウス」通常欄に分かれる。
 「その一集」の僕は、「月集」の作品をお手本にしたいのだが、僕には無理なのだろうか、判らない。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。「月集シリウス」より、カナダ在住のS・紀子さんの5首から。
わが歌集読みし息子のコメントは「オレの出番はあまりないねえ」
 僕はこの歌集「カナダの桜」を頂いており、昨年9月16日付けの拙い記事を書いた。
 2人の息子さんと1人の娘さんは、時おり登場し、微笑ましかったと記憶する。
 モデルにされる事を嫌う妻とは、大きな違いだ。
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「Pixabay」より、白鳥の1枚。



 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1987年・再版)より、第4歌集「浅紅」を読みおえる。
 第3歌集
「春盡きず」は、今月8日の記事にアップした。
 原著は、1950年、女人短歌会・刊。
 「女人短歌会」は、1949年、女歌の発展を期して、北見志保子、五島美代子、生方たつゑ、長沢美津らが流派を越えて発足させ、1997年、当初の使命を果たしたとしてみずから解散した。(三省堂「現代短歌大事典」2004年・刊に拠る)。
 「浅紅」は、師・松村英一の命名で、「春盡きず」に先行して刊行された。
 1947年~1950年春までの作品を集める。
 「巻末に」では、第2芸術論等の衝撃が示唆されており、この歌集にはこれまでほとんど無かった字余り・字足らずの歌が少し散らばり、また生の希求が詠まれている。
 以下に7首を引く。

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 砂子屋書房・現代短歌文庫127「続 森岡貞香歌集」収載の3歌集全編より、2番めの第7番歌集「夏至」を読みおえる。
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「黛樹」(たいじゅ)は、今月10日の記事にアップした。
 「夏至」は、2000年、砂子屋書房・刊。翌2001年、同・歌集によって斎藤茂吉短歌文学賞・受賞。
 あとがきによると、1985年~1993年の作品を、やや後に刊行している。森岡貞香(1916年~2009年)の、ほぼ69歳~76歳の作品であり、題名は女流歌人の盛りを表わすのだろうか。
 280万部のベストセラーとなった俵万智「サラダ記念日」の発行が、1987年である。
 そのせいかどうか、僕が選びたくなる短歌は、歌集の初め部分に多かった。
 戦地より帰還して半年くらいで亡くなった夫とその後の回想の歌、忌日、墓参の率直な歌がある。



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 砂子屋書房・現代短歌文庫127「続 森岡貞香歌集」の、3歌集全編より、初めの「黛樹(たいじゆ)を読みおえる。
 この本の到着は、昨年12月24日の記事、
「届いた本2冊」にアップした。
 正編の3歌集・全編と歌論・エッセイは、同・10月19日の記事の
「歌論・エッセイ12編」より、遡ってゆけるだろう。
 「黛樹」は、森岡貞香(もりおか・さだか、1916年~2009年)の、第5歌集。1987年、短歌新聞社・刊。
 字余り・字足らず等の歌が多いのだが、切迫性というか、必然性とまで書くと書き過ぎか、前衛性があまり感じられない。当時の彼女の苦闘の跡なのだろうが。
 彼女の過去や現在を明示する歌も多い。「あとがき」に「歌の中の事態は経験としての相が私であれ」と願ったとある。
 以下に7首を引く。
夜中晴れ樟はうつくしき樹木にて炎流れしをおもはせぬなり
雉鳩の衝突したる硝子戸に映る青葉をわれも見にしか
衰弱はよわよわしきこと乳壜に四日を経たる白花あらせいとう
敗戦忌青ぎる木膚にふるひゐし蟬いばりして急に去(い)ににき
青き空にさくらの咲きて泣きごゑは過ぎし時間のなかよりきこゆ
青空より言葉降りこねくるまにて送られてをり嬬恋村まで
悲哀はとほく厨の卓の向う小さき壜に塩満ちてゐる
  (引用の1部、正字を新漢字に替えてある)。



 角川書店「生方たつゑ全歌集」(1979年初版、1987年・再版)より、第3歌集「春盡きず」を読みおえる。
 第2歌集
「雪明」は、昨年12月12日の記事にアップした。
 1941年(太平洋戦争が始まる)~1946年(敗戦後すぐ)に至る作品である。
 第4歌集「淺紅」(1950年・刊)よりも遅れて、1952年に刊行された。
 なお1945年の敗戦後、今井邦子の「明日香」を去り、「国民文学」の松村英一に師事する。
 「春盡きず」の選歌も松村英一がしており、何らかの手が加わった可能性はある。
 歌集では、自分の思い、人間関係を詠んだ歌は少なく、和語を用いた自然詠が並ぶ。
 以下に7首を引く。人間くさい作品を多く引いた。
ぶな渓にこだまとなりてひろごりしわがこゑはひとりききゐるものか
いちにんの舅のみまかりまししよりなぐさまざりし春もゆくべし
波ひだにあかき光は漾(ただよふ)とこころうごきて朝うみにをり
春くさにこころしづかに寄るらしきあかき牛らがいまだねてをり
ひかるばかり雨の洗ひしをみなへし群落ゆきて折ることもなし
み柩を火に葬(はふ)りたる火葬場のかたへの道に立ち去りがたし(逝く母)
集ひきていのちやすけき小鳥らよ枯葉を踏むもついばむもあり
焚き火5
フリー素材サイト「Pixabay」より、焚き火の1枚。








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