風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

その他

 マンガ誌「家庭サスペンス」vol.10上巻に載った、暁龍さんのマンガ、「昔なじみが人のダンナを足代わりにする件」を読み了える。
 今年2月28日の記事、暁龍さんのマンガ3作品以来である。
 スマホよりスクリーンショットをブログにアップしようと悪戦苦闘したが、ショットが撮れない。そこでやむなく、スマホの画面を写真に撮って、アップすることにした。

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 まず電子版「家庭サスペンス」vol.10上巻の表紙である。8作品を収める。特集は「ありえない!非常識な女」。
 48時間レンタルで300ポイントだが、僕は日を経てブログ記事にアップする必要もあり、永久500ポイントを使った。

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 暁龍さん(あかつきりゅうさん)のマンガ、「昔なじみが人のダンナを足代わりにする件」の扉である。
 彼女はプロ・マンガ家、ブログ「あんこと麦と」のブロガー、インスタグラマー等として、ご活躍である。
 作品の中身は、高級官僚を夫に持ち自慢の親友が、内実は困窮してトラブルを起こしても、懲りないストーリーである。これだけでもネタバレかと恐れるので、関心がおありの方は、電子マンガ・サイト(僕はRenta!を利用。Amazon Kindleに540円であります。)でご覧ください。
 タブレットにもダウンロードしたので、時間があれば、他の作品も読み通したい。



「ぱらぽっぽ」38号a
 今月12日の記事で到着を報せた、児童文学誌「ぱらぽっぽ」38号を読み了える。
概要
 概要めいた事を、リンク記事に書いたので、ご参照ください。
 ただ、現在の「ふくい児童文学会」会員は18名(昨年8月に宇野・Tさんが亡くなった)、また年度末ごと年刊の「ぱらぽっぽ」発刊の他、毎月、研修会と会報発行を続けている。
感想
 詩6編の内、代表・藤井さんの「うふふふふ」にのみ触れる。父親から「根性が曲がってるからやろ」と言われた息子が、辞書で「根性」を引いて嘆くが、母親は「あんたは素直ないい子や」と宥め、息子も慰められる、少年詩である。

 童話に入り、K・陽子さんの「おじさんとクロと ないしょのはなし」は、70歳の「おじさん」と飼い犬「クロ」は仲良しだったが、おじさんに「いじわる虫」が住み着いて、あまり構わなくなったけれども、「クロ」が気を引く仕草の果てに衰えた時、「おじさん」が優しさを取り戻すストーリーである。
 K・葉子さんの「カラス語がわかるといいね」は烏の言葉の意味を、子どもと曽祖母が想像する、常識とは違った世界である。
 K・希美枝さんの「オオカミくんとクマさんと」は、寂しがり屋のクマさんが、孤高派のオオカミくんを、コンサートに誘って親しくなる、老いの心にも優しい動物譚である。
 M・生子さんの「光が先に」は、大人の童話だろうか。縄文時代らしい設定に、兄・シブシと耳の聴こえない妹・キセ、兄の婚約者・ヨリの感情の縺れが、お互い優れた技術を発揮している内、兄妹の母親の助言もあって、解けるストーリーである。
 他の作品も含めて、常識を離れてみた、想像力を思いきり羽ばたかせた、世界である。
 触れられなかった作品と随筆、宇野さん追悼記事には、心残りである。



1月号
 今月26日の記事「入手した5冊」で報せた内、セブン新社「別冊家庭サスペンス」2019年1月号、3月号、4月号より、暁龍さんの3作品を読み了える。
 暁龍さんは、少女マンガ、主婦マンガを掲載の経験があり、
ブログ「あんこと麦と」で4コマ・マンガ・他を掲載中、改めてマンガ誌のオファーを受けたようだ。
 上の写真の1月号には、「炎上」32ページを載せる。SNSで活躍する若い主婦が、手ほどきをした知人主婦に、いいね!数で抜かれ、嫉妬のあまり妨害。暴走して夫は会社を退職、社宅を出る羽目になる。ネットでの競争も、程々にしないと。

3月号
 3月号には、「お前が言うな!」34ページを載せる。越して来た主婦が、ある主婦と知り合いになるが、子供たちを含めて、マナー違反が多い。飲酒して自転車に乗り、事故を起こして、引っ越して行ってしまう。
 僕もネット上でも、マナー違反に気を付けねば。

4月号
 4月号には、「街角」25ページを載せる。感動系の物語で、泣かされた。
 少し以前の作品で、最近は少し尖ったものを求められる、と述べていた。
 前の2作品の敵役にも、救いを残している。
 彼女のプロ魂を尊敬している。僕の詩と短歌はアマチュアであり、ブログを事情が悪いと休む日が稀にある。彼女は、プロ・マンガ家として活躍しながら、ブログを休んだ事がなく、InstagramやYouTubeにも新局面を見出だしている。




 僕の参加するブログランキングの1つに「日本ブログ村」があり、そのトラックバック・コミュニティ(通称、トラコミュ)の1つに「100冊会」がある。1冊を読み了えるたび、トラックバック記事を送り、年間100冊読了を目指して、お互いの励みにしよう、という機能である。
 昨年2017年の冊数は、その12月30日の記事
「年間183冊読了」にアップした。リンクより、2016年の冊数も確認できる。
 計算法は、月末の総数より、前月末の総数を引いて、算出した。

 全句集~小説集まで、収められた1冊の度に、カウントした。小説集では、1編の度に1冊とカウントした場合がある。
 以下に今年各月の読了数を挙げる。
1月・18冊、2月・14冊、3月・19冊、4月・22冊、
5月・20冊、6月・17冊、7月・22冊、8月・20冊、
9月・16冊、10月・22冊、11月・20冊、12月・15冊。

 波はあるが、合計225冊であり、目標の100冊を越え、念願の200冊越えを果たした。
 冊数が多ければ良い訳でなく、僕よりもっと多く読んでいる人も居る。しかし年間200冊を越えた事は、来年どうなるか判らないが、ともかく嬉しい。

 元旦は、記事更新を休む予定です。
 皆様、佳いお年をお迎えください。
 正月2日に、またお会いしましょう。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



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 WindowsのUpdate等の為、時間が少ないので、僕の蔵書の未読全歌集を挙げる。
 上段左より、「鈴木一念全歌集」、「吉植庄亮全歌集」、「太田水穂全歌集」、「佐藤佐太郎全歌集(生前版)」である。
 下段左より、「葛原妙子全歌集」「山崎放代全歌集」、「都築省吾全歌集」、「葛原繁全歌集」である。
 ここに載せていないが、存命の「福島泰樹全歌集(3冊本)」がある。
 既読の全歌集では、「斎藤茂吉全短歌(4冊本)」、「北原白秋全歌集(3冊)」、「若山牧水全歌集(Kindle版)」、「中城ふみ子全歌集」、「岸上大作全集」、「岡部文夫全歌集」、「春日井建全歌集」、「永井陽子全歌集」、「永田和宏作品集 Ⅰ(生前版)」、「岡井隆全歌集(生前版)」、それに「石川啄木全集」の歌集編、「宮柊二集」の歌集編、などがある。
 時めく歌人の「作品集」も何冊か買った。また「馬場あき子全集」の歌集編、「佐佐木幸綱の世界」の歌集編なども読んだが、皆売り払ってしまった。本当の全歌集が出て、機会が合えば買って読み直したい。


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 カレル・チャペックの戯曲「ロボット」を読み了える。
 同じ作者の小説「山椒魚戦争」(岩波文庫)、童話集「長い長いお医者さんの話」(岩波少年文庫)が蔵書にあるので、それらを楽しみとしたい。
概要
 カレル・チャペック(1890年~1938年)はチェコスロバキア(現・チェコ)のジャーナリスト、作家である。
 岩波文庫、2005年・14刷。千野栄一・訳。
 原著は、1920年・刊。
 人間より優秀で強力なロボットを作り出し、社長夫人の願いで博士がロボットに心を与える。当然のようにロボットは団結して人類に反抗し、わずかな人類を残して抹殺する。しかしロボットは約20年間で駄目になるため、ロボットは(また社長夫人が、発明者の手稿を燃やしてしまったので)製造会社で唯一の残った人間、建築士・アルクビストにロボット製造法を再現させようとするが成功しない。
感想
 人間より強力な機械はあり、人間より早く正確に計算するコンピューターはあった。しかしコンピューターがチェス、将棋、囲碁で人間より強くなり、プロ棋士でさえコンピューターに学ぶようになると、価値観が変化する。囲碁ソフト同士が対戦を繰り返し、更に学習して強くなる現在である。
 今より100年近く前、今に近い状態(電子機器の発達によって)のロボットを想定し得た事は、作家の頭脳が優れていたのだ。
 人間を補助するための電子機器なら良いが、連結して反抗を始める時が来るかと、怖れる者の僕は一人である。
 この戯曲は長編で、上演に適しているかどうか判らない。僕の読むところ、人類が滅びロボットも滅ぶ、暗黒物語である。



 今日2回目の記事更新です。
 小噺を1つ紹介する。

 この読書日記ブログ「風の庫」の記事のため、本を読む時には付箋紙を貼って行く。
 俳句、短歌、小説、その他を問わない。

 今は電子本には便利な機能があって、ハイライト(線引きのようなもの)が引け、メモを付記できる。しかし1部の電子本では、それが出来ない。
 それで、そういった本は、専用のノートに引用部と短いメモを書く。

 紙の本には、数を見つつ、付箋紙を貼って行く。
 付箋紙は安いものだろうが、僕は更に節約して、代用品を用いている。
 瓶入りの粒ガムをたくさん噛むので、その捨て紙が少なくなると、鋏で二つに切って使う。
 端を糊で重ねてある、その糊で、気になる個所に貼る。

 糊の力が弱く乾きやすいので、何かの拍子に外れる。
 また稀に、引用を終ったかと勘違いして剥がす。
 元の個所が判らないと、見付け出すのに四苦八苦する。見付けられなくて、新しい個所に貼る場合もある。


 代用付箋紙にシャープペンシルで(ボールペンは書きにくいので)小さくメモを書く時がある。さてブログを書こうとして、何が書いてあるか判らない。付箋紙には書きにくい本の段差だし、メモ用の紙でもない。なんとか1部より判じるか、諦めるしかない。

 まさに代用付箋紙で、時々襲う恐怖である。
 古い専用付箋紙が残っており、廉価なものだろうから、これからはケチらずにそれを使うとしよう。
 この記事を途中で1晩寝かせて、改心した。
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写真ACより、「ファンタジー」のイラスト1枚。


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