風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。
 次回の無料キャンペーンを、9月初め頃に予定しています。

詩の催し

 詩人・岡崎純氏が死去されてちょうど1年、2017年6月10日(第2日曜日)、第1回・忌祭「蝸牛忌」が執り行われた。
 僕にも案内が来て、腰弱のため墓参は失礼し、午後の「集い」にのみ参加する旨、世話役の金田久璋さんへ電話で伝えてあった。

 岡崎純氏は、詩の活躍で数々の賞を受賞しただけでなく、詩誌「木立ち」、「角」の同人として詩誌を盛り上げた。
 また1985年の「福井県詩人懇話会」発足より、初代代表として、その人徳で25年間、会をまとめて来た功績が大きい。
 個人的にも、僕の第1詩集「みだれた足跡」に長文の跋文を頂くなど他、親しくお世話になった。

 僕は6月9日の夜、案内書、電車の時刻をメモした手帳、電車で読む本、等を枕頭に用意し、衣服も用意した。
 しかし10日の目覚めに、起き上がろうとすると、左足の脹脛に違和感があった。違和感は激しい痛みとなり、歩くに足を引きずり、階段は両手を付いて1段ずつしか上られなかった。腱というか靭帯というか、痛めたらしい。
 ここで敦賀市での「蝸牛忌」参加を断念した。詩人懇話会事務局長の千葉晃弘さんへ電話し、以上の事情で参加を出来ない旨、伝えておいた。

 ここにつたない1記事を書き、恩徳を偲び、追悼とする。
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写真ACより、「蓮の白花」の写真1枚。




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 3月17日(土曜日)の午後1時半~4時半の予定で、ビル「はぴりん」の1室にて、福井県詩人懇話会・主催の「第37回 会員の詩書を祝う会」が持たれた。
 「詩の催し」として、昨年11月20日の記事
「2017ふくい詩祭」以来である。
 参加者は、事務局に拠ると22名。
 K・不二夫さんの総合司会のもと、福井県詩人懇話会・代表のW・本爾さんが、1編の詩、1冊の詩集に込めた、作者の想いを聞きたい、と挨拶して詩書を祝う会に入った。
 今回に取り上げるのは、F・則行さんの詩文集「花の語るらく」、A・比佐江さんの詩集「一枚の葉」、M・幸雄さんの詩集「弐楽半のうた」の、3冊である。
 F・則行さんにN・昌弘さんがインタビュー、A・比佐江さんにI・信夫さんがインタビュー、M・幸雄さんにS・周一さんがインタビュー。
 それぞれ、詩集の抄出等のプリントを前以って配り、熱の入った対話となった。各書ごとに、参加者からの発言もあった。
 内容は、詩人懇話会・会報等に載るだろう。
 最後にインタビュアーから詩人への花束贈呈があり、3組まとめての記念写真を撮った。
 懇話会・副代表の、S・周一さんの閉会挨拶で、ほぼ4時半頃に祝う会を了えた。
 なお僕は会場で、A・比佐江さんより詩集「一枚の葉」を頂いたので、後日、ここで紹介したい。


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 11月19日(第3日曜日)午後1時半より、Aossaビルのウェルアオッサに、事務局に拠ると59名が集まり、「2017ふくい詩祭」が催された。詩の催しの記事として、先の10月8日の、第12回苜蓿忌に次ぐ。
 福井県詩人懇話会・副代表の金田久璋さんの総合司会のもと、懇話会・代表の渡辺本爾さんの開会挨拶があった。
 最近に詩集を刊行した3名の「自作詩朗読とひとこと」のあと、「武生センター合唱団」の数曲の合唱があった。
 そのあと歌人・林和清さんの基調講演「現代詩と現代短歌に架ける橋」が始まった。
 林和清さんは、歌誌「玲瓏」選者・編集員、他。京都市より駆け付けてくださった。
 師・塚本邦雄との出会いから入り、塚本邦雄の初期の短歌、戦後の前衛短歌、「定家百首」における現代詩風の訳を紹介し、美学で遊ぶ本質を挙げた。詩人・高橋睦郎の恋の詩「鳩」、現代詩「風景」と、歌集「待たな終末」の古典的詠みぶりを紹介し、彼は言霊を信じていると述べた。また歌人・岡井隆の短歌と詩「会議」を紹介し、自己開示・自己告白の人だと述べた。2つの詩型に架かる橋を見出そうとして。
 10分間の休憩のあと、シンポジウム「現代の短詩型文学と詩」が始まった。コーディネーターに懇話会・副代表の佐野周一さん。パネリストの俳人・中内亮玄さん、歌人・足立尚計さん、柳人・脚本家の墨崎洋介さん、詩人・編集者の西畠良平さんが、コーディネートの元、自己紹介、詩型との出会い、不自由は感じないか、他ジャンルをどう思うか、これから目指す事、などを語った。しまいに聴衆の質問に、各詩型に共通するものを問われて、「感動の表現だ」と各パネリストの意見が一致したようだ。
 午後5時の定刻に、懇話会・副代表の前川幸雄さんの閉会挨拶があり、詩祭は過ぎた。このあと懇親会があったけれども、僕は参加せずに帰宅した。


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 10月8日(第2日曜日)の午後2時より、「きららパーク」で、第12回「苜蓿忌」が催された。
 「苜蓿忌」は、福井の先達詩人、広部英一(元・「木立ち」誌代表、思潮社より全詩集あり)を偲ぶ集いである。
 
同・第11回は、昨年10月2日付けの記事で紹介した。
 集まった人は、碑前祭だけで帰った人を含めて、約40名だった。詩人が逝いて12年半が過ぎている。
 上の写真は、公園の詩碑の前で、碑前祭である。
 実行委員の挨拶、K・年子さんの広部さんの詩の朗読、K・明日夫さん(現・「木立ち」誌・代表)の広部英一論があった。そのあと碑前に献花、献本(「木立ち」関係)が行われた。

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 そのあと、「きらら館」内の1室に移って、偲ぶ会(茶話会)が持たれた。
 まず福井県ふるさと文学館館長の挨拶。
 M・迪男さんの司会で3名が思い出(秘話があとも多かった)を述べたあと、広部さんの実弟によるハープ演奏2曲があった。
 また7名が思い出を語り、司会の「話したい人は?」の声に、僕が手を挙げた。偲ぶ会で語るのは、初めてである。僕の高校生時代(約50年前)の広部さんとの出会い、僕の第1詩集を地方誌に好意的に紹介して下さった事、などを述べた。そのあとも、5名が語った。
 K・明日夫さんの締め括りの語りのあと、故・詩人の夫人の謝辞で、4時半頃に第12回「苜蓿忌」を了えた。



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 9月16日(第3土曜日)午後1時半~4時半、あおっさビルの1室で、福井県詩人懇話会・主催、中日詩人会・福井詩話会・共催の、「第36回 会員の詩集を祝う会」が持たれた。
 詩の催しとして、7月18日にアップした、「現代詩作家・荒川洋治氏・受賞記念講演」以来である。
 T・篤朗さんの総合司会で、福井県詩人懇話会・代表のW・本爾さんが、先日に福井で100m競走で日本人選手が10秒を切った話題に絡め、詩集発行という目標を達成した思い、見えてくるものを聴きたい、と挨拶した。
 U・千枝美さんが自作詩「北へ」を、A・雨子さんが「空気銃」を、K・久璋さんが「つくもがみ」を朗読した。
 その後、U・千枝美さんの詩集「ひこばえ」をめぐって、作者にK・八重さんがインタビューした。二人は20年来の友人という。K・八重さんの問いに、詩集タイトル、表紙絵に就いて、どのような時に詩が出来るか(Facebookの写真に付けた言葉が元になる、と答えた)、これからはうなずき合える瞬間の生れる詩を書きたい、等と答えた。
 A・雨子さんの詩集「東京ベースボール」をめぐって、作者にS・周一さんがインタビューした。A・雨子さんは、「詩はまとまろうとするので、皆さんのイメージを壊して揺らしたい」「詩集を壊す作品がある」「散文とは全く違うところで詩を書いている」等と述べた。
 K・久璋さんの詩集「鬼神村流伝(きじんそんるでん)」をめぐって、作者にS・公子さん(石川県より駆け付けて下さった)がインタビューした。
 叙情的叙事詩として、叙事詩とは物・事・人・時間をめぐる作品である事。民俗学者として地霊的叙情性である事。S・公子さんより、説明のない叙述が優れている事、今の風土性の中に、時間軸を持ち込む奨め、等が述べられた。
 最近に詩集を発行した三人に、インタビュアーより花束が贈られ、副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶で会を締め括った。
 そのあと、全体写真を撮影して、散会した。参加者は、中日詩人会からの詩人、上の写真に入りきらなかった人、遅れて来た人を含めて、26、7人くらいだった。



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 7月17日(第3月曜日、「海の日」祭日)の、午後2時より4時までの予定で、福井県立図書館・多目的ホールにて、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。演題は「第8回鮎川信夫賞受賞記念講演 書く事は読むこと ―詩作50年の風景」。
 荒川洋治氏の関連として、6月19日の記事、「現代詩作家・荒川洋治氏・講演」に次ぐ。
 ここで写真について言っておく。ホール内は、撮影禁止だった。事前にもらっていたパンフの写真を挙げてみたが、不鮮明なので、プリンタ複合機を使って初めてのスキャンをしてみた。それも怪我の功名的にうまく行ったものを用いた。
 講演のホールは満員(予約制)で、約100名の聴衆だった。映写カメラを回しており、別室で視聴できるようだった。
 講演前に、福井県知事の西川氏より荒川氏に、受賞を祝う記念品が贈られた。皆の拍手の中で。西川氏は、講演の仕舞いまで、最前列の席で聴いていた。
 講演の初めに、副題の「詩作50年の風景」は宜しくなかった、詩人同士の対談などでは自分の詩作史を語りもするが、一般聴衆の前では語っていない、と述べた。自分の作品を、良くも悪くも言えないから、と。
 そこで荒川氏の読書の中で、名作と推す作品を、A3紙両面に挙げて配布し、語っていく形になった。
 大野晋「日本語の源流を求めて」(2007年、岩波新書)では、日本語の起源を、スリランカなどのタミル語にある、とする。「あはれ」「さび」などに当たる語が、発音も似て、同じ意味であるとする。数百語の対照表もあるらしい。
 丸山真男は復員してすぐ市民に向け、「なぜ戦争が起こったか」を語り始め、「超国家主義の論理と心理」(1946年・岩波文庫)を発行した。
 網野善彦「日本の歴史をよみなおす」(1991年・ちくま学芸文庫)では、この歴史書が総50万部売れ、日本の中世・近世の見方を変えた。
 小説では、NHK文芸劇場で、横光利一「紋章」、梅崎春生「幻化」を観た事が大きい、と述べた。

 また尾崎紅葉は、「金色夜叉」で挫折したした人は、口語体、である・調で書かれた「多情多恨」(1896(ママ)年・岩波文庫)を読むよう薦めた。
 歌句では、「名歌名句事典」に人名別作品欄がない。季節、人事、などに分けられ、初句索引はあっても。また収める作品は、編集者の好みが偏り、よく知られた名作が載っていない、と批判した。
 詩では石原吉郎「位置」をあげながら、彼の言葉が壊れている、論理が外れている、脈絡がない。しかしシベリア抑留から復員した石原吉郎は、自分の体の中から生まれる言葉で書き、自分の真実を打ち出して書いた。わからないものだらけの世界(私たちにとっても)を大事にするために、と述べた。
 ここで自作の詩「美代子、石を投げなさい」を朗読した。
 最後に、海外文学に就いて。スタインベック「ハツカネズミと人間」(1937年・新潮文庫)では、人の情を、生き死にに到るまで描いた、とストーリーを語って感銘を与えた。
 アーサー・ミラー「テレビン油蒸留所」(2004年・早川書房「存在感のある人」)では、初期の戯曲以来ヒットの無かったアーサー・ミラーが、晩年に落ち着いて、戯曲の方法も取り入れて描いた、名短編だと推した。
 定刻を過ぎ、4時20分頃に講演を収めた。
 論旨に洩れている所も多いと思われるが、ご容赦を願う。





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 昨日(6月18日、第3日曜日)の午後2時より、福井市円山(えんざん)公民館で、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。同・公民館の「ふるさと学級『則武三雄を語りつぐ』」の2年目の第1回として(全3回)。僕が参加した詩の催しとして、5月28日の記事の「第13回『北陸現代詩人賞』贈賞式」以来である。
 演題は、「則武三雄(のりたけ・かずお)の詩と世界」。聴衆は約130名で、同・公民館で最多の集まりだと、館員が述べていた。
 荒川氏は、高校生時代に月1回くらい則武邸を訪ね、詩の則武学校(そう通称された)の生徒(多くの青年詩人が集まった)の一人として、豊かな気持ちになったと述べた。
 則武三雄は、鳥取県出身ながら、朝鮮総督府の下級官吏として17年勤め、戦後には福井県三国町に仮寓中の三好達治を慕って三国に住み、のちに福井市へ移り終生の地とした。異国の者として、土地の文化を高め(例えば北荘文庫を立ち上げ、80余冊を発行)、発掘(例えば越前和紙、著書「越前若狭文学館」など)した。
 日本語を客観的に捉え、純粋な詩(ほとんど意味のない、価値だけの詩)を書き、入り口だけを示し、出口、答えを示さなかった。全国的にはほとんど無名だったが、有力な詩人が高く評価し、韓国でも取り上げられている事を、紹介した。
 また昭和10年代作家の1員と捉えるべきであり、彼らが戦争への贖罪と見るべき大事業をした1964年に、則武三雄も詩集「紙の本」を出版し、絶賛を浴びた。
 最後に、この学級や忌祭・葱忌を持つだけでなく、アンソロジー詩集の用意をするべきだと促して、予定を40分オーバーし4時40分過ぎに講演を収めた(花束を贈られて)。



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