風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

短歌

 今月18日の記事(←リンクしてあり)「届いた4冊」で紹介した、結社歌誌「コスモス」2016年11月号より、「月集」を読みおえる。
 「コスモス」は大部だし(会員1900名!)、次の号が来るまでに、どこまで読み進められるか判らないので、少しずつ紹介しようと思う。
 「月集」の歌は、育った歌壇の時代か、余裕か、品格があるなあ、と感じ入る。
 「月集」でも、小島ゆかりさんの孫育て、K・絢さん、S・ちひろさんの子育てなど、乳幼児を詠んだ歌が目立つ。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。「月集シリウス」のS・美衣さんの5首より。
飼ひ犬のやうに呼んだら出てこんか過ぎてなくした時のかずかず
 大胆に口語の比喩で詠まれている。
 喜びの時も悔いの時も、還らないと知りながら、惜しむのである。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、りんごの1枚。


うずく、まる
 kindle本の中家菜津子・詩歌集「うずく、まる」を、タブレットで読みおえる。
 今月13日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」で紹介した内、最後の5冊めを読みおえた事になる。
 元版は、2015年6月、書肆侃侃房・刊。
 短歌群と詩群を繋ぎ合わせた詩歌集である。
 短歌に節の題なく、詩に題なく、1冊をもって1作品とするようだ。
 題名の奇妙な切れ方に惑わされそうだが、「うずく」も「うずくまる」も、痛みの表われである。
 写実の作風ではないので、細かな事はわからないが、辛い恋をし、のちに結婚・出産を経たようだが、そのあとはわからない。
 ネットの詩歌梁山泊「詩客」の詩歌トライアスロンに応募し、「現代詩手帖」に掲載された事が出発だったと、「あとがき」で彼女は述べている。
 僕は電子書籍に違和感はなく、むしろ紙本より読みやすいくらいだが、表示の拡大・縮小の仕方を見つけるのに苦労した。
 以下に5首と2節を引く。
あれからの日々を思って鉢に撒く期限の切れたミネラルウォーター
火を飼ったことがあるかとささやかれ片手で胸のボタンをはずす
ストライプシャツの袖口折りかえし右手をつなぐ左手に歌
からだごと君にあずけたゆるやかに右へふくらむカーブにゆれて
気怠さの理由は君にはわからない洋梨ふたつの重さかかえる

かあさん かあさん おかあさん ふりつもるよびごえ
子宮に眠る地球では星が降りしきっているよ

微熱からとけだしてくる哀しみに
  トレモロの点滴をうつ午後
病室の煽り窓から雨だれが
  鳥の見ている夢へと落ちる

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 宮本君子さん(「コスモス」会員)が送ってくださった第二歌集、「梅雨空の沙羅」を読みおえる。
 今月13日の
記事(←リンクしてあり)、「頂いた本と買った本、5冊」で紹介した内、4冊めの本である。
 2016年9月30日、柊書房・刊。437首。
 読み始めて、「あれ、宮本さんの歌はこんなのかな? 森重先生の選はこんなのかな?」と疑いながら進むと、すぐに歌は優れた作品ばかりとなった。
 中年後期から初老に至る齢の、哀歓を描いて、惹かれる作品が多く、10余枚の付箋を貼ったが、前例に倣い、7首を以下に引く。
愛想のよき中年の奥にある哀しさに似て梅雨空の沙羅
老い支度いえ死に支度などと言ひ友は蔵書をつぎつぎ呉れる
人声の絶えて滅びし<夏夜鳥集落>はふかき山に戻りぬ
来た来たと誰か叫(おら)べるまたたく間一位の走者走り抜けたり
癌を病む兄が見舞ひにおとづれて左半身麻痺の夫抱く
秋の夜をひつそり起きて授乳する娘へ熱き生姜湯いれる
三歳の駿太は林檎の皮が好き真赤真赤とうたひつつ食ふ




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 砂子屋書房・現代短歌文庫124「森岡貞香歌集」(2016年3月・刊)に完載の3歌集を読みおえたあと、付された「歌論・エッセイ」12編を読む。
 先の10月12日の
記事(←リンクしてあり)、同・歌集「百乳文」に継ぐ。
 この本には、他の歌人・文人の解説・批評は、載っていない。
 12編はいずれも、紙誌の求めに応じたらしい、短い文章である。
 初めの「めぐりあわせ――第一歌集の前後『白蛾』」では、第1歌集「白蛾」が1953年、第二書房より発売されるまでの経緯、帯文を当時の新進作家・三島由紀夫に書いてもらえたいきさつ、「思いがけなく歌集が出て、思いがけなく本屋の店頭で売れたのであった。」等の状況を、回想している(2001年)。
 「呼びあう声」では、敗戦の秋に夫が帰還したが、1年を経ず急死し、棺・薪を探す物資乏しい状況を描いた。また「いまは辛抱してこのまま売食い生活をつづけて、それからは家庭教師の口でも探そうと考えていた。」と述べる。
 「ロマン主義を越えて(覚書として)――わたしのめざすロマン主義」では、「想像や空想の力は大切でここから逃げることはないと思っている」立場の歌論を展開する。(1978年)。
 「回想のなかの未知」では、歌集「未知」発行の前、葛原妙子・五島美代子らとの交流、宮柊二の烈しい言葉、小泉苳三の痛ましい手紙、等を回想している。(1978年)。
 1916年・生~2009年・没。僕は晩年しか知らないが、きれいなおばちゃまの歌人だけではなかった。

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 砂子屋書房・現代短歌文庫124「森岡貞香歌集」(3歌集・全編収載)より、3番めの歌集「百乳文」を読みおえる。
 先行する「珊瑚数珠」は、先の9月25日付けの
記事(←リンクしてあり)にアップした。
 原著は、1991年、砂子屋書房・刊。迢空賞・受賞。
 僕は知らなかったのだが、彼女の短歌は、葛原妙子(僕は全歌集を持っている)や、山中智恵子らと共に、女流前衛短歌運動の流れの中に、置いて読むべき作品だろう。
 非・写実、字余り・字足らず、句われ句またがり、等の詠み方が多い。
 この短歌文庫に付された、「評論・エッセイ」12編も読む予定だ。
 以下に7首を引く。
きのふまたけふ厨の方へ行かむとし尻尾のごときを曳きてをりけり
歩運びをゆるやかになす夜のあゆみ喘ぐことなきかかる寂しさ
秋の日のかくあかるきに乱積みの懊悩あるが見えはせぬかも
かならず人は身罷るかないま亡くも快活に妻をよびたてるこゑ
椅子ひとつ余分に置けりこのへやに余分のたれも居らざる日日を
まひるまの一時こころの空きたりやうつせみのほかに思ひ出だされず
藁しべも犬の抜毛も巣造りに運ばれてをりビニール紐も

  (注・文中の1部で、正字を新漢字に替えてある)。

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 総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)の2016年10月号を、ほぼ読みおえる。
 購入は、今年9月19日の
記事(←リンクしてある)、「歌誌10月号2冊」にアップした。
 特集の「米と米作りの短歌からみる時代」では、米作の過去の繁栄を懐かしんでも、仕様がないと思った。未来への農業の展望がなければならない。
 高野公彦(以下、敬称略)インタビュー「ぼくの細道うたの道」は5回め、水原紫苑の50首連載は10回め「えぴすとれー」(エピストレーはギリシャ語で、手紙・書簡の意らしい)である。
 東直子「夏のうろこ」20首より。
夕焼けを柵にもたれて見ています都会に暮らすアルパカのごと
 特殊感がありながら、異邦人ではなく別動物であり、1種の調和感さえある。
 大松達知「悪の山脈」20首より。
雨だからめんどくさくて学校をサボる、遊びをしてる日曜
 教師のストレスを、空想する遊びで紛らわせている。
 長澤ちづ「前をゆく人」12首より。
祈るよりほかにすべなきこと増えて夫もわたしも言葉にはせず
 信仰なき祈り、は尊い。

 結社歌誌「コスモス」2016年10月号より、「COSMOS集」を読みおえる。
 「COSMOS集」は、「あすなろ集」と「その二集」の特選欄である。
 「あすなろ集」より30名、「その二集」より12名が、各5首ずつ載る。
 まれに6首掲載があって、今号では「あすなろ集」より3名、「その二集」より2名だった。
 「COSMOS集」には、何といっても栄誉を得る勢いがある。
 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。
 「その二集」特選より、K・哲虎さん*(←新かな遣いのマーク)の「プロボクシング」5首より。
後楽園ホールのチャンピオン戦の夜 濁る意識のまま担がれぬ
 元プロボクサーという、珍しい経歴を持つ歌人である。
 初句2句の乱れが、KOされる時の意識のようだ。
 プロボクサー歴を詠い尽くしてからが、勝負所だろう。
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フリー素材サイト「Pixabay」より、リンゴの1枚。

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