風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケが、2017年10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

俳句

 角川書店「増補 現代俳句大系」第13巻(1980年・刊)より、3番目の句集、鷹羽狩行「誕生」を読み了える。
 1月21日の記事、
千代田葛彦「旅人木」に次ぐ。
概要
 原著は、1965年、昭森社・刊。山口誓子・序、444句、秋元不死男・跋、後記を収める。
 鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう、1930年~)は、1948年に山口誓子「天狼」に入会、1977年に俳句専業となる。1978年、俳誌「狩」創刊・主宰。2015年、日本芸術院会員。
 第1句集「誕生」は、俳人協会賞・受賞。
感想
 1958年(28歳頃)に7歳年下の妻と結婚、愛妻句を多く作り、1964年となって長女を得て愛児句を成した。
 7歳も年が違い、少女妻と吟じているように、労わってやるよりなかったのだろう。また34歳頃に子を得て、父として喜びだったろう。
 慎ましいながら幸せな家庭を吟じて明るい。
 句集刊行の1965年は、60年安保の政治の時季も過ぎ、経済成長に向かっており、句集「誕生」の受け入れられる素地はあったのだろうと、僕は推測する。
 「燈火親しむ汝はフランス刺繍」は「燈火親/しむ汝はフラ/ンス刺繍」と切れるのだろうか、大胆な句割れ・句跨りである。このような句も目立つ。
引用

 以下に5句を引く。
寒林となりて河港の舟檣(マスト)透く
火事跡のまた匂ひ出づ雪催ひ
鳥雲に妻の指切りぐせ今も
金亀子(ぶんぶん)に裾つかまれて少女妻
雪握る充実の音父となりし
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写真ACより、「ファンタジー」のイラスト1枚。




 角川書店「増補 現代俳句大系」第13巻(1980年・刊)より、2番目の句集、千代田葛彦「旅人木」を読み了える。
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古賀まり子「洗禮」は、今月15日の記事にアップした。
概要
 原著は、1964年、琅玕洞・刊。水原秋桜子・序、555句、著者後記を収める。
 千代田葛彦(ちよだ・くずひこ、1917年~2003年)は、台湾・生、1934年より作句。
 1946年・引揚げ、中央大学法学部に晩学、教職に就いた。
 1950年、秋桜子「馬酔木」に参加。
感想
 「旅人木(りょじんぼく)」は、第1句集である。全体を4部に分け、敗戦後の1946年の句より始まり、最後第4部に引揚げまでの句を62句のみ載せている。戦前の句より戦後へ続いた、1部の句集より好感を持てる。
 また戦後派らしい清新さがある。
 比喩の句も多く、「幹たちにささやかれ来て月夜なり」、「昃りて土筆のことば聞き洩らせし」などの暗喩で、「~のような」の直喩に安易に直せない、斬新な句がある。
 60年安保闘争に就いて「全学連など世の騒々しきに」と詞書して「葭切の眼下が暗し暗しと鳴けり」1句のみがある。俳人は、その闘争にあまり関心が、無かったのだろうか。
引用

 以下に5句を引く。
仮住みの寒波いたらぬところなし
幹うつて落葉は迅し故郷なし
木移りに鵯が導く屍の担架
冬の卵亨くまぶしさに声をあぐ
凩を父流水を母の声
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写真ACより、「おもてなし」のイラスト1枚。




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 角川書店「増補 現代俳句大系」全15巻も読み進んで、第13巻(1980年・刊)に入る。第13巻より増補巻に入るらしく、第12巻が(1959年~1968年)であったのに対し、第13巻は(1964年~1971年)と、1部遡って句集を採っている。
 第13巻の初めは、古賀まり子「洗禮」である。第12巻のしまいの句集、
石田波郷「酒中花」は、今月3日の記事にアップした。
概要
 原著は、1964年、麻布書房・刊。
 水原秋桜子・序文、438句、藤田湘子・跋文、自筆後記を収める。
 古賀まり子(こが・まりこ、1924年~2014年)は、1946年より秋桜子「馬酔木」に参加、秋桜子没後は堀口星眠・主宰の「橡(とち)」に参加した。
 結核病のため、1949年、清瀬病院入院、死の淵をさまようが、母の作ったお金で当時まだ珍しかったストマイ(抗生物質ストレプトマイシン)7本を打つ等に拠って回復した。
 1952年、洗礼を受け、1956年の退院後は横浜スラム街の療養所に勤務するなどした。

感想
 俳句、医学、信仰の救いを感じさせる句集である。「短歌は自己救済の文学である」と伝わるけれども、ある人にとっては俳句も同様かも知れない。医学の進歩の恩恵は、僕も受けている。
 信仰の救いは、生きがたい人にとっては拠り処であろうが、僕はあまり信用していない。
 前半「清瀬」は闘病俳句として、後半「運河のほとり」は献身の俳句として、感銘の残る句集である。
引用
 以下に5句を引く。
酸素吸ふ梅雨夕映に汗ばみて
麦青む日々を咳きつつ細りゆく
病みし過去しづかに隔て雪積る
眉寒く若し父母の名秘めて死す(放浪中病を得し人夫あり)
雲夕焼童顔人夫日銭得て




 
 

 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊)より、15番目、最後の句集、石田波郷「酒中花」を読み了える。
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秋元不死男「万座」は、昨年12月14日の記事で紹介した。
概要
 原著は、1968年、東京美術・刊。928句、後記を収める。題名は椿の品種名によるという。
 生前最後の句集(1969年・没)で、「酒中花以後」(1970年・刊)は没後の編集による。
 前半は春夏秋冬の四季部立て、後半は6度にわたる入院の作句順立てである。
 石田波郷(いしだ・はきょう、1913年~1969年)は初め水原秋桜子の「馬酔木」に参加、1937年「鶴」創刊・主宰。加藤楸邨、中村草田男らと「人間探求派」と呼ばれる。
感想
 「憂き目して鮒売女をり春の雁」のように、主題と季語が離れた句が目立つ。それを結合させてしまうのが、季語の力だ、というように。日常の営みに、穏やかな視線を向けた句がある。。
 また入院療養吟では、見舞いに通う妻、医師、同病者を吟じて、1句1句を積み上げてゆく生の営みを読める。
引用
 以下に5句を引く。
跼みては佇ちては春の落葉焚
黒椿雨雫して三鬼の忌
百日紅深息しては稿をつぐ
嵯峨菊やまなじり酔うて女どち
病床に読みて積む書も薄暑かな
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写真ACの「童話キャラクター」より、「白雪姫」のイラスト1枚。




 角川書店「増補 現代俳句大系」第12巻(1982年・刊)より、14番目の句集、秋元不死男「万座」を読み了える。
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「定本 木下夕爾句集」は先の11月28日の記事で紹介した。
概要
 原著は、1967年、角川書店・刊。1950年~1966年の826句、「あとがき」を収める。第3句集。
 同「大系」第8巻より、
第2句集「瘤」については、前ブログ「サスケの本棚」の2014年1月15日の記事で紹介した。
 秋元不死男(あきもと・ふじお、1901年~1977年)は、戦後1947年、「現代俳句協会」設立発起人となる。1948年、山口誓子・主宰の「天狼」創刊に参加。1949年、同・系の「氷海」創刊のち主宰。
 1961年、「現代俳句協会」脱会、「俳人協会」設立に参画。
感想
 俳句を生業として生きる決意が、句で吟じられている。
 句集「瘤」の時代から、「降る雪に胸飾られて捕へらる」の句のように、暗喩を用いた作に長じていた。
 しかしそれらレトリックも過ぎると、論語「巧言令色鮮(すくな)し仁」の諺のように、滋味少ないように感じられる。
 苦労をかけた妻が、彼の句を褒め、彼の行動を支えたようで、羨ましい点ではある。
 俳句を生業としながら、収載句数は別として、生涯に4冊の句集しか持っていない。1980年、「秋元不死男全集」全2巻(角川書店)がある。
引用

 以下に5句を引用する。
冷されて牛の貫録しづかなり
電工のいちにち高し原爆忌
悔と言ふ語音短し寒(かん)長し
まだ死ねぬ泥濘凍てて星揃ふ
鷗らに円遊の浮標(ブイ)年暮るる
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写真ACの「童話キャラクター」より、「白雪姫」のイラスト1枚。




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