風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケ(ハンドル名)が、この10月17日付けで、AmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)を発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 再任用・リタイア前後の、庶民の日々の悲喜哀歓を綴った4章48編と、巻末に哲学風小連作・2章7編を収めます。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 詩集 日々のソネット」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。
 また、ブログの右サイドバーの上部、アクセスカウンターの下に、Amazonアソシエイトのリンク画像「あなたへ詩集をAmazonで」を貼りましたので、画像をクリックしてくだされば、購入サイトへ飛びます。
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 10月27日の午前9時半、メンバー3人が喫茶店の隅で、短歌研究会B第20回を持った。
 同・第19回は、先の9月28日の記事にアップした。
 まず歌誌・歌集の貸し借り、返却をして、しばらく話したあと研究会に入った。
 研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 前回で歌集「晩夏」を了えていたので、第5歌集「日本挽歌」(1953年、創元社・刊。306首)に入る。
 主な話題となった所を挙げる。
「雨となる午後」の章
 「悔しけど」の歌、「永遠の諦めも現実に随ふと為(せ)ん」の「も」は他の何を指すか、Tさんが問う。僕は「生活も」だろうと思う、と述べた。
 「つらなめて」の歌の、初句「つらなめて」は、「列並めて」の漢字にあたる。また結句の「揺ぐ」は、「ゆらぐ」と読むのだろう。
 「旅にきて豊年まつりのうたきけり歓ぶこゑの身に沁むものを」の歌は、宮柊二が書店の子で、東京に出奔して、農業の経験が無い上での、感慨だろう。

「孤独」の章
 「冬ふかむひかりとおもふ道の上に俄にあらき凹凸見えて」の「ひかり」は、街灯の光か、とTさんが問う。僕は日光だと思っていた。「俄に…見えて」から、当時まだ少なかったであろう、街灯の光だろうという事になった。
 結句の「凹凸」は(でこぼこ)ではなく、(おうとつ)と読むのだろう、と僕とMさんの意見が一致した。
 この所104ページ、10時半頃で僕が腰痛のため、ギブアップした。次の短歌研究会Aの日程を決め、40分頃に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」の「桃太郎」より、きび団子のイラスト1枚。



 

 9月27日(水曜日)の午前9時半に、メンバー3人が喫茶店の1隅に集まって、短歌研究会B第19回を持った。
 
同B・第18回は、先の8月31日の記事にアップした。
 まず歌誌等の貸し借り、返却をし、Tさんの発案だった、岩波文庫「土屋文明歌集」(僕がアマゾン・マーケットプレイスで3冊を買った)を、それぞれ2人に渡し、代金を受け取った。
 研究会Bは、まず岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みに入る。
 第4歌集「晩夏」の、前回に継ぎ「しぐれ降る」の章(93ページ)より。
 「文学に殉(したが)ふごとく言ふ聡(さと)さ淋しきときに憶ひゐにけり」、「おぼろなる行為なしつつ移りゆく一群も思想を表白せよ」の2首は、時代を隔てて判然としないが、一時は激しかったものの次第に後退してゆく日本戦後文学(文学の戦争責任論を含めて)を指すのだろうか。
 「停年にいたりし彼を迎ふるは老妻(おいづま)ひとりと無限悲哀感」と詠むけれど、僕は定年の時に妻とお祝いをし買い物をしてもらい、再任用職も辞めたあとにはストレスからの解放感があった。
 「階段の途中にて窓にわれは寄る鷗乱るる空脆く見え」の歌などが、宮柊二の歌として、当時の最も優れた境地だと、僕は思う。

 「犬と鳩と」の章に入る。「ふぐり下げ歩道を赤き犬はゆく帽深きニイチエはその後(あと)を行く」の下句は、幻視か詩的真実か。
 「若き面(おも)(やつ)るるまでに確かなる意味を言ひたく言ひがたきらし」は、青年が思いは確かだが適切な言葉を持たない焦燥らしい。
 「生(いき)の上(へ)に深くかたみにきずつけば輝くといふ未来恋(こほ)しも」の、「かたみに」は「妻と互いに」と取り、「恋しも」は確実に早く豊かな時代が来てほしい、という希望だっただろう。
 「心弱れば」の章に入る。「熱くなる土としおもふ五月二十八日松葉牡丹を越ゆる蟻あり」のリアリズムと、次の「晩春の何かしづけくもの悲しき昼ありしかな記憶に生きて」の心象との振幅の大きさに、生の困難を見る。
 「梅雨どき」の章では、朝鮮戦争の時期に、自分が従軍した苦しみを忘れられない事を描いているようだ。これで歌集「晩夏」を終える(98ページ)。
 次回の短歌研究会Aの日程を決め、10時45分頃に散会した。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。



 8月30日(水曜日)の午前9時半より、メンバー3人が、ある喫茶店の1隅に集まって、短歌研究会B第18回を持った。
 
同B・第17回は、先の7月31日の記事にアップした。
 なお2つの間に、同・A(お互いの詠草の検討会)第38回を、8月16日に予定していたが、メンバーの都合が難しくなり、中止となった。
 メンバー3人は、1ヶ月ぶりの再会を喜び合った。歌誌などの貸し借りをする。
 研究会・Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の、読み込みである。
 第4歌集「晩夏」の、「春さきのころ」の章(89ページ)より、前回に続いて。
 「幼子のこころにおかむ寂しさは何ならむこよひ早く眠りたり」の第4句は、「何ならむ/こよひ」の句割れであり、結句と共に字余りである。その前の歌と共に、子供に向ける思いが優しい。
 「悲しみといふほどならずかがやきて永き一日(ひとひ)の空にゐる雲」では、僕は雲を悲しく思いそうだと取ったが、他の2人は別に悲しみがあって、空には雲がある、と取ったのだった。
 「行春(ゆくはる)の銀座の雨に来て佇てり韃靼人セミヨーンのごときおもひぞ」の4句は、字余りの句として有名である。セミヨーンとは、ガルシンの小説「紅い花」の主人公、線路番のセミョーンの事とされる。
 「山鳩のこゑ」の章(91ページ)に入る。「惨たる戦争態(せんさうたい)の来(きた)らむを知らざりし殉死の将軍かなし」の将軍が誰か、わからない。乃木将軍では時代が合わず、1943年に戦死した山本五十六・元帥を、殉死と詠んだか。
 「晩夏」の章(92ページ)末、「七夕ののちの夜の月ふけて照る花圃に静けし芥子の坊主も」の2句3句は、「のちの夜更けの照る月に」であって、ずるいなあと思う。先師を批判しても始まらない、と3人の話が一致した。
 次の研究会の予定を決め、11時頃に散会した。
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写真ACの「童話キャラクター」より、「シンデレラ姫」の1枚。



 7月30日(第5日曜日)の朝9時半に、メンバー3人がある喫茶店の1隅に集まり、短歌研究会B第17回を持った。
 
同・第16回は、今月1日の記事にアップした。
 研究会の前に、少し早く来た僕は、かき氷のレモンを食べていた。やって来た2人は、アイス菓子とアイスコーヒーを摂った。歌誌の貸し借り、返却をする。
 研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の、読み込みである。
 前回に続き、歌集「晩夏」の「砂光る」の章(86ページ)の初めより。
 1首目の「重ねこし両手(もろて)を解きて椅子を立つ判決放送の終りたるゆゑ」の初句、なぜ「重ねゐし」ではないのかと、Tさんが問う。(「判決放送」は、1948年の「極東軍事裁判所」のA級戦犯への判決である)。もっともな問いであるけれど、時間が長く、作者の思い入れが強かったのだろう。
 次の「廿五名の運命をききし日の夕べ暫く静かにひとり居りたし」の下句は、他人とは違う感慨があり、それに耐えている思い、と僕は読んだ。物思いを整理するため、という意見があった。
 「砂光る」の初めは、思いをはっきり言う事が憚られるため、「回り持って言う」点があると、Mさんは述べた。
 「をさな子二人」の節では、「吸殻を灰にうづめぬ平(なら)されて」の歌は、判決放送より平静を取り戻したかに思える。
 「するどき音」の章では、「禱るがに秘めて耐へこし一つごと妻居らぬ部屋に座りてゐたり」の秘め事は、従軍に関わる事、大事な事だろう、と推測した。
 「わが胸に住む兇暴の鴉らが西に東に漂泊(さまよ)ひて鳴く」、「翼(はね)搏ちて荒寥と空に鳴きあぐるまがつ鳥鴉を胸ふかく飼ふ」の2首に、他のメンバー2人が共感を示した。
 この章を了え(89ページ)、10時半過ぎながら、研究会を仕舞った。次の研究会の日程を決め、散会した。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


 昨日(6月30日、金曜日)にメンバー3人が、朝9時半に喫茶店の1隅に集まって、短歌研究会B第16回を持った。
 
同・第15回は、先の6月4日の記事にアップした。
 短歌研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 前回に続き、歌集「晩夏」の「白梅紅梅」の章の、4首目から(81ページ)。
 「屈竭(くつかつ)のこころ放ちて仰ぐらく」という上句の「屈竭」がわからない。「竭」の字は漢和辞典で探せるが、意味がよくわからなく、「渇に通じる」だろうか。思いが渇き屈している意か。
 「梅の園尽きむとしつつ草の上(へ)に羞ぢらふごとく白(しろ)散りて来つ」の「羞ぢらふごとく」の比喩は、白い小さい清楚な花の散りようを指すだろう。
 「うつうつと汗ばむ吾が身」という上句の「うつうつと」は、「うとうとと」の意味である。
 「昨夜(よべ)ふかく酒に乱れて帰りこしわれに喚(わめ)きし妻は何者」は、奥さんの英子さんが夫の深酒に喚いた事はない、と証言しており、宮柊二も「詩的真実」と認めていたらしい。
 「おもおもと空の曇りの退(ひ)きし門(かど)向日葵に夕べあきつ集る」の初句の「おもおもと」は辞典になかったが、「重々しく」の意で、「退きし」に掛かるのだろう。
 上句が「雨ののちのぼれる月の照れれども」の「照れれども」の後の「れ」は、完了の助動詞「り」の已然形である。
 1時間が過ぎた10時半頃、Mさんが僕の腰痛の具合を訊いてくれ、切り上げる事にした。貸し借りの本を返し、Tさんが先輩の歌集を、Mさんが収穫したたくさんの李を、僕に下さった。僕はタブレットより、最近の花の写真と、Amazon Kindleに収めた歌集を、説明した。
 次の会の日程を決め、10時45分頃に散会した。
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写真ACより、「お花屋さん」のイラスト1枚。


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