風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 このブログを運営している新サスケは、2017年10月17日付けでのAmazonのKindle本、第4詩集「詩集 日々のソネット」(縦書き)の発行に続き、第5詩集「改訂版 ソネット詩集 光る波」(縦書き)を、2018年5月31日、Kindleストアにて発行しました。著者名は、柴田哲夫(僕のペンネームの1つ)です。
 2011年10月1日・刊の紙本「ソネット詩集 光る波」に、数十ヶ所の加筆をし、編集しました。
 販売ページは、Amazonの「Kindleストア」カテゴリーで、「柴田哲夫 ソネット 光る波」と入力して検索してくだされば、即で見つけられます。右サイドバーのバナーよりも着けます。
 kindle版で540円(税込み)、kindle unlimited版も発行しています。

詩の催し

詩集を祝う会a
 9月16日(第3土曜日)午後1時半~4時半、あおっさビルの1室で、福井県詩人懇話会・主催、中日詩人会・福井詩話会・共催の、「第36回 会員の詩集を祝う会」が持たれた。
 詩の催しとして、7月18日にアップした、「現代詩作家・荒川洋治氏・受賞記念講演」以来である。
 T・篤朗さんの総合司会で、福井県詩人懇話会・代表のW・本爾さんが、先日に福井で100m競走で日本人選手が10秒を切った話題に絡め、詩集発行という目標を達成した思い、見えてくるものを聴きたい、と挨拶した。
 U・千枝美さんが自作詩「北へ」を、A・雨子さんが「空気銃」を、K・久璋さんが「つくもがみ」を朗読した。
 その後、U・千枝美さんの詩集「ひこばえ」をめぐって、作者にK・八重さんがインタビューした。二人は20年来の友人という。K・八重さんの問いに、詩集タイトル、表紙絵に就いて、どのような時に詩が出来るか(Facebookの写真に付けた言葉が元になる、と答えた)、これからはうなずき合える瞬間の生れる詩を書きたい、等と答えた。
 A・雨子さんの詩集「東京ベースボール」をめぐって、作者にS・周一さんがインタビューした。A・雨子さんは、「詩はまとまろうとするので、皆さんのイメージを壊して揺らしたい」「詩集を壊す作品がある」「散文とは全く違うところで詩を書いている」等と述べた。
 K・久璋さんの詩集「鬼神村流伝(きじんそんるでん)」をめぐって、作者にS・公子さん(石川県より駆け付けて下さった)がインタビューした。
 叙情的叙事詩として、叙事詩とは物・事・人・時間をめぐる作品である事。民俗学者として地霊的叙情性である事。S・公子さんより、説明のない叙述が優れている事、今の風土性の中に、時間軸を持ち込む奨め、等が述べられた。
 最近に詩集を発行した三人に、インタビュアーより花束が贈られ、副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶で会を締め括った。
 そのあと、全体写真を撮影して、散会した。参加者は、中日詩人会からの詩人、上の写真に入りきらなかった人、遅れて来た人を含めて、26、7人くらいだった。



IMG
 7月17日(第3月曜日、「海の日」祭日)の、午後2時より4時までの予定で、福井県立図書館・多目的ホールにて、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。演題は「第8回鮎川信夫賞受賞記念講演 書く事は読むこと ―詩作50年の風景」。
 荒川洋治氏の関連として、6月19日の記事、「現代詩作家・荒川洋治氏・講演」に次ぐ。
 ここで写真について言っておく。ホール内は、撮影禁止だった。事前にもらっていたパンフの写真を挙げてみたが、不鮮明なので、プリンタ複合機を使って初めてのスキャンをしてみた。それも怪我の功名的にうまく行ったものを用いた。
 講演のホールは満員(予約制)で、約100名の聴衆だった。映写カメラを回しており、別室で視聴できるようだった。
 講演前に、福井県知事の西川氏より荒川氏に、受賞を祝う記念品が贈られた。皆の拍手の中で。西川氏は、講演の仕舞いまで、最前列の席で聴いていた。
 講演の初めに、副題の「詩作50年の風景」は宜しくなかった、詩人同士の対談などでは自分の詩作史を語りもするが、一般聴衆の前では語っていない、と述べた。自分の作品を、良くも悪くも言えないから、と。
 そこで荒川氏の読書の中で、名作と推す作品を、A3紙両面に挙げて配布し、語っていく形になった。
 大野晋「日本語の源流を求めて」(2007年、岩波新書)では、日本語の起源を、スリランカなどのタミル語にある、とする。「あはれ」「さび」などに当たる語が、発音も似て、同じ意味であるとする。数百語の対照表もあるらしい。
 丸山真男は復員してすぐ市民に向け、「なぜ戦争が起こったか」を語り始め、「超国家主義の論理と心理」(1946年・岩波文庫)を発行した。
 網野善彦「日本の歴史をよみなおす」(1991年・ちくま学芸文庫)では、この歴史書が総50万部売れ、日本の中世・近世の見方を変えた。
 小説では、NHK文芸劇場で、横光利一「紋章」、梅崎春生「幻化」を観た事が大きい、と述べた。

 また尾崎紅葉は、「金色夜叉」で挫折したした人は、口語体、である・調で書かれた「多情多恨」(1896(ママ)年・岩波文庫)を読むよう薦めた。
 歌句では、「名歌名句事典」に人名別作品欄がない。季節、人事、などに分けられ、初句索引はあっても。また収める作品は、編集者の好みが偏り、よく知られた名作が載っていない、と批判した。
 詩では石原吉郎「位置」をあげながら、彼の言葉が壊れている、論理が外れている、脈絡がない。しかしシベリア抑留から復員した石原吉郎は、自分の体の中から生まれる言葉で書き、自分の真実を打ち出して書いた。わからないものだらけの世界(私たちにとっても)を大事にするために、と述べた。
 ここで自作の詩「美代子、石を投げなさい」を朗読した。
 最後に、海外文学に就いて。スタインベック「ハツカネズミと人間」(1937年・新潮文庫)では、人の情を、生き死にに到るまで描いた、とストーリーを語って感銘を与えた。
 アーサー・ミラー「テレビン油蒸留所」(2004年・早川書房「存在感のある人」)では、初期の戯曲以来ヒットの無かったアーサー・ミラーが、晩年に落ち着いて、戯曲の方法も取り入れて描いた、名短編だと推した。
 定刻を過ぎ、4時20分頃に講演を収めた。
 論旨に洩れている所も多いと思われるが、ご容赦を願う。





CIMG0331 - コピー
 昨日(6月18日、第3日曜日)の午後2時より、福井市円山(えんざん)公民館で、現代詩作家・荒川洋治氏の講演が行われた。同・公民館の「ふるさと学級『則武三雄を語りつぐ』」の2年目の第1回として(全3回)。僕が参加した詩の催しとして、5月28日の記事の「第13回『北陸現代詩人賞』贈賞式」以来である。
 演題は、「則武三雄(のりたけ・かずお)の詩と世界」。聴衆は約130名で、同・公民館で最多の集まりだと、館員が述べていた。
 荒川氏は、高校生時代に月1回くらい則武邸を訪ね、詩の則武学校(そう通称された)の生徒(多くの青年詩人が集まった)の一人として、豊かな気持ちになったと述べた。
 則武三雄は、鳥取県出身ながら、朝鮮総督府の下級官吏として17年勤め、戦後には福井県三国町に仮寓中の三好達治を慕って三国に住み、のちに福井市へ移り終生の地とした。異国の者として、土地の文化を高め(例えば北荘文庫を立ち上げ、80余冊を発行)、発掘(例えば越前和紙、著書「越前若狭文学館」など)した。
 日本語を客観的に捉え、純粋な詩(ほとんど意味のない、価値だけの詩)を書き、入り口だけを示し、出口、答えを示さなかった。全国的にはほとんど無名だったが、有力な詩人が高く評価し、韓国でも取り上げられている事を、紹介した。
 また昭和10年代作家の1員と捉えるべきであり、彼らが戦争への贖罪と見るべき大事業をした1964年に、則武三雄も詩集「紙の本」を出版し、絶賛を浴びた。
 最後に、この学級や忌祭・葱忌を持つだけでなく、アンソロジー詩集の用意をするべきだと促して、予定を40分オーバーし4時40分過ぎに講演を収めた(花束を贈られて)。



 昨日(5月27日、第4土曜日)の午後、福井新聞社プレス21で催された、第13回「北陸現代詩人賞」贈賞式に参加した。詩の催しとしては、4月24日・記事の「福井県詩人懇話会総会」以来である。
 定刻前の喫茶室で、選考委員長の現代詩作家・荒川洋治さん(高校文芸部の1年先輩)に会い、鮎川信夫賞受賞のお祝いと、その詩集を読んだ事を申し上げた。また先日、妻が怒りながらパソコンで作ってくれた名刺(表裏あり)を、今日を目指していた通り、手渡す事ができた。
 午後1時、贈賞式が飴田アナウンサーの司会で始まった。
 主催者挨拶として、福井新聞社社長と、同・賞実行委員会代表のMさんの挨拶があった。
 同・実行委員会・事務局よりの選考経過報告は短かった。
 大賞のTさん、奨励賞のOさん(代理)、Iさん、Kさんに、選考委員の荒川洋治さん、K・明日夫さん、I・秀子さんより、表彰状が授与された。また福井新聞社社長より、正賞としてガラスのオブジェが授与された。
 選考委員長の荒川さん(東京・在住)より、講評とユーモアを交えた文学論が成された。各受賞者の1言のあと、会場編成のため、いったん退室。
 僕はまたもや、全体の写真を撮り忘れた。
記念パーティ2
 午後2時より、記念パーティに移る(上の写真)。
 立食と併せて、選考委員挨拶、乾杯、受賞者友人のスピーチ、受賞者の自作(1編ないし2編)朗読があった。
 立食パーティはノンアルコールで、オレンジジュース、ウーロン茶、ホットコーヒーなどが、飲み物として振る舞われた。
 定刻の午後3時を少し過ぎ、同・賞実行委員会・代表のMさんの閉会挨拶で、式が締められた。
 僕は数名の方に名刺を渡し、多くの写真を撮った。



 昨日(4月23日、第4日曜日)の午後1時半より、教育センターの1室で、福井県詩人懇話会・総会(2年に1度)が催された。参加者は22名だった。
 懇話会の催しは、3月19日の「第35回 会員の詩書を祝う会」以来である。
 僕はコンパクト・デジタル・カメラを持って参加したのだが、大きなミスをした。各発表者のズーム写真にかまけて、全体の写真を撮り忘れたのだ。
 総会は、代表挨拶、議長・選出のあと、議案に入り、第16期(2年間)の活動経過報告、収支決算、会計監査報告が読み上げられ、いずれも拍手で承認された。
 第17期(今年度より2年間)の活動計画案、収支予算案、が読み上げられ、学生への普及活動の提案のあと、承認された。
 役員選出は、全員の再任で承認された。
 記念講演があり、福井ふるさと文学館の学芸員、I・陽子さんが「高村智恵子を描いた作家たち」と題して、講演を行った。高村光太郎「智恵子の半生」、「智恵子抄」、佐藤春夫「小説智恵子抄」、津村節子の小説「智恵子飛ぶ」、野田秀樹の戯曲「売り言葉」、俵万智の「拝啓 智恵子様」を取り上げながら、光太郎と智恵子の捉え方の変化を語った。
 副代表の閉会挨拶で、4時過ぎに閉会した。
07
写真ACより、フラワーアレンジメントの1枚。


全景
 昨日(3月18日、土曜日)の午後1時半より、某館の1室で、福井県詩人懇話会・主催の「第35回 会員の詩書を祝う会」が持たれた。
 僕が参加した、同・懇話会が主催の催しは、昨年11月21日に記事アップした、
「2016ふくい詩祭」以来である。
 「祝う会」の参加者は、事務局によるときっちり30名という事だった。
 K萌夏さんの司会で、渡辺本爾・懇話会代表の開会挨拶のあと、3名3冊の近著の著者が、インタビューを受けた。
 赤木比佐恵・歌曲集「風のオルガン」(インタビュアー・中林千代子)、川村信治・詩集「幸福の擁護」(インタビュアー・渡辺本爾)、金田久璋・詩集「賜物」(インタビュアー・黒田不二夫)の3冊である。
 作者の言葉を引き出すインタビューで、また司会が参加者に発言を求めるなど、活発な言葉が交差した。会場からも、肯定的な意見が多かった。それら内容までは、ここに書くスペースがない。懇話会会報の記事に、残るだろう。
 (「幸福の擁護」について、ブログ「サスケの本棚」の2016年6月9日の記事にアップした。「賜物」について、このブログの2016年11月23日の記事にアップした。)
 事務局の配慮によるコーヒー、菓子、また著者への花束贈呈など、和やかに盛り上がった。
 M副代表の閉会挨拶で、予定通りの4時半に閉会した。

CIMG0055

 昨日(11月20日、第3日曜日)の午後1時半より、「あおっさ」3Fの1室で、「2016ふくい詩祭」が持たれた。
 主催:福井県詩人懇話会、後援:福井県文化協議会・福井新聞社。
 参加者は、追加の席を設けるなど、50人前後だった。
 T・篤朗さんの総合司会のもと、懇話会代表のW・本爾さんの挨拶より始まった。
 A・幸代さん、Y・道さん、Y・清吉さん、K・信治さんの(ここ1年間に詩集を上梓した)4名が、自作詩1編を朗読し、所感を述べた。
 その後、リラックスタイムという事で、今良幸さんとお仲間3名の、津軽三味線演奏と唄が披露された。「津軽じょんがら節」は曲弾きよりも、「新節」「旧節」の正調が響いた。
 「大阪文学学校」講師を長く務めるなどした、詩人・倉橋健一さんの基調講演「風土性を生きるということ―広部英一の戦後」では、広部さんが詩を純化して行く過程で、捨象したものを問うた。福井空襲の悲惨、それまでに測られなかった震度の福井地震、等。福井県は、拉致問題、原発問題、等を抱え、風土性から普遍化する機会があると、福井の詩人たちを励ました。(上掲の写真)。
 シンポジウム「福井の詩人の詩業 広部英一」では、W・力(つとむ)さんのコーディネイトのもと、H・二三枝(ふみえ)さん、K・不二夫(ふじお)さん、H・裕子(ひろこ)さんの、3名のパネリストが、広部さんの業績をめぐって語った。
 各人が意見を述べ合うスタイルを越え、H・裕子さんの問いより、討議に入ったのは、良い先例となるだろう。
 しまいに広部英一氏・夫人より1言があった。
 懇話会・副代表のM・幸雄さんの閉会挨拶により、5時過ぎに会が終わった。
 5時半より懇親会(パーティ)があったが、僕は参加せずに帰宅した。

↑このページのトップヘ