風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

短歌研究会

 1月30日(第5水曜日)午前9時半に、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会B第30回を持った。
 
同・第29回は、昨年11月29日に持ち、12月1日の記事にアップした。
 早目に来た僕が、ブレンドコーヒーのモーニングセットを摂りおえる頃、MさんとTさんが現われた。2人とも注文して、大量の歌誌の貸し借り、返却をした。僕は歌誌「覇王樹」2月号を、まだ読んでいないため、2人に僕の歌を読んでもらうだけにした。またある2人の歌人の歌稿、ダウンロードした短歌集プリントなどを、2人に読んでもらった。歌稿は回収して、後に家で廃棄した。
 12月の研究会Bは、歳末近くで忙しいだろうとスルーしたので、約2ヶ月ぶりである。

 短歌研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 第6歌集「多く夜の歌」(1961年、白玉書房・刊)分の、146ページより。
「黒き山」の章より。
 夜間の飛行機からの眺めである。初めの「昇りつく」の歌の「呎」は「フィート」である。僕が推測して、電子辞書で確認してあった。
 中下句「月白くかがやくを見る物体として」の結句は、感情移入のない、冷静な観かたである。
 初句2句「密雲の間(ひま)に聳(た)ちつつ」の「聳つ」の読ませ方は珍しい。
「北辺行」の章より。
 北海道旅行詠である。歌人として、先の章と共に、歌会、講演などに招かれて、旅が多かったのだろう。
 章題は「ほくへんこう」と読むのだろうと、3人で推測した。
 下句「白波寂し潮けぶりして」は、結句で決めている。
 2句~4句が「陸に直入せん際(きは)の雁の羽音(はおと)の」は、2句から3句にかけて、句跨りである。
 昭和三十五年に入る。

「二月まで」の節より。
 「野火止(のびどめ)の寺の厨を流れつつ春の引水(ひきみづ)せせらぐものを」の1首、初句の「の」は、主語を示す「の」だとTさんが指摘し、それならとMさんと僕は納得した。

 149ページまでで、僕の臀部痛もあり、ここで仕舞う事にした。次回の日程を決め、10時半過ぎに散会した。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



 1月18日(第3金曜日)の午前9時半、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第52回を持った。
 昨年12月19日の記事、
同・第51回に次ぐ。リンクより、過去の研究会Aへの記事へ遡り得る。
 昨年12月末は忙しいだろうという事で、研究会Bをパスしたので、約1ヶ月ぶりの顔合わせである。
 僕はブレンドコーヒーのモーニングセットを、2人はアメリカンコーヒーのモーニングセットを摂った。モーニングサービスには、セルフのサラダとスープが放題だったけれども、3人は摂らなかった。食事をしながら、歌誌等の貸し借り、返却をする。

 短歌研究会Aは、各自の詠草の検討会である。
Mさんの10首より。
 5首めの初句2句「黄櫨の木のむかうの坂に」の初句を、「黄櫨の立つ」に直す事を僕が提案した。
 8首めの4句「屠蘇と供へて」を、Tさんが「お神酒を供へ」に直す事を提案したが、Mさん自身の判断で「遺影に供へ」にする事で決着した。他に何ヶ所か。
Tさんの9首より。
 1首めの上句「良きことが一つあればそれでいい」を、「良きことの一つがあれば」と直すよう、僕が提案した。
 8首目の上句「塩鮭にも少し塩を振りて焼く」を、「塩鮭に少しの塩を」と直すよう、僕とMさんが提案した。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 9首めの下句「冬を越えよう睦月半ばに」は無理があるので、結句「睦月の半ば」に直すよう、Tさんに提案されて、受け入れる。
 10首めの初句「年初の」の座りが悪いので、「年初め」に直すよう、2人から提案されて受け入れる。他に何ヶ所か。


 検討会のあと、僕の今期80首程を2人に読んでもらい、感想を貰った。
 思わず熱が入って、11時半近くになった。次回の日程を決め散会した。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




 12月18日(第3火曜日)朝9時半に、メンバー3人が喫茶店に集まり、短歌研究会A第51回を持った。
 先の11月17日の記事、
同・第50回に次ぐ。
 MさんとTさんはアメリカンコーヒーのモーニングセット、僕はブレンドコーヒーのモーニングセットを頼んだ。セットの来る前に、歌誌の貸し借り、新号の見せ合い(所持者がまだ読み了えていないため)をした。セットを食べつつ近況報告。

 そのあと研究会に入る。研究会Aは、お互いの詠草の検討である。
Mさんの8首より。
 中下句「茜雲に突き刺すごとくかりがね渡る」の3句を「茜雲を」にするか、4句を「突き入るごとく」にするよう、僕が提案した。
 初句「娘を訪はば」を「娘を訪へば」にするよう、Tさんが奨めた。他に何点か。
Tさんの9首より。
 3、4句「山茶花のその真白きの」は「の」が続くので、「真白きが」を提案する。後に「真白きは」が良いと気づく。
 2句「まだ陽のある」が字足らずなので、「まだ陽の残る」を提案して、納得して貰えたようだ。他に何点か。
僕の10首より。
 中句下句「出掛けたが眠っていてくれた五時間」の4句が字足らずとの指摘を受けた。後に自分で「出掛ければ眠ってくれた五時間ちかく」と推敲してみた。
 上中句「かの人は一ヶ月余ぶり更新の」の2句を「ひと月余ぶり」にするよう、Tさんが奨めた。その場では反発したが、「かの人は」と和語で始まっているので、提案通りの方が良い、と後に思い直した。他に何点か。


 検討を了え、僕の今期1ヶ月分の詠草、50首程を2人に読んで貰い、感想を貰った。
 12月の研究会B(岩波文庫「宮柊二歌集」の読み込み)は、忙しくなるので1回休む事にして、1月の短歌研究会Aの日程を決め、11時頃に散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。



 

 先の11月29日(木曜日)の午前9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会B第29回を持った。
 前回は先の11月1日の記事、
「短歌研究会のお食事会」にアップした。
 僕はブレンドコーヒーのモーニングセット、Mさんはアメリカンコーヒーのモーニングセット、Tさんはアメリカンコーヒーを注文した。歌誌の貸し借り、返却をして、食を済ます。
 短歌研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 今回は、歌集「多く夜の歌」昭和33年の、「重い光」の章(141ページ)よりである。
「重い光」の章
 初めの歌の中下句「戦後倚りて生き得し机の埃を拭かん」は、文筆によって得た収入を指すだろうと意見が一致した。
 次の歌の結句「歩みをり孤(ひと)り」の倒置は、作者の強い拘りがあったのだろう。
「阿蘇」の節(142ページ)
 初めの歌の「阿蘇谷(あそだに)の一千町歩」は、田圃の事ではなく、草原を指すのだろうか。続いて田圃の歌があるので、はっきりとわからない。
 次の歌「有明(ありあけ)の湾より誘ひ鴨獲(と)ると冬田に水を湖(うみ)のごと張る」の獲り方は、器械発射の投網だろうかと、推測した。
 昭和34年に入る。
「正月の星」の節
 3首目の中下句「充ち足れる平和のごともうらがなしきを」は「悲しい」ではなく、古語の「かなし」の意だろう。
「半歳」の章

 章の名の意が、2首目に出て来る末っ子「夏実さん」が半歳だったのか、半年間の意なのか、3人にはわからなかった。
 「石垣の石すきまなく積まれたるその堅固さよ恥のごとしも」の石垣を、僕は城壁しか思い浮かばなくて、「恥」の意がわからなかった。Tさんが、垣根に石を積んだのだろうと言い、僕もそれなら有り得ると思った。
「父最期」の章(145ページ)
 「わが膝の上に抱(いだ)かれ息を引く父を見守る家族十一人」は、幸せな逝き方だと、女性2人は納得し合っていた。
 この章の終わり(146ページ初め)で、かなり進んだので、今回の研究会を締める事にした。
 次回の日程を決め、10時半過ぎに散会した。
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写真ACより、「ケーキ」のイラスト1枚。

 

 11月16日(金曜日)の朝9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第50回を持った。記念すべき第50回目を、僕の詠草に題してあったが、その場では忘れていて、後にメールで祝い合った。
 先の10月19日の記事、
同・第49回に次ぐ。
 歌誌の貸し借り、返却をし、研究会に入る。研究会Aは、お互いの詠草の検討である。

Mさんの11首より。

 10首目の上句「ハロウインと雖も詮のなきことと」の2、3句を「雖も静かなわが家なれ」に直すよう、Tさんが奨めた。
 11首目の上句「泣く弟に田の水飲ませし時代あり」を、判りにくいので「渇き泣く弟に田の水飲ませにき」に直すよう、僕が奨めた。他に何ヶ所か。
Tさんの10首より。
 3首目の2、3句「風に揺るるコスモスの」の2句が字足らずなので「風に揺れゐる」に直すよう、僕が奨めた。
 9首目の4句「心踊りよ」を、心の事なので「心躍りよ」に直すよう、僕が奨めた。他に何ヶ所か。
僕の10首より。
 4首目の下句「店にて妻が買う心はや」は、僕だけのために買ってくれている事がわからない、との指摘が2人よりあった。
 6首目の上句「パソコンに『非常階段』書きさして」は判りにくいので「『非常階段』と書きさして」とする所だった。他に何ヶ所か。

 検討会のあと、僕の今期1ヶ月の詠草、70首程を2人に読んでもらい、感想をもらった。
 次回の日程を決め、11時頃に散会した。
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写真ACより、「フード&ドリンク」のイラスト1枚。


 メンバー3人の短歌研究会(実は僕が「みどりの会」と命名したが、ほとんど使われていない)のB第28回を兼ねて、お食事会を持った。50回目近い同Aの予祝である。ハロウィンは、誰も意識していなかった。
 9月28日の記事、
同B・第27回に次ぐ。
 場所は市内の、豆腐料理を主とした和食料理店、「梅の花」。日時は10月31日午前11時より。
 メンバー3人が、6客室に案内されて、料理を決める。湯豆腐を中心としたコースに、松茸土瓶蒸しを加えたセットとする。3人とも、車で来ているので、アルコールはなし。時間が1時間半という事で、11時半まで研究会、それより食事とする。
 歌誌の貸し借り返却、アンソロジー詩集の贈呈などの後、短歌研究会B、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みに入る。歌集「多く夜の歌」より、昭和33年、「年始に」「春の雪きて」の章(140、141ページ)のみとなる。
 料理は美味しく、僕が懸念した湯葉料理も美味しく食べられた。土瓶蒸しの贅沢も味わった。
 料理を待つ間など、ゆったり話を交した。
 デザートをおえて、大男の僕も、腹一杯だった。3人で、来年もこのような食事会を持ちたい、と話し合った。
 12時半を少し越えていたので、退室し(僕はジャンパーを忘れそうになり、Tさんに注意された)、会計へ。Tさんがいったんまとめて払い、あとで3人で完全割り勘とした。次回の日程を決め、散会した。
 来る時には、僕は2度、道を間違えたが、帰途はまっすぐ帰った。
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写真ACより、「乗り物イラスト」の1枚。



 10月18日(木曜日)の午前、事情により通常とは1時間遅れの10時半より、メンバー3人が喫茶店に集まって、短歌研究会A第49回を持った。同・第48回は、先の9月19日の記事にアップした。
 3人とも定刻前に集まり、本の貸し借り返却のあと、注文品の来る前に、お互いの詠草の検討に入った。
Mさんの9首より。
 3首目の「今年また曼珠沙華咲く頃となり幾人逝きし寂し身めぐり」を、「今年また曼珠沙華咲く頃となる幾人逝きて寂し身めぐり」にするよう、2人が奨めた。
 4首目の下句「鵯の濁声不意に鳴き出づ」を倒置して、「不意に鳴き出づる鵯の濁声」にするよう、Tさんが奨めた。
 9首目の「夕餉には秋刀魚を焼かむと庭に出で青き蜜柑を爪立ちて摘む」を、「夕餉には秋刀魚を焼かむ庭に出で青き蜜柑を爪立ちて採る」にするよう、2人が奨めた。
Tさんの8首より。
 2首目の上・中句「雑言に盛り上がりて帰るさの」を、「雑言に盛り上がりての帰るさの」にするか、僕が奨めた。
 7首目の上・中句「山中でふいに聞こえし人声に」の2句を、「聞こゆる」にするか、Tさんの勘案に任せる事になった。
僕の10首より。
 4首目の「競争しいいね!を付けていた人の去ったブログにマークを付ける」は、内容と共に、読み方も拙く、わかりにくいようだった。
 6首目の上・中句「金曜日早寝の妻は侘びしいな」の2句を「妻の早寝は」にするよう、Tさんに奨められ、僕も納得した。


 その後、今期1ヶ月の僕の詠草、80首程を2人に読んでもらい、感想をもらった。
 意外と早く済み、次回の予定を決めて、11時半過ぎに散会した。
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写真ACより、「フルーツ」のイラスト1枚。


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