風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

小説

 谷崎精二・個人全訳「ポオ全集」(春秋社)第2巻より、5回めの紹介をする。
 同(4)は、先の7月30日の記事にアップした。



 今回は167ページ~198ページの、32ページ分である。
 「ヴァルデマア氏病症の真相」、「鋸山物語」、「エルサレム物語」の3短編小説を読んだ。

 「ヴァルデマア氏病症の真相」は、瀕死の病人を催眠術によって死から阻もうとする物語である。催眠術、死にゆく者の意識、完全な死の場面など、おどろおどろしく描く。
 「鋸山物語」は、モルヒネを常用するペドロオが、インディアン・サマーのある日、山に迷って、アラブ風の市街を見つけ、降りてゆき死を体験する物語である。生き返り、家に戻るが、1週間ばかり後に亡くなってしまう。
 「エルサレム物語」は、ローマ軍攻囲下のエルサレムで、収税吏と牧師が、約束通り塔の上より銀貨の籠を下ろすが、見返りの祭壇のための肉は、ユダヤ人の食べない豚肉だった、というオチである。オチのみで成り立っている。

 第2巻のしまいまで、あと3短編と1中編が控えている。

アラブ人
写真ACより、「アラブ人」のファンタジックなイラスト1枚。



 インディーズ作家・村杉奈緒子の中編小説「僕の声を聞いてくれ」Kindle Unlimited版を、タブレットで読み了える。
 入手は、今月2日の記事、入手した5冊を紹介する(6)にアップした。概要の1部を示した。



 また前作「よみ人知らず」は、2019年11月7日の記事にアップした。第1作「片恋未満」の感想に遡れる。



村杉奈緒子 僕の声を聞いてくれ
 陶芸家・七海と雑誌記者・雪名の恋の物語をテーマとする。
 雪名の叔母・未雪の自殺の理由も、推定されるに至る。
 山口県下関市に窯を抱える七海と、東京の雑誌記者・雪名(職を辞する)は、結局結ばれる。
 しかし1つの成就の物語に、未雪と喬木(七海のライバル、未雪の元恋人)の、2人の死を要した事には、疑問が残る。
 人はそうそう死なない者だから、サスペンスならともかく、恋物語に死者を出して盛り上げるのは、避けてほしい手法である。

 3部作の題名の付け方にブレがあるようだが、インディーズ作家・村杉奈緒子の成長を見て、KDP出版を続けようとする僕の、励ましになる。




 堀江敏幸の小説「めぐらし屋」を読み了える。
 彼の小説は以前、「雪沼とその周辺」「いつか王子駅で」「おぱらばん」「河岸忘日抄」と読んでおり、さいごの「河岸忘日抄」は、以前のブログ「サスケの本棚」の2009年11月7日の記事にアップした。



めぐらし屋
 「めぐらし屋」は、新潮文庫、2010年7月1日・刊。
 せせこましい世に、これはのんびり感傷的で、まどろっこしいくらいだった。購入当時は、仕事が現役で、僕は読み進められなかった。7年前にリタイアして、無職の日々を送っており、ようやく読み了えられた。僕の広いストライクゾーンに、入ったのだろうか。
 堀江敏幸は、三島由紀夫賞、芥川賞、他の文学賞を総なめし、各賞の選考委員も務めている(Wikipediaに拠る)。
 「めぐらし屋」というのは、主人公・蕗子さんの独居して亡くなったばかりの父の、職業ではないなりわいで、「ホテルや旅館ではなくて、何日か寝起きできるようなところを紹介する」という内容である。離婚して若く亡くなった母、未完の百科事典を訪問販売するなどした父、の秘密を蕗子さんは知るようになる。蕗子さんが「めぐらし屋」を継承する場面で、小説は決着する。
 この本を、ふと文庫本棚から取り出して読んだのだが、本にはいつか読まれる巡り合わせの時が来るものである。



 谷崎精二・個人全訳「ポオ全集」(春秋社)第2巻(1979年、新装版・7刷)より、4回めの紹介をする。
 同(3)は、今月7日の記事にアップした。



 今回は、「天邪鬼」「ペスト王」「ボンボン」の3編、121ページ~166ページの、46ページ分である。
 「天邪鬼」は、長広説の果てに、天邪鬼な動機によって殺人を告白し、明日の死刑を待つ身である事を告げる。「黒猫」以来の完全犯罪と、殺人者の自滅的行為による発覚、というテーマだろうか。話す事が信用されないので、かえって力説する、前置きが長い。
 「ペスト王」は、14世紀のペストのパンデミック頃の話である。廃墟の葬儀屋での酒盛りに、2人の船乗りが飛び込むが、逃げ出す事を得た。今の新型コロナウイルス感染の対策になる事は、書かれていない。
 「ボンボン」は、料理店主・哲学者のピエル・ボンボンが、エピクロスの果てと自称する悪魔と、魂の売買をしそうになる。ボンボンがあまり酔っているので、悪魔は取り引きを控えるが、ボンボンはランプの落下によって亡くなる。多くの歴史的偉人が、才能と金銭等を代償に、魂を悪魔に売ったと述べる。ポオのアルコール依存の弁明めいている。
シャンデリア
写真ACより、「シャンデリア」の写真1枚。


 

 江國香織の小説、「なつのひかり」を読み了える。
 彼女の小説は、先の6月14日の記事、「間宮兄弟」を読む、以来である。



なつのひかり
 「なつのひかり」は、集英社文庫、1999年1刷、2000年8刷。本文326ページの長編小説である。
 バーの歌手とウェイトレスの2つのアルバイトをしている「私」を、隣(マンションらしい)の薫平君が、逃げたヤドカリを探して現れる。
 「私」栞には幸裕という兄があり、兄にはパトロンの順子、妻の遙子と娘の陶子とベビーシッターのなつみ、愛人のめぐみがいる。遙子は自身にもわからない探し物に家出し、フランスにいたりする。
 ヤドカリのナポレオンは神出鬼没で人々をかき回し、兄も失踪する。
 結局「私」は、ヤドカリの呪いを解き、兄と遙子を見つけて、順子・めぐみとの関係を解消させる。
 ヤドカリが人を導いたり、モーテルの部屋からフランスの海岸へ瞬間移動したり、荒唐無稽なストーリーながら、描写は細密で、不気味さを感じさせる。
 僕はマルケスの「百年の孤独」など数冊を読んだが、「なつのひかり」は、マジック・リアリズムという呼び方がぴったりだ。ほぼ同時期に出た、大江健三郎「燃えあがる緑の木」3部作より、うまいくらいだ。ファンタジー出身も強味となっただろう。このマジック・リアリズムが江國香織に、どれだけ根づいたかは別として。


 村上春樹の短編小説集「一人称単数」を読み了える。
 到着は、今月21日の記事、届いた2冊を紹介する(14)にアップした。





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 「一人称単数」」は、2020年7月20日、文藝春秋・刊。8編の短編小説を収める。

 初めの「石のまくらに」は、二十歳にもなっていない「僕」が1夜を共にした娘さんが、数日後、歌集(実は5行歌風)を送ってくれて、今でも机の引き出しにおいて、稀に読む、という話である。娘さんの名前も顔立ちも覚えていないけれど。紋切型でいうなら、「人生は短い。芸術は長い。」の実感だろう。
 「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」は、大学の文芸誌に1文を載せた、という事からフィクションだろう。しかもその1文の内容はフィクションだった。フィクションにフィクションを重ねながら、夢に現れたチャーリー・パーカーがボサノヴァをプレイした事は真実だろう。作者がその夢を実際に見たか否かは別にして。
 「ウィズ・ザ・ビートルズ」は、1種のヰタ・セクスアリスであると共に、15年後にはその相手・サヨコが結婚・2人子を持ちながら、32歳で自死していた事を知る。村上春樹の小説に時々現れるテーマで、彼にトラウマがあるのか願望か。
 「品川猿の告白」は、言葉を覚えた猿が、女性を恋しくなると名前の1部を盗み(女性は自分の名前を忘れたりする)、その名を呼んで耐える、というストーリーである。荒唐無稽ながら、1種実感がある。
 書き下ろしの「一人称単数」では、バーで見知らぬ女性から酷く非難される。「恥を知りなさい」とまで言われて。僕たちも村上春樹の小説に期待する余り、むやみに非難する事は避けたい。
 でも村上春樹は、自身が言っていた、ドストエフスキー流の作家になれるのだろうか、長編小説に期待したい。


 三浦しをんの小説「愛なき世界」を読み了える。和田たんぽぽ読書会の9月例会(8月はお休み)の課題図書である。
 三浦しをんの小説は、同じくたんぽぽ読書会の課題図書「ののはな通信」を読み、先の4月11日の記事にアップした。



愛なき世界
 「愛なき世界」は、2018年初版、中央公論新社・刊。447ページ。
 大学院生で植物学の基礎を研究する本村(女性)に、洋食屋の店員・藤丸が好意を寄せる話を主ストーリーとする。
 本村と周囲の研究ぶりも、藤丸の職人根性も面白い。しかし藤丸の2回の告白を、本村は「植物の愛のない世界」が最優先と、断ってしまう。
 愛がgive&give&takeの事なら、自然には愛がある。しかし本村は、1部の現代女性と同じく、セックスレスの生活を送りたいのだろう。そこにも人間性はある。
 松田教授の若い頃の同輩・奥野の死への自責感を述べるくだりは、やや人情噺に傾く。
 三浦しをんが、科学研究に切り込んだ小説として、高く評価したい。


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