風の庫

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詩の催し

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 10月8日(第2日曜日)の午後2時より、「きららパーク」で、第12回「苜蓿忌」が催された。
 「苜蓿忌」は、福井の先達詩人、広部英一(元・「木立ち」誌代表、思潮社より全詩集あり)を偲ぶ集いである。
 
同・第11回は、昨年10月2日付けの記事で紹介した。
 集まった人は、碑前祭だけで帰った人を含めて、約40名だった。詩人が逝いて12年半が過ぎている。
 上の写真は、公園の詩碑の前で、碑前祭である。
 実行委員の挨拶、K・年子さんの広部さんの詩の朗読、K・明日夫さん(現・「木立ち」誌・代表)の広部英一論があった。そのあと碑前に献花、献本(「木立ち」関係)が行われた。

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 そのあと、「きらら館」内の1室に移って、偲ぶ会(茶話会)が持たれた。
 まず福井県ふるさと文学館館長の挨拶。
 M・迪男さんの司会で3名が思い出(秘話があとも多かった)を述べたあと、広部さんの実弟によるハープ演奏2曲があった。
 また7名が思い出を語り、司会の「話したい人は?」の声に、僕が手を挙げた。偲ぶ会で語るのは、初めてである。僕の高校生時代(約50年前)の広部さんとの出会い、僕の第1詩集を地方誌に好意的に紹介して下さった事、などを述べた。そのあとも、5名が語った。
 K・明日夫さんの締め括りの語りのあと、故・詩人の夫人の謝辞で、4時半頃に第12回「苜蓿忌」を了えた。



詩集を祝う会a
 9月16日(第3土曜日)午後1時半~4時半、あおっさビルの1室で、福井県詩人懇話会・主催、中日詩人会・福井詩話会・共催の、「第36回 会員の詩集を祝う会」が持たれた。
 詩の催しとして、7月18日にアップした、「現代詩作家・荒川洋治氏・受賞記念講演」以来である。
 T・篤朗さんの総合司会で、福井県詩人懇話会・代表のW・本爾さんが、先日に福井で100m競走で日本人選手が10秒を切った話題に絡め、詩集発行という目標を達成した思い、見えてくるものを聴きたい、と挨拶した。
 U・千枝美さんが自作詩「北へ」を、A・雨子さんが「空気銃」を、K・久璋さんが「つくもがみ」を朗読した。
 その後、U・千枝美さんの詩集「ひこばえ」をめぐって、作者にK・八重さんがインタビューした。二人は20年来の友人という。K・八重さんの問いに、詩集タイトル、表紙絵に就いて、どのような時に詩が出来るか(Facebookの写真に付けた言葉が元になる、と答えた)、これからはうなずき合える瞬間の生れる詩を書きたい、等と答えた。
 A・雨子さんの詩集「東京ベースボール」をめぐって、作者にS・周一さんがインタビューした。A・雨子さんは、「詩はまとまろうとするので、皆さんのイメージを壊して揺らしたい」「詩集を壊す作品がある」「散文とは全く違うところで詩を書いている」等と述べた。
 K・久璋さんの詩集「鬼神村流伝(きじんそんるでん)」をめぐって、作者にS・公子さん(石川県より駆け付けて下さった)がインタビューした。
 叙情的叙事詩として、叙事詩とは物・事・人・時間をめぐる作品である事。民俗学者として地霊的叙情性である事。S・公子さんより、説明のない叙述が優れている事、今の風土性の中に、時間軸を持ち込む奨め、等が述べられた。
 最近に詩集を発行した三人に、インタビュアーより花束が贈られ、副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶で会を締め括った。
 そのあと、全体写真を撮影して、散会した。参加者は、中日詩人会からの詩人、上の写真に入りきらなかった人、遅れて来た人を含めて、26、7人くらいだった。



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 7月17日(第3月曜日、「海の日」祭日)の、午後2時より4時までの予定で、福井県立図書館・多目的ホールにて、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。演題は「第8回鮎川信夫賞受賞記念講演 書く事は読むこと ―詩作50年の風景」。
 荒川洋治氏の関連として、6月19日の記事、「現代詩作家・荒川洋治氏・講演」に次ぐ。
 ここで写真について言っておく。ホール内は、撮影禁止だった。事前にもらっていたパンフの写真を挙げてみたが、不鮮明なので、プリンタ複合機を使って初めてのスキャンをしてみた。それも怪我の功名的にうまく行ったものを用いた。
 講演のホールは満員(予約制)で、約100名の聴衆だった。映写カメラを回しており、別室で視聴できるようだった。
 講演前に、福井県知事の西川氏より荒川氏に、受賞を祝う記念品が贈られた。皆の拍手の中で。西川氏は、講演の仕舞いまで、最前列の席で聴いていた。
 講演の初めに、副題の「詩作50年の風景」は宜しくなかった、詩人同士の対談などでは自分の詩作史を語りもするが、一般聴衆の前では語っていない、と述べた。自分の作品を、良くも悪くも言えないから、と。
 そこで荒川氏の読書の中で、名作と推す作品を、A3紙両面に挙げて配布し、語っていく形になった。
 大野晋「日本語の源流を求めて」(2007年、岩波新書)では、日本語の起源を、スリランカなどのタミル語にある、とする。「あはれ」「さび」などに当たる語が、発音も似て、同じ意味であるとする。数百語の対照表もあるらしい。
 丸山真男は復員してすぐ市民に向け、「なぜ戦争が起こったか」を語り始め、「超国家主義の論理と心理」(1946年・岩波文庫)を発行した。
 網野善彦「日本の歴史をよみなおす」(1991年・ちくま学芸文庫)では、この歴史書が総50万部売れ、日本の中世・近世の見方を変えた。
 小説では、NHK文芸劇場で、横光利一「紋章」、梅崎春生「幻化」を観た事が大きい、と述べた。

 また尾崎紅葉は、「金色夜叉」で挫折したした人は、口語体、である・調で書かれた「多情多恨」(1896(ママ)年・岩波文庫)を読むよう薦めた。
 歌句では、「名歌名句事典」に人名別作品欄がない。季節、人事、などに分けられ、初句索引はあっても。また収める作品は、編集者の好みが偏り、よく知られた名作が載っていない、と批判した。
 詩では石原吉郎「位置」をあげながら、彼の言葉が壊れている、論理が外れている、脈絡がない。しかしシベリア抑留から復員した石原吉郎は、自分の体の中から生まれる言葉で書き、自分の真実を打ち出して書いた。わからないものだらけの世界(私たちにとっても)を大事にするために、と述べた。
 ここで自作の詩「美代子、石を投げなさい」を朗読した。
 最後に、海外文学に就いて。スタインベック「ハツカネズミと人間」(1937年・新潮文庫)では、人の情を、生き死にに到るまで描いた、とストーリーを語って感銘を与えた。
 アーサー・ミラー「テレビン油蒸留所」(2004年・早川書房「存在感のある人」)では、初期の戯曲以来ヒットの無かったアーサー・ミラーが、晩年に落ち着いて、戯曲の方法も取り入れて描いた、名短編だと推した。
 定刻を過ぎ、4時20分頃に講演を収めた。
 論旨に洩れている所も多いと思われるが、ご容赦を願う。





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 昨日(6月18日、第3日曜日)の午後2時より、福井市円山(えんざん)公民館で、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。同・公民館の「ふるさと学級『則武三雄を語りつぐ』」の2年目の第1回として(全3回)。僕が参加した詩の催しとして、5月28日の記事の「第13回『北陸現代詩人賞』贈賞式」以来である。
 演題は、「則武三雄(のりたけ・かずお)の詩と世界」。聴衆は約130名で、同・公民館で最多の集まりだと、館員が述べていた。
 荒川氏は、高校生時代に月1回くらい則武邸を訪ね、詩の則武学校(そう通称された)の生徒(多くの青年詩人が集まった)の一人として、豊かな気持ちになったと述べた。
 則武三雄は、鳥取県出身ながら、朝鮮総督府の下級官吏として17年勤め、戦後には福井県三国町に仮寓中の三好達治を慕って三国に住み、のちに福井市へ移り終生の地とした。異国の者として、土地の文化を高め(例えば北荘文庫を立ち上げ、80余冊を発行)、発掘(例えば越前和紙、著書「越前若狭文学館」など)した。
 日本語を客観的に捉え、純粋な詩(ほとんど意味のない、価値だけの詩)を書き、入り口だけを示し、出口、答えを示さなかった。全国的にはほとんど無名だったが、有力な詩人が高く評価し、韓国でも取り上げられている事を、紹介した。
 また昭和10年代作家の1員と捉えるべきであり、彼らが戦争への贖罪と見るべき大事業をした1964年に、則武三雄も詩集「紙の本」を出版し、絶賛を浴びた。
 最後に、この学級や忌祭・葱忌を持つだけでなく、アンソロジー詩集の用意をするべきだと促して、予定を40分オーバーし4時40分過ぎに講演を収めた(花束を贈られて)。



 昨日(5月27日、第4土曜日)の午後、福井新聞社プレス21で催された、第13回「北陸現代詩人賞」贈賞式に参加した。詩の催しとしては、4月24日・記事の「福井県詩人懇話会総会」以来である。
 定刻前の喫茶室で、選考委員長の現代詩作家・荒川洋治さん(高校文芸部の1年先輩)に会い、鮎川信夫賞受賞のお祝いと、その詩集を読んだ事を申し上げた。また先日、妻が怒りながらパソコンで作ってくれた名刺(表裏あり)を、今日を目指していた通り、手渡す事ができた。
 午後1時、贈賞式が飴田アナウンサーの司会で始まった。
 主催者挨拶として、福井新聞社社長と、同・賞実行委員会代表のMさんの挨拶があった。
 同・実行委員会・事務局よりの選考経過報告は短かった。
 大賞のTさん、奨励賞のOさん(代理)、Iさん、Kさんに、選考委員の荒川洋治さん、K・明日夫さん、I・秀子さんより、表彰状が授与された。また福井新聞社社長より、正賞としてガラスのオブジェが授与された。
 選考委員長の荒川さん(東京・在住)より、講評とユーモアを交えた文学論が成された。各受賞者の1言のあと、会場編成のため、いったん退室。
 僕はまたもや、全体の写真を撮り忘れた。
記念パーティ2
 午後2時より、記念パーティに移る(上の写真)。
 立食と併せて、選考委員挨拶、乾杯、受賞者友人のスピーチ、受賞者の自作(1編ないし2編)朗読があった。
 立食パーティはノンアルコールで、オレンジジュース、ウーロン茶、ホットコーヒーなどが、飲み物として振る舞われた。
 定刻の午後3時を少し過ぎ、同・賞実行委員会・代表のMさんの閉会挨拶で、式が締められた。
 僕は数名の方に名刺を渡し、多くの写真を撮った。



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