風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

小説

 山田詠美の短編小説集「タイニー ストーリーズ」より、初めの5編を読み了える。
 購入は、昨年12月25日の記事、メルカリより4冊を買う、で報せた。



 題名のtinyは、とても小さい、という意味である。tiny storiesは英和辞典にないけれども、その語でググると、それを副題とした原書の写真が何冊か出て来るので、通用している語である。
 短編小説は、little storyとされているようで、tiny storyはそれよりも短く、日本語で原稿用紙数枚くらいの掌編小説よりも長いようである。

IMG_20191224_0002

 文春文庫、2013年・刊。帯の「アソート」は、組み合わせ、品揃え、の意味である。
 初めの「マービン・ゲイが死んだ日」は、若くして胃癌で亡くなった母親の遺品のメモに不可解な数行があり、それが解かれる話である。
 「電信柱さん」は、動けないが五感を持つ電信柱の独白と言う、奇妙な展開である。かつて森瑶子は、「何でも小説の主題になる」と宣って商品券を主題とする短編小説を書かされた。山田詠美の小説も熟達して、何でも主題にできる域に入ったのかも知れない。
 「催涙雨」では、アルコール中毒で入院した夫を見舞う妻が、入院患者たちと親しくなり、不能だという患者に口淫するまでになる。

 「GIと遊んだ話(一)」では、土曜日のラブホテルがどこも満杯で、不思議な古い旅館(元は遊女屋?)に明日出航するGIと、多美子が泊る。その後、多美子は捜しても捜してもその宿を見つけられない。
 「百年生になったなら」は、息子と娘、夫と姑にないがしろにされる、パート勤めの主婦が主人公である。老女の万引き事件を目撃して目覚め、100歳になったら犯罪を重ねようと決め、準備を始めたところ、異変に気付いた家族に大事にされ、翻意するに至る。素直な性格の主人公の、心の移り変わりが面白い。
 ユーモアあり、深刻あり、サスペンス風ありと、彼女のペンは自在である。




 三浦しをんの小説「風が強く吹いている」を読み了える。新潮文庫、2018年33刷。
 購入は、昨年12月18日の記事、ブックカフェで1冊と、送られた1冊、にアップした。



IMG_20191217_0001

 よくあるスポ根ものである。定員ぎりぎり10名の弱小チームが、鍛えられて、選考会をくぐり抜け、初めて箱根駅伝に出走し、次年度シード権を得るまでの物語である。
 駅伝の場面は感動的で、涙ぼろぼろで読んだ。しかし読み了えた瞬間、虚しさを覚えた。

 結局、ファシズムじゃないか?と思う。鉄腕アトムの最後の場面(僕は読んでいない)、アトムが(何かを抱え?)、地球を救うために太陽に突入するストーリーをファシズムだと断じた吉本隆明なら、箱根駅伝でアンカー清瀬が二度と走れなくなる故障を起こしても走る小説を、同じだと断ずるだろう。精神注入棒で鍛えられた日本軍が、ガムをくちゃくちゃしながら戦う米兵に敗れた事が、よほどショックだったらしい。

 三浦しをんがなぜスポ根ものや、辞書編纂を描くのだろう。紙の辞書、電子辞書、ネット検索の興亡を描いてほしい。僕は時代小説をずっと読まない。現実と突き合わせない状況なら、いくらでも美談は描けるだろう。余談に走った。石田衣良や堀江貴文の小説が、まだ現代を描いているようだ。
 小説「風が強く吹いている」は、あまり僕の背中を押してくれなかった。



 岩波文庫、アストゥリアス「グアテマラ伝説集」(牛島信明・訳)より、4回め、了いの紹介をする。
 同(3)は、昨年12月28日の記事にアップした。



グアテマラ伝説集
 今回に紹介する作品、「ククルカン―羽毛に覆われた蛇」は、文庫本で135ページに渉る、長い幻想劇の脚本の形をとる。なおジャンルは、先行する作品と同じく、小説に入れた。
 全能の神・ククルカン、従者・グワカマーヨ、知者・チンチビリン、他の動物、伝統上の者たちによって織りなされる。
 1部、唯心論と唯物論の議論、戦闘の敗北を挟む。
 ククルカンが1夜の同衾で娘を殺すしきたりの中、娘・茴香(ヤイ)が当てられてククルカンの改心の希望を持たせる。


ひげを生やした亀:アオップ!アオップ!乙女たちが目覚め、蜂鳥に変わる日が、いつか来るであろうか?
ウバラビックス(不寝番の歌の名手):来るかも知れない‥‥来ないかも知れない‥‥

 しかし結末はバッドエンドで、チンチビリンが茴香(ヤイ)の名を呼ぶが返しはなく、亡くなるシーンである。
 アストゥリアスが宗教を、独裁を、あるいは現代社会を批判したのかわからないが、それら総てを含む幻想劇だろう。




 

 今月2日の記事、山田詠美「蝶々の纏足」を読む、に次ぎ同書の「風葬の教室」「こぎつねこん」を読み了える。


蝶々の纏足・風葬の教室
 「風葬の教室」は転校した女生徒(中学生?)が、クラス員から苛められる話である。苛めがエスカレートして、「私」は死を決意する。しかし母と不良の姉の会話から、家族の幸福への責任を感じ、クラス員全員を心の内に殺す事を決め、翻意する。
 クラス員の仕掛けの言葉に、思いきり侮蔑を込めて返し、それは成功する。心の墓地の死体に、土も被せず、風葬とする事で、題名と繋がる。このような学級生活もまた、苦しいものだろうと、思いが湧く。


 「こぎつねこん」は短い小説である。母に童謡を歌ってもらうなど、親身にされた時、叫びを上げる発作が起きるようになる。後年、成長して男と同じ床で幸せに眠ろうとする時も、同じ衝動が湧く。
 幸福の中の孤独を知ったのか、「自分は幸福になってはいけない」と思い込んだのか、わからない。世間との違和感が、山田詠美を作家へ導いた事は確かである。


 昨年9月7日の記事、同人誌1冊と文庫本3冊、で紹介した内、山田詠美の文庫本3冊から、ようやく小説「蝶々の纏足」を読み了える。


蝶々の纏足・風葬の教室
 新潮文庫、2017年・17刷。
 「蝶々の纏足」、「風葬の教室」、「こぎつねこん」の3編を収める。
 「蝶々の纏足」は、えり子という(えりの漢字は、慎重に外されている)王女タイプの女の子に振り回される、瞳美という(これも珍しい名前であり、両親からきれいな目をしていると誉められる事にもつながる)女の子が、高校生になっても主従関係にあった。瞳美は何とか二人の関係から逃れようとして、内面に憎しみを溜めこんでゆく。
 心身の成熟のアンバランスな少女たち(えり子を含む)の中で、瞳美は自分が性に関して早熟である事を知り、麦生という同級生と性関係を持つ。そして、えり子の軛から離れる。
 瞳美と麦生はやがて別れる。麦生の浮気が元だが、「私たちは、お互いの体にもう飽き始めていたし、体以外を使ってどんなふうに愛し合って行けばよいのか解らなかった。」と述べられる。そのために結婚(一夫一婦制)があるとしたら、悲しいだろうか幸だろうか。


 岩波文庫のアストゥリアス「グアテマラ伝説集」(牛島信明・訳)より、3回めの紹介をする。
 同(2)は、今月17日の記事にアップした。リンクより、過去記事へ遡り得る。


 今回は、「「花咲く地」の財宝の伝説」と「春嵐の妖術師たち」、2編を読んだ。

 「「花咲く地」の財宝の伝説」は、部族間の争いなどをしていた先住民が、白人の侵略に遭い、金銀宝石の財宝を山裾に隠そうとする。白人の銃撃で、先住民は財宝を放り出して逃げてしまうが、火山噴火によって財宝は隠されるという伝説である。実際は征服者の本国・スペインへ送られたのだろうが、現代のグアテマラ人として、アストゥリアスはスペイン人を全否定できないのだろう。

 「春嵐の妖術師たち」では、古代の幾つもの文化が、地震、噴火、洪水によって壊滅しながら、再生する様を描くようだ。様々な描写が試みられるが、ロートレアモン、アンドレ・ブルトン式(共に僕は嫌いである。)のシュールリアリズム(戦後に実存主義と合体するまでは、つまらない)ではなく、金銀宝石や刺青、化粧、花鳥など、南国らしい古代文化の妖しい美しさの再現を読むべきなのだろう。
0-100
写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラストのラスト1枚。


 岩波文庫のアストゥリアス「グアテマラ伝説集」(牛島信明・訳)より、2回めの紹介をする。
 同(1)は、先の11月23日の記事にアップした。

 

 今回は、「「火山」の伝説」、「「長角獣」の伝説」、「「刺青女」の伝説」、「「大帽子の男」の伝説」、4編を読み了えた。

 「「火山」の伝説」は、楽園が火山噴火によって滅び、英雄ニドに依る国始めの物語のように受け取れる。
 「「長角獣」の伝説」と「「大帽子の男」の伝説」は、征服者による虐殺と略奪と信仰強制のあと、征服が安定期に入った頃の、尼僧修道院の尼僧と、修道院の僧の物語である。信仰の試練の物語と言える。心理描写と外形描写は、マジック・リアリズムらしく、シュールな場面を交える。
 「「刺青女」の伝説」は、インディオの神官、アルメンドロ博士が、4つに分け与えた自分の魂を、買い戻そうとして果たさず、ある奴隷女を救って枯れ枝として死ぬ。迫害されたインディオの魂を描くのだろうか。
 シュールな幻想を含む、民族の根底的な物語である。
0-98
写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



↑このページのトップヘ