風の庫

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俳句

 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊)より、2番目の句集、岩田昌寿「地の塩」を読み了える。
 今月10日の記事、
米沢吾亦紅「童顔」に次ぐ。
 「地の塩」は、1959年、竹頭社・刊。石田波郷・序、372句、後記を収める。
 岩田昌寿(いわた・しょうじゅ、1920年~1965年)は、9歳の時に母と死別(それ以前に父と生別していたらしい)。
 1938年に肺結核で清瀬の療養所に入り、俳句を投句、1940年より石田波郷の「鶴」に投句し頭角を現す。
 1949年に喀血、療養所に入るも精神錯乱状態になり桜ヶ丘保養院に移る。このとき連作「秋夜変」を成す。
 退院後、日雇い労務者となり、1959年に本句集を出版するも作句少なくなり、1965年、某精神病院で孤独死。ノートやメモは、残っていなかった。
 以下に5句を引く。
夕風の枇杷もぐ蹠仰ぎけり
合歓を見て残す言葉は何時言はむ
本売つて燕くるまで食ひつなぐ
囀や生涯日雇かも知れず
日雇のひと日父の忌夏痩せぬ
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



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 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊、写真は函の表)より、初めの句集、米沢吾亦紅「童顔」を読み了える。
 同・第11巻のしまいの句集、
久保田万太郎「流寓抄」に継ぐ。
 原著は、1959年、近藤書店・刊。水原秋桜子・序、447句、後記を収める。
 米沢吾亦紅(よねざわ・われもこう、1901年~1986年)は、大学卒業後、造船の世界に入り、のち名村造船所の重役となる。
 1931年、秋桜子「馬酔木」の虚子門よりの独立に従った。1956年「馬酔木燕巣会」結成、1958年「燕巣」創刊・主宰した。「人事句の名手、職場俳句の草分けとして活躍した」(三省堂「現代俳句大事典」2005年・刊、に拠る)とされる。
 句集は「寸樹抄(1945年以前)」、「浪々抄(1946年~1951年)」、「明日香抄(1952年~1958年)」の3章を立てるが、戦後の句のみより、以下に5句を引く。
空稲架に童乗りしが解きはじむ
寒釣の鮠がのこせし手のあぶら
山椒の一葉の味も山疲れ
若き水夫巷の暦提げ帰る
槻芽吹く子等にひゞかぬ氏素性



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 角川書店「増補 現代俳句大系」第11巻(1982年・刊)より、最後の句集、久保田万太郎「流寓抄」を読み了える。
 このブログでは、先の4月18日の記事にアップした、
星野立子「実生」に継ぐ。
 この第11巻には、2句集の間に、林原耒井(はやしばら・らいせい、1887年~1975年)の第1句集「蜩」が入る。しかし大正13年~昭和33年の1293句と、いきなり古稀までの半生を語られるようで、読みおおせられなかった。
 久保田万太郎(くぼた・まんたろう、1889年~1963年)の「流寓抄(るぐうしょう)」は、1958年、文芸春秋新社・刊。60ページにわたる自伝が付されたが、この本では採っていない。
 戦後の句集「春燈抄」「冬三日月」からの抄出に、その後の自選句、合わせて1089句を収める。
 生前最後の句集で、没後に「流寓抄以後」「青みどろ」がある。
 前書の多い、生活(作家としてを含めて)俳句であり、親しみやすい。また老境に入って、周囲の文人・俳優の訃を悼む句が、とても多い。
 数の多い句集なので、以下に7句を引く。
懐手あたまを刈つて来たばかり
短命のためしのこゝに春日かな(武田麟太郎を悼む。)
みゆるときみえわかぬとき星余寒
また人の惜まれて死ぬ寒さかな(横光利一の訃に接す)
さしかけの葭簀うれしき端居かな(三日ほどおちつきて鎌倉にあり。)
しぐるるやそれからそれと用のふえ
まゆ玉や一度こじれし夫婦仲
(昭和三十一年を迎ふ。)
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。





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 福井県俳句作家協会の年刊句集「福井県 第55集」(2017年3月・刊)より、9回目、最後の紹介をする。
 
同・(8)は、今月6日の記事にアップした。
 今回に僕が読んだのは、敦賀地区(敦賀市)の16名、若狭東地区(三方郡、三方上中郡)の19名、若狭西地区(小浜市、おおい町、高浜町)の9名、計44名の440句である。
 若狭地区には風土的に京都府の影響があり、古くからの文化(社寺、民俗、等)があり、もっと俳句が盛んかと僕は思っていた。
 これまでの「作品集」のページのあと、俳句大会等・受賞者1覧、協会各支部・現況、名前順・索引、編集後記・等があるが、ここでは紹介をしない。各地区俳句会の多さと活動力には驚く。
 以下に3句を引く。
 N・一雄さんの「子猫」10句より。
菊酒やさてのどぐろの一夜干し
 K・幸子さんの「煉瓦館」10句より。
花嫁の母のオカリナ聴く五月
 I・達さんの「沢庵」10句より。
細き身の手足大きく耕せり

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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


 
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 福井県俳句作家協会の年刊句集「福井県 第55集」(2017年3月・刊)より、8回目の紹介をする。
 
同・(7)は、今月1日の記事にアップした。
 今回は、174ページ~200ページ、27ページの54名の540句を読んだ。
 南越地区(越前市、南越前町)のすべてである。
 鯖丹地区、奥越地区、坂井地区を越え、福井地区に次いでいる。
 旧くからの文化の息づく街だろうか。
 宗教がらみの句だと、無信仰の僕は、ほぼ拒否してしまう、癖のある読者である。孫褒めの句も好まない。
 以下に3句を引く。
 Z・梧桐さんの「枯れしものの音」10句より。
腕振りて先行く妻や草青む
 H・光生さんの「書初」10句より。
東雲の輝いてより初日の出
 T・葉子さんの「マイナンバー」10句より。
シニアとて一役買つて里祭

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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



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 福井県俳句作家協会の年刊句集「福井県 第55集」(2017年3月・刊)より、7回目の紹介をする。
 
同・(6)は、先の5月28日の記事にアップした。
 今回は、159ページ~172ページの14ページ、28名の280句を読み了える。
 鯖丹地区(鯖江市、越前町、池田長)のすべてである。ただし出稿者は、鯖江市在住者のみである。
 ここでも女性優勢ながら、他の地区に比べて、男性が多いようだ。
 俳句の、のどやかさ・優美さ(これは私見)は、現代では女性に向いているのかも知れない。女性に余暇が多くなったからという、古い考えでは律しきれない。
 以下に3句を引く。
 S・冨美さんの「花藻」10句より。
一人佳し一人は淋し四日かな
 H・縫子さんの「夏帽子」10句より。
夕月夜安らぎを得てひとり言
 K・遊子(ゆうし)さんの「蝸牛」10句より。
不器用なままに生き抜き蝸牛
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



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 福井県俳句作家協会の年刊句集「福井県 第55集」(2017年3月・刊)より、6回目の紹介をする。
 
同・(5)は、今月25日の記事にアップした。
 今回は、137ページ~157ページの21ページ、41人の410句を読み了えた。
 奥越地区(勝山市、大野市)のすべてである。両市は山間の市ながら、俳句の盛んな所と記憶している。
 季語の自然などと、人事を融合させて、秀でた俳句が生まれるのだろう。
 ここでも詩歌と同じく、女性が多くを占める。年齢はわからないが、若々しい吟じぶりの句がある。
 以下に3句を引く。
 M・定子さんの「隣の児」10句より。
ローカル線から秋風へ乗り換える
 Y・妙子さんの「奥越」10句より。
短パンの浅きポッケに九月来た
 T・喜美子さんの「冬の虹」10句より。
たどり来しその片陰を戻りけり
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写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。



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