風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

短歌

 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第3歌集「玄」(前)をアップする。672首と多めの収録なので、前後に分け、今回は初め155ページ~「林道」195ページまでを読み了える。
 先行する、
同・「風の中の声」を読む(後)は、先の12月10日の記事にアップした。
概要
 原著は、1980年10月17日、石川書房・刊。1962年~1968年の作品を収める。
 同じ日に、同じ出版社から刊行された、「又玄」「又々玄」との3部作が、第32回読売文学賞を受賞した。
 収録の1962年~1968年は、60年安保後の所得倍増計画といった経済成長から、学生運動に示されるその終焉の時代だろう。僕の少年時代(田舎の)にあたり、示される時代と、続く作品にとても興味がある。
引用と感想

 気になる歌に付箋を貼り、メモを書いて行ったので、それに沿って7首の感想を書く。
低所得層を飢餓感の中に追ひ込める消費は遂に寂しきものか
 経済成長に取り残された人々への、配慮が見える。
岸沿ひに清盛塚まで来て戻り過去(すぎゆき)既に埋むるすべなし
 過去の生き方に、後悔があるようだ。あるいは会社側に立っての言動を指すのかも知れない。
俯瞰(ふかん)せる旧火口の底日は照りて黄の粘土層しづかに光る
 俯瞰からズームインするような詠みぶりだ。白秋の幽玄と茂吉の写生を止揚しようとする歌だと言ったら、大げさだろうか。
既にして時の風化に従へり羊歯生ひ茂る堀井戸の中
 風化しないものの側に、短歌はある、という自負を感じるのは、深読みだろうか。
晒す人も流せる布も春の日にしじにきらめく川波のなか
 言葉遣いが巧みである。時代に流される危険性がある。
海底岩盤発破の時を知りて待つ鷗群れたり雑魚(ざこ)(くら)ふべく
 動植物の生きる知恵を表わした歌は、僕の好みである。
雨のあと濁りつつ行く谷川の流ひまなく木(こ)の葉(は)を運ぶ
 何気ない、ある人は汚れを感じるかも知れない景に、美を見出している。
0-33
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




CIMG9617CIMG9619
 結社歌誌「覇王樹」の同人でもある古城いつもさんが贈ってくださった、季刊文学誌「コールサック」の95号、96号より、古城さんの短歌と詩、他少々を読む。
 受贈は、先の12月27日の記事
「届いた5冊」に報せた。その5冊の内、「富永太郎詩集」はしばらくお蔵入りの予定なので、感想を述べられる4冊は今回で了いとしたい。
95号より。
 圧倒的に詩の掲載が多い。384ページの内、短歌連作は6編、9ページを占めるのみである。
 表紙裏の「詩人のギャラリー」にCG画像と、詩を載せている。CGを扱える彼女だとは知らなかった。
 古城さんは、短歌では「ハロウィン・リース」20首を寄せている。女性の性をテーマとするようだ。しかし「ミスティ・アイ」の語意がわからない。広辞苑にもWikipedeiaにもない。「ミスティック」のネイティブ発音だろうか。
 IT関係、コミック関係の言葉が進み、僕にはわからない語が短歌にも出て来るようだ。辞書にある言葉だけで詩歌を書けとは言わない。先駆けであった、と言われる自信は持ってほしい。
 詩では小詩集「ビジネス・セッティング」の5編を寄せている。母親に愛されなかったという思いがあるのか、生活への異和感があるようだ。
96号より。
 古城さんは、短歌連作「3分セクレタリー」20首を載せている。2018年「覇王樹賞」受賞作である。キーワードの「セクレタリー」がよく判らない。カタカナ語辞典では「秘書、官庁の事務官」等とある。「郵便局職員は3分セクレタリー我の封書を通し微笑む」では、3分間だけの秘書だという比喩だろうか。1語ずつ理解して、連作、歌集を理解しようとする僕が、すでに古いのだろうか。悩ましい事である。

 付け加えるなら、希望にも終末観にも、慎重になってほしい。希望を持つ事は良いが、果されない場合があり、果されるとして1山も2山も越えなければならないのだ。
 終末による救済はない。個人でも、100歳前後まで生きねばならないのだ。


IMG_20181227_0004
 結社歌誌「覇王樹」2019年1月号を、ほぼ読み了える。
 到着は、先の12月27日の記事、
「届いた5冊」の内に報せた。
 
同・12月号の感想は、12月14日にアップした。
新かなと旧かな
 「覇王樹」は、新かなの歌人が多い。今、全体は数えきれない。しかし巻頭「八首抄」の栄誉を得た8名中、新かなは6名、旧かなは2名である。
 新かなでも古典文法の歌(「揺るる」など)があり、旧かなでも口語風な歌(「どこか誰かの」など)がある。
 歌壇の流れがあるだろうが、それに先駆ける進取性は「覇王樹」の性格だろう。
ホームページ
 ホームページ
「短歌の会 覇王樹」も、すでに1月号バージョンに成っている。誇らしい思いになる。ホームページでは、創刊者・橋田東聲の3首を作曲した歌曲を聴ける。CDもあるが、ネットにつなげられるなら、ホームページより聴ける。悠悠と佳い歌だった。

 表紙には「第99巻第1号」とある。来年は、第100巻、100周年を迎える。元気に精進して、迎えたい。


IMG_20181219_0004
 先の12月20日の記事、「1誌、1紙、1部を入手」で入手を報せたうち、季刊同人歌誌「COCOON」Issue10を読み了える。
 
同・Issue09の拙い感想は、先の10月7日の記事にアップした。
概要
 2018年12月15日・刊。A5判(?)87ページ。大松達知・発行人。結社「コスモス短歌会」の若手歌人を同人とする。
 先行する「棧橋」時代は1ページ12首で、今は6首だから、ずいぶん余裕のある掲載法である。また通常短歌以外の趣向なども、余裕がある。
 第10号というのは、1つの節目であり、小決算であろうか。
 内容に張りが満ちて来たように感じる。
感想

 以下、引用に添いながら、感想を述べたい。
 K・絢さんの「ミッキーマウス」12首より。
ミニカーを畳のへりに整然と並べ二歳の恍惚はある
 わが子の集中力を頼もしく思う、愛情が流露されている。
 M・恵子さんの「ゴジラ」12首より。
「そういうの苦手だから」と言っていたあなたお産に立ち会つてゐる
 信じ合う家族の、お産の場の新しい姿が詠まれている。
 Y・恵理さんの「Immigration officer」12首より。
そらいろのシャツにアイロンぴつちりと子は空港にヒール響かす
 迷って地元就職を決めた娘さんが、空港に働く、親娘の喜びを描く。
 T・桜さんの「冬の一日」12首より。
数百の柚子の実なりぬ<配る用><ジャム用><風呂用><描く用>にする
 若者に苦しい時代に、希望、喜びを見つけて、前向きに生きようとする。




歌壇1月号
 綜合歌誌「歌壇」2019年1月号を、ほぼ読み了える。
 
到着は、今月17日の記事「届いた2冊(4)」にアップした。
 同・2018年12月号の感想は、先の11月28日の記事ににアップした。
概要
 2019年1月1日付け・刊。169ページ。定価:800円(税・送料・込み)。
 ある程度の部数は見込めるだろうけれども、出版業の困難さを思う。
 加藤孝男(以下、敬称・略)の「鉄幹と晶子」、古谷智子「片山廣子」論の連載は過ぎており、篠弘「戦争と歌人たち」は休載が続いた。
感想
 「新春巻頭作品」では、述思の歌が多く、まれに描写の歌があると、親しみが湧く。
 道浦母都子の「土佐堀川」16首には、全共闘世代も老いて、このような感慨を抱くかと関心が持たれた。
 「第7回 ぶつかりインタビュー 佐佐木頼綱 (聞き手 佐佐木定綱)」には、感慨があった。父の幸綱の世代を経て、その息子たちがこれからの歌壇の世代かも知れない。定綱は年齢の近い歌人にインタビューする時、深い話を引き出せるようだ。
引用
 1首のみ引用する。武下奈々子「きつねうどん」8首より。
死にたいと愚図る老い人連れ出してきつねうどんを食べさせにけり
 家庭で老人を世話する、誠実さの極限だと僕は思う。結句の「にけり」には引っ掛かるけれども。




IMG_20181128_0001

 結社歌誌「覇王樹」2018年12月号を、ほぼ読み了える。
 
到着は今月2日の記事で報せた。リンクより、過去号の記事へ遡り得る。
概要
 2018年12月1日付け・刊。
 代表・発行人、佐田毅氏。編集人、佐田公子氏。
感想
 36ページの中に、社員の元気が漲っている。通常の歌ページでは、会員・準同人が8首出詠・6首掲載、同人が6首出詠・6首掲載と、同人誌に近い掲載方法にも因るのだろう。
 巻頭の8首抄、爽什6首×10名、師走10首詠×4名、力詠15首×2名、入門の覇王樹集、紅玉集にはそれぞれ1名の特選など、名誉ある欄があり、励みになる。
 またホームページには、今月の選歌1首30名があり、ネットを観る者にはとても励みになる。ホームページは毎月の更新が迅速で、通常ページも覇王樹・史、歌集・紹介など充実している。
 代表・発行人の今号の巻頭言では、今年の全国大会日が台風24号と重なり、参加者は多くなかったようだ。
 来年の大阪での全国大会には、是非参加したい。再来年の100周年記念全国大会は、東京で催されるだろうが、参加したい。僕のひどい地理オンチと方向オンチ、腰の弱りを越えて。



 

 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、歌集「風の中の声」後半を読み了える。
 
同(前)は、今月8日の記事にアップした。
概要
 おおまかな概要は、上のリンク記事で紹介したので、参照されたい。
 生前未刊のこの歌集は大冊なので、前後2回に分けてアップする。
 後半は、110ページ「冬木群」の節より、152ページ・巻末までを読んだ。
感想
 母親、弟妹を扶助する(仕送りをした?)身は、家庭を裕福にできなくて寂しむが、戸主としての威厳を崩さない。子を詠む歌は濃やかで、優しさに満ちている。
 60年安保(僕は田舎の10歳児だったので、よく知らない)当時らしい歌もあるが、引かない歌の下句に「いづれの側にもつきたくはなし」と詠むなど、関わろうとしなかった。従軍体験、労働争議体験、2つの大きな敗北を経た身は、政治闘争に関わりたくなかったのだろう。
 いっぽう、叙景歌は人為の加わった景色を詠んで、優れた姿を見せる。
 歌集を当時に出版しなかった理由に、財政の他、家庭のこと、会社での立場、政治の忌避など、1961年以降の社会に、憚る思いがあったかも知れない。
引用

 以下に7首を引く。
係累ゆゑ貧しき生活(たつき)に耐ふるべく我が強ひて来つ我の妻子に
雪の玉押しつつ雪を大きくし余念なき遊び幼子のする
国会の乱入起り事ののち立場持ち互ひに非を責むるのみ
神経の困憊に夜更け目覚めをりひしひしとわが生(せい)の寂しさ
秋の星を杉の秀の間にちりばめし中尊寺参道闇厚きかな
黄葉(もみぢ)して寂しく明かる木々の間に「憩ひ」はありと我が入りて来つ
河沿ひに並み立つ直き杉の幹日は照らしつつ船遠ざかる
0-21
写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。







↑このページのトップヘ