風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
 kindle版で540円(税込)、kindle unlimited版も発行しています。よろしくご購入をお願い致します。

短歌研究会

 11月16日(第3木曜日)に、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第40回を持った。
 
同・第39回は、先の10月12日の記事にアップした。
 9時半よりの予定の所、僕は9時10分に着いて、スマホよりツイートを読んでいた。9時20分にはTさんとMさんが現われ、歌誌の貸し借り、返却のあと、研究会A第40回を始めた。
 研究会Aは、各自の詠草の検討である。
Mさんの10首より。
 「ひと絞りして」→「ひと絞りする」と、述語を決着させるよう、僕とTさんが奨める。「南無阿弥陀仏と」→「称名唱へ」にするよう、Tさんが奨める。「心平たく」→「心落ち着け」にするよう、僕が奨める。「風がなぎ」→「風が凪ぎ」と漢字にするよう、僕が奨める。
 「色鮮やけし」→「色の艶めく」に抑えるよう、僕が奨める。「余燼のごとき蟋蟀の鳴く」の「ごとき」→「ごとく」に直すよう、僕が奨める。「焼鉄のごとき畦の草紅葉」の「ごとき畦の」が字足らずなので、「ごとき堤の」に直すよう奨めて、Mさんの了解を得た。
Tさんの12首より。

 「南風ほど良い加減に吹き渡り」→「ほどの良い加減に南風(はえ)は吹き渡り」を、僕が奨める。「預けてしまおう」は、旧仮名で「しまはう」だろう。「初々しかり」の結句を、3人であれこれ捜したが、「初々しけれ」くらいしか浮かばなかった。
 「早死にの」→「早逝の」に直すよう、僕が奨める。「今日を仕舞へり」を、参考別案より採って、「今日を仕舞ふか」にするよう、僕が奨める。
僕の10首より。
 「歌を書く」→「歌を詠む」に直すよう、Mさんが奨める。2句3句「コインランドリーより戻る」→「コインランドリー済ませ来る」に直そうと、自分で思う。同じ歌の「月九ドラマ」が、2人に判らないようだった。
 「四皿のお菜を昼に完食す冷蔵庫内あまりもの美味」は、「四皿のお菜を昼に温めて冷蔵庫内のこりもの美味」に、2人の意見を聞いて直した。
 そのあと、僕の今期1ヶ月の50余首を2人に読んでもらって、考えを聞いた。
 10時半頃に研究会が済み、次回の日程を決めて散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」の「桃太郎」より、鬼のイラスト1枚。



 10月27日の午前9時半、メンバー3人が喫茶店の隅で、短歌研究会B第20回を持った。
 同・第19回は、先の9月28日の記事にアップした。
 まず歌誌・歌集の貸し借り、返却をして、しばらく話したあと研究会に入った。
 研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 前回で歌集「晩夏」を了えていたので、第5歌集「日本挽歌」(1953年、創元社・刊。306首)に入る。
 主な話題となった所を挙げる。
「雨となる午後」の章
 「悔しけど」の歌、「永遠の諦めも現実に随ふと為(せ)ん」の「も」は他の何を指すか、Tさんが問う。僕は「生活も」だろうと思う、と述べた。
 「つらなめて」の歌の、初句「つらなめて」は、「列並めて」の漢字にあたる。また結句の「揺ぐ」は、「ゆらぐ」と読むのだろう。
 「旅にきて豊年まつりのうたきけり歓ぶこゑの身に沁むものを」の歌は、宮柊二が書店の子で、東京に出奔して、農業の経験が無い上での、感慨だろう。

「孤独」の章
 「冬ふかむひかりとおもふ道の上に俄にあらき凹凸見えて」の「ひかり」は、街灯の光か、とTさんが問う。僕は日光だと思っていた。「俄に…見えて」から、当時まだ少なかったであろう、街灯の光だろうという事になった。
 結句の「凹凸」は(でこぼこ)ではなく、(おうとつ)と読むのだろう、と僕とMさんの意見が一致した。
 この所104ページ、10時半頃で僕が腰痛のため、ギブアップした。次の短歌研究会Aの日程を決め、40分頃に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」の「桃太郎」より、きび団子のイラスト1枚。



 

 10月11日(第2水曜日)に、短歌研究会A第39回が持たれた。
 
同・第38回は、先の9月19日付けの記事にアップした。
 メンバー3人が朝9時半より、喫茶店の1隅に集まって、研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 僕が先に来て、モーニングセットを食べる所だったので、先ず2人に僕の今期1ヶ月の詠草、70首余を読んで貰い、良いと思う歌の頭にチェックを入れて貰った。
 歌誌・歌集の貸し借り、返却のあと、検討に入る。
Mさんの10首より。
 1首目。「籾殻を焼きし煙は…青空に消ゆ」は、「し」が過去を表わすので、「焼ける煙は」に直すよう、僕が奨めた。
 2首目、「けふ一日晴れの予報の聞く朝をならはしのごと籾殻を焼く」は、「予報を聞く朝に秋の例しの…」に直すよう、Tさんと僕が奨めた。
 7首目。中・下句「芒穂は雲を掃くごと揺れる暮れ方」は「芒穂が」に直すよう僕が奨め、「揺るる」の古典文法に直すかは、本人の検討となった。
Tさんの7首より。
 2首目、「優れる」を「まされる」と読んでほしいようだが、「すぐれる」とも読まれるので、ルビを振るかの方法を教唆した。

 3首目の結句、「麦を蒔こうよ」は、「蒔かうよ」とどちらが正しいか、3人とも判らなかった。
僕の10首より。
 1首目、「溜め息し…妻は告げたり」の初句は、「溜め息に」と直したら、とTさんが奨めたが、不自然なようで断った。
 5首目、下句の「私は駄目とわれに食わせる」は、自分で「われに食べさす」と直したが、2人は元の句も良い、という意見だった。
 検討を了え、僕のタブレットよりKindle本の歌集、Amazon Photosの花の写真、改良したモバイル版ブログ画面を観てもらった。
 次の研究会Bの日程を決め、11時に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「浦島太郎」のイラスト1枚。





 9月27日(水曜日)の午前9時半に、メンバー3人が喫茶店の1隅に集まって、短歌研究会B第19回を持った。
 
同B・第18回は、先の8月31日の記事にアップした。
 まず歌誌等の貸し借り、返却をし、Tさんの発案だった、岩波文庫「土屋文明歌集」(僕がアマゾン・マーケットプレイスで3冊を買った)を、それぞれ2人に渡し、代金を受け取った。
 研究会Bは、まず岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みに入る。
 第4歌集「晩夏」の、前回に継ぎ「しぐれ降る」の章(93ページ)より。
 「文学に殉(したが)ふごとく言ふ聡(さと)さ淋しきときに憶ひゐにけり」、「おぼろなる行為なしつつ移りゆく一群も思想を表白せよ」の2首は、時代を隔てて判然としないが、一時は激しかったものの次第に後退してゆく日本戦後文学(文学の戦争責任論を含めて)を指すのだろうか。
 「停年にいたりし彼を迎ふるは老妻(おいづま)ひとりと無限悲哀感」と詠むけれど、僕は定年の時に妻とお祝いをし買い物をしてもらい、再任用職も辞めたあとにはストレスからの解放感があった。
 「階段の途中にて窓にわれは寄る鷗乱るる空脆く見え」の歌などが、宮柊二の歌として、当時の最も優れた境地だと、僕は思う。

 「犬と鳩と」の章に入る。「ふぐり下げ歩道を赤き犬はゆく帽深きニイチエはその後(あと)を行く」の下句は、幻視か詩的真実か。
 「若き面(おも)(やつ)るるまでに確かなる意味を言ひたく言ひがたきらし」は、青年が思いは確かだが適切な言葉を持たない焦燥らしい。
 「生(いき)の上(へ)に深くかたみにきずつけば輝くといふ未来恋(こほ)しも」の、「かたみに」は「妻と互いに」と取り、「恋しも」は確実に早く豊かな時代が来てほしい、という希望だっただろう。
 「心弱れば」の章に入る。「熱くなる土としおもふ五月二十八日松葉牡丹を越ゆる蟻あり」のリアリズムと、次の「晩春の何かしづけくもの悲しき昼ありしかな記憶に生きて」の心象との振幅の大きさに、生の困難を見る。
 「梅雨どき」の章では、朝鮮戦争の時期に、自分が従軍した苦しみを忘れられない事を描いているようだ。これで歌集「晩夏」を終える(98ページ)。
 次回の短歌研究会Aの日程を決め、10時45分頃に散会した。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



 8月の短歌研究会Aは、都合により休止となったが、9月18日(敬老の日の休日)の午後1時半より、メンバー3人がある喫茶店の1隅に集まって、第38回が持たれた。
 
同・第37回は、7月15日の記事にアップした。
 短歌研究会Aは、各自の詠草の検討である。
 Mさんの12首より。中・下句の「葉の上を青き毛虫が生命密むる」を「葉の上に…密みゐる朝」に直すよう、Tさんと僕が奨めた。下区の「人参の芽の青あをと立つ」の「立つ」は本人も気にしていて、僕は「青あをと出づ」くらいでどうかと奨めた。結句「吾にもやさしき」は「吾にもやさし」で良いだろう、という事になった。
 Tさんの15首より。上句「興福寺五重塔が」が重いようだと本人が言うので、Mさんと僕が「旅を来て」に直すよう、一致して奨めた。下句より「湯にゐて」との「て」の重なりは、「湯にひたり」とTさん自身が直した。「神さびて見ゆ」は、「神寂びて見ゆ」の方が、緩やかな表し方のようだ。上句の「独り言のやうに父は」は、2句が字足らずなので、「やうにも父は」と誤魔化すよう僕が奨めた。3句4句が「舞ふ鷺の群れにと降りる」は、紛らわしいので「舞ふ鷺が」と主語である事を明示するよう、僕が奨めた。16首目の結句「今夜を読まむ」がわかりにくいと僕が言った所、自身が「今夜は読まむ」と直した。
 僕の10首より。「明らかに抜け毛少なきこの頃やわが頭髪に秋は来たりぬ」は、秋が来て抜け毛が少なくなった喜びの歌だが、「頭髪が薄い」ように2人に受け取られて、没。初句「ブロ友は」の「ブロ友」はブログ上の友人の事だが、ブログの世界で通っているか、2人にはわからなかった。
 あと、今期の僕の45首程を、2人に読んでもらって、感想をもらった。
 短歌研究会Bで、「土屋文明歌集」も読みたいとTさんが言うので、僕がネットより岩波文庫版を探す事になった。
 次回の日程を決め、3時頃に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「ピノキオ」のイラスト1枚。


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