風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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 4月6日の記事「手術日・決定!」で報せた通り、K病院のL医師の診察で、4月20日の入院、4月23日の大動脈瘤の開胸手術が決まった。

 翌4月6日には、S病院内科のN医師とQ医師の診察を受けた。妻も早朝の診察を受ける。
 午前6時半に妻に起こされ、45分に起床した。洗顔、着替えを手早く済ませ、7時10分に妻の運転する車で出発。7時20分頃、着。再診受付の自動機(4台?)が動き出す7時40分を待って、多くの患者が着席、あるいは立ったままで待っている。
 僕は7時42分に受け付けられた。採血室へ行き、〇〇番のカードを自動機より受け取り、8時よりの採血を待つ。やがて番号を呼ばれ、4本を採血される。血液検査結果が出るまで約1時間かかるということで、主治医のN医師ではなく、Q医師に先に診てもらうよう言われる。Q医師に、空き時間で測った血圧の記録を出す。新・血圧計まで買って、1ヶ月間の朝夜に測って記録した、1覧表を見せることを忘れた。
 大動脈瘤の開胸手術が危なくないか問うと、危険性はある、ご家族と相談の上で、ということだった。妻は手術に賛成である。
 次いで主治医のN医師の診察を受ける。血液検査の結果、大動脈周囲炎の症状は、良くなっている、とのことだった。手術の危険性を訊くと、大丈夫と思います、とのことだった。K病院の退院まで、8週間分の薬を処方してもらう。
 院外薬局へ行き、僕の場合は時間がかかるので、処方箋を提出して、のちほど妻が受け取りに来ることにする。兄へ電話しておき、伺って入院の保証人になってもらい、緊急連絡先にも記入してもらった。帰宅して僕を降ろした妻は薬局へ行き、僕は昼食を摂り服薬した。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。


 

 3月26日の記事の通り、4月5日(第1月曜日)9時半頃、K病院のL医師の再診を受けた。


 待合室で妻と、1時間以上、待ったあとL医師の診察となる。L医師のパソコンの画像が、くっきりカラー3Dの大動脈瘤の図で、3月25日のCT検査の結果画像だと、僕も妻も信じたが、(L医師は何も言わなかったので)あるいはフェイクかも知れない。
 カテーテル検査入院を、4月20日~22日の三日間でお願いした。L医師は焦れたか、4月10日(第2土曜日)に再度CT検査と診察を行い、支障がなければ(カテーテル検査なしで)、4月20日の入院、4月23日(第4金曜日)の手術を勧めた。僕は4月6日(第1火曜日)にS病院のN医師、Q医師の診察を受けるので、大動脈周囲炎、自己免疫疾患、年齢のことで手術が大丈夫か訊くつもりである。L医師もCT検査の結果では治療方針が変わるとのことで、L医師の提案を受け入れた。
 僕は3歳での腸ヘルニア、50歳ころの蓄膿症(片方、全身麻酔)の経験しかないので、4月23日の開胸手術は怖い。自覚症状がないので、このまま表面的には元気で突っ走り、ある日倒れるのもあり、と思う。倒れて命を繋いだ場合、妻は看護が困ると言い、僕もそれから後悔するのも嫌なので、大手術を受け入れた。入院は、3週間~4週間の予定とのことである。
 診療費は、なぜか260円だった。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。



 T内科医院より、胆石症状の紹介状を貰って、S総合病院を受診した所、膵臓腫瘤と大動脈周囲炎が見つかり、まず大動脈周囲炎を抑える事になった。N医師のもと、ステロイド剤を大量に服薬(1日8粒、40ミリ)するので、抵抗力が低下するため、感染症予防の入院をした。12月21日~1月12日である。
 15日めの報告は、1月5日の記事にアップした。

 1月12日に無事退院し、家の電話線が切れていたので、スマホより短く報せた。


 その後、2週間ごとに通院し、診察と投薬を受けた。1回ごとにステロイド剤は1錠ずつ(5ミリずつ)減らした。
 3月16日に、大動脈周囲炎の治療の結果を診るため、MRI検査を受けた所、大動脈瘤の疑いが出て、別の医師の診断を受けた。大動脈瘤であるが、S総合病院には血管外科がないので、K病院へ紹介状を貰った。
 3月21日(月曜日)にK病院で、血液検査、エコー検査、心電図等の検査を受け、L医師の診断を受けた。重い大動脈瘤で(一般的に自覚症状がない)、最大部は径60ミリを越えていて、ステント手術ができない。胸部をメスで開いて、人工血管を繋ぐよりない、入院1ヶ月~1ヶ月半を要する。今日はメトグルコ錠を飲んでいるので、メトグルコ錠を2日やめて、3月25日に、CT検査を受けなさい。4月5日の再診で、カテーテル検査(入院3日)の日程を決めましょう、それまでに手術の覚悟を決め、手術の日程を決めましょう、という話になった。
 それで3月25日の午後に、K病院でCT検査のみ受けた。大手術を受ける気持ちになった。
 3月25日に、結社歌誌「覇王樹」の代表・編集発行人の佐田公子さんにメールを送った。3月号分のみ書いた、3集評を、これからは辞退する事を伝えた。せっかく拾い上げて下さったのに、大きな迷惑を掛けて、前途は開けない。
 カテーテル検査の日程だが、短歌研究会のA、C、それにたんぽぽ読書会が飛び石的にあり、4月19日まで私用が詰まっている。それまで待って貰えるか、4月5日の再診で、L医師に伺わなければならない。
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写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。






1月12日の午後2時、無事退院しました。応援ありがとうございます。ただいま、ネット接続がわるく、ブログ記事を更新できません。

 入院15日めの報告をする。昨日に2週間めの報告をする予定だったが、1月3日・公開の記事を休んだ為、予定が混乱した。今この記事を書いているのは、1月4日の16時前である。午後7時頃の夕食のあと、記事を書いていると9時の消灯時刻を過ぎる場合があり、同室者に迷惑を掛けかねない為、時刻を早めている。
1週間めの報告は、12月28日の記事にアップした。


 ランダムに書くと、風呂は月曜日~金曜日は毎日、土曜日はシャワーのみである。正月3日は、シャワーのみだった。今日4日は浴槽が張ってあった。
 一人紅白観戦を覚悟したが、大晦日に入室者があった。紅白は白々しくて、テレビをイヤホンで聴いていたが、早めに止めてよく眠った。
 睡眠はよく取れなくて、これまで1晩5時間くらいである。主治医に訴えると、ステロイド剤の高揚感のせいを言われた。同室者など、環境が次々変わるせいもあるだろう。体重は2週間で4キロ減った。
 主治医の回診は、正月まで毎日あった。2日、3日の土・日曜は休みだった。医師も人の子である。
 2、3日は食事も量が少なく、簡素だった。食事方も人を減らしたのだろう。

 ステロイド剤の量は1週間ごとに減らされており、順調に行けば、1月12日(3連休明け)頃の退院を、主治医より示唆された。
 1日、甘い物を取らないのに、夕食前の血糖値が高くてインシュリンを打たれる日があり、1日の辛抱が無になるようで悔しい。妻は、2、3日ごとに会いに来てくれる。面談室で、衣類を交換し、飲み物を受け取るだけである。苛つく日もあったが、今は面談のあと落ち着いている。
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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。


 この記事を書いている12月27日(日曜日)夜、12月21日(月曜日)の入院より、1週間が過ぎた。
 入院前日は、冬至前日だったけれど、妻が冬至南瓜を作ってくれ、柚子を買って来てくれ、柚子湯を立て、励ましてくれた。
 入院の朝、家の鍵も置いて行き、妻の運転する車で出掛け、10時頃、病院・着。予約の10時半、4人部屋に入る。荷物は、台車を出して貰うほど多かった。コロナ禍のため見舞い禁止で、談話室で妻とわかれる。
 入室の時、4人部屋の1人がちょうど退院で、顔も合わせなかった。あと1人の患者がいて、僕はカーテンの隙間から挨拶した。もう1人の入室があったが、2人は相次いで退院した。 
 もう1人の入室があったが、29日(火曜日)に退院との事で、孤独な紅白歌合戦鑑賞を覚悟した所、今日27日に入室があった。しかし年を越えるかわからない。
 僕の入院(大動脈周囲炎の治療。ステロイド剤の多量服用のため、副作用の諸病の発生を抑える)は、短くて3週間、長くて4週間との主治医の言葉だった。主治医は休日を含め毎朝、日には午後も巡視して、励ましてくれる。
 看護師さんは優しい。朝夕に、血糖値、血圧、体温を測りに来る。療養は2日めからの服薬のみで、家からの内科薬を含め、多くの薬粒を飲む。
 22日に眼科検診を受けたが、異常なし。明日(月曜日午前)に前立腺肥大症の検診を受ける。
 食事は糖尿病食ながら美味しく、量も十分である。
 妻は水曜日、土曜日と来てくれ、談話室で下着を交換し、健康茶を受け取って、短く話した。
 入浴は月曜日~金曜日は毎日、土曜日はシャワーを浴びれる。同室の人との小さなストレス(迷惑を掛けないか等)と、余分な睡眠をとれない事のほか、ほぼ困る事はない。

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写真ACより、「ウィンターアイコン」の1枚。

 先の11月19日の記事で、僕の膵臓の腫瘤の生体採取を報せた。


 今月2日の記事では、検査の結果として、MRIによる再検査を示された。


 今月11日早朝、S総合病院で、MRIによる再検査を受け、担当医師の説明を受けた。
 施術順に書くと、以下の通りである。
①a・大動脈周囲炎が明らかでり、左腎臓への影響も見つかったので、ステロイド剤による治療を行う。
 b・初めは大量のステロイド剤を用いるので、副作用(免疫力低下のためB型肝炎の再発・感染症、糖尿病、骨粗鬆症、消化器症状)を防ぐため、入院を要する。ステロイド剤が少量で済むまで、半月~1ヶ月の入院が必要である。
⓶大動脈周囲炎が治まったら、MRI検査で2㎝ある膵臓のホルモン系腫瘤を切除する処置をする。

 手術は避けられないかと訊くと、悪性腫瘍になる可能性があり、避けられないとの返事だった。また妻によると、ステロイド剤治療は長くかかり、半年~1年との事だった。
 担当医師は入院を急ぐようだったが、3ヶ月ぶりの短歌研究会A・12月歌会を開く12月17日(木曜日)以降にしてもらい、12月21日(月曜日)と決まった。入院中は薬の服用だけで暇だと、医師の注意があった。Wi-Fiが通じているので、ネットも継続し、読書に励む予定である。

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写真ACより、「秋の人物コレクション」のイラスト1枚。僕の当地感覚では、初雪が降るまで秋が続く。




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