風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

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評論、エッセイ、対談集

 村上春樹のエッセイ集「村上T」を読み了える。副題は「僕の愛したTシャツたち」。
 村上春樹のコレクションより、108枚のTシャツの写真(多く1ページを占める)と、18編のエピソードを収める。

村上T 僕の愛したTシャツたち (Popeye books)
村上春樹
マガジンハウス
2020-06-04


 購入は、8月7日の記事にアップした。


 2020年6月4日、マガジンハウス・刊。定価:1800円+税。
 1年以上前に刊行された本だが、僕は知らなかった。皆はどうして知るのだろう。店頭でだろうか。僕のように、何かの批評によってだろうか。ネットでは、知らない本の題名は検索しない。ネットの間隙を衝いた出版だろう。

 海外経験の多い彼らしく、「ハンバーガーとケチャップ」、「大学のTシャツ」の項がある。お酒好きらしく、「ウィスキー」「ビール関係」の項がある。「熊関係」は、どうして集まったコレクションか、本人にも不明。おなじみ「レコード屋は楽しい」もある。マラソン、トライアスロン等の大会の「冷えたビールのことをつい考えてしまう」がある。
 村上春樹の、おじさんらしく、金の苦労のない、照れ、はにかみが好ましい。読者は、村上春樹の口調に憧れているから、「猫を棄てる話」のように深刻でなければ、大いに歓迎する。
 1年以上も刊行を知らなかったのは、半ハルキスト(?)の僕にはショックである。
7 (4)
 イラストACより、「アクアリウム」の1枚。


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 思潮社の現代詩文庫181「続続・辻征夫詩集」より、辻征夫論である作品論・詩人論と、辻征夫・自筆の年譜(補遺・八木幹夫)を読む。


 没後のシリーズ最後の作品論・詩人論として、清岡卓行(詩人)「詩的自画像の楽しさ」、高橋源一郎(作家)「萌えいづる言葉に対峙して」、岡井隆(歌人)「巧まざる技巧の冴え」、藤井貞和(詩人)「自由な定型と定型の自由」を載せている。僕が名を知る文人であり、生前のように揶揄することもない。
 現代詩と定型の問題について、僕はアマチュア文学として短歌(現在は口語・新かな)と、ソネットの詩(俳句、短歌に次ぐ第3の大衆定型詩として)を書いており、矛盾は感じていない。僕にソネットを止めるよう勧める先輩詩人がいるけれども、ソネットを詩のライフワークとする、と公言した者に余計なお世話である。
 自筆年譜は、詩に個人的背景を背負った作品があり、作品の感受のために重要である。

 僕が辻征夫の作品と出会ったのは、昨年8月18日の記事の通り、振興商品券で現代詩文庫「辻征夫詩集」を含む3冊をまとめ買いしたからである。

 現代詩文庫は他にもあったが、僕にわからないようだった。辻征夫の名前は、その時まで知らなかった。数々の賞を受賞し、ある世代の詩人の仲間には、評価されたようだ。没後、人口に膾炙する詩人としては、残らないようだ。
 でも僕は、3冊の現代詩文庫を処分しないだろう。3冊で全詩と散文の1部を収めている。僕は没後の全集に弱いのだ。



友誼紅
 南越前町・花はす公園より、「友誼紅」の1枚。





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 思潮社の現代詩文庫181「続続・辻征夫詩集」より、「未刊散文作品」2編とエッセイ9編を読む。
 先行する、「ボートを漕ぐもう一人の婦人の肖像」から、は今月6日の記事にアップした。

 リンクより、旧・感想記事へ遡れる。

 「未刊散文作品」の「花見物語」は、友人と上野で花見をして、自分の得意な「雨に咲く花」を唄うが、歌詞の「ままになるなら」の「まま」を「ママ」と思い込んでいて、「儘」と知らなく皆から大笑いされる話が主なストーリーである。
 「遠ざかる島ふたたび」は、家にいたお手伝いさんの真理子さん(片足がスカートの中までしかないのに、杖なしで歩いたという設定は、不自然である)を主人公にした物語「遠ざかる島」の余談である。2作共に話題がぐねぐね歪んで行く。
 エッセイは、回想談、人情噺が主で、取り上げる事もない。編集者に請われて書いたらしい。「菅間さんに郵便です」は「劇団卍」への、「人事を尽してポエジーを待つ」は写真家・高梨豊への、オマージュである。



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写真ACより、「雨の日」のイラスト1枚。
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 思潮社の現代詩文庫181「続続・辻征夫詩集」より、散文作品の「ボートを漕ぐもう一人の婦人の肖像」抄を読み了える。
 先行する「未刊詩篇」は、先の6月26日の記事にアップした。


 この本では、未刊詩篇と散文作品の間に、俳句「貨物船俳句抄」があるが、句集に就いては今年2月23日の記事にアップしたので、ここでは述べない。


 「ボートを漕ぐもう一人の婦人の肖像」から、はエッセイの「バートルビ」、エッセイ風の小説「自転車」、ホラー風の小説「砂場」、エッセイの「マフラー」、「坂道の男」5編を収める。
 「バートルビ」は、映画のシナリオの執筆を誘われた所から始まる。作者の切ない失恋を、映画「バートルビ」に絡めて描く。メルヴィルの「書記バートルビ」を原作とするが、僕は代表作「白鯨」を途中放棄したので、メルヴィルは嫌いである。「坂道」は、坂道を目を瞑って自転車で降りる秒数を、毎日伸ばす(先は国道と交差する)、ホラーめいたストーリーである。
 「砂場」は、後方でホラーとなる。小説を試みた詩人の、琢磨がわかる。「マフラー」は、「詩が元々下手だったのに、改めて下手になったと実感する。もっと下手になろうと思ったりする」という詩論を交えた、1編である。「坂道の男」は、泥酔して記憶にない事を女将に言われ、知人の直子さんから、覚えのない女優との道中を見たと言われ、父からは新聞の美談の写真の男と間違われ、自分にそっくりの男がいる、あるいは「分身」のいるような、思いにさせられる。僕がエッセイとした散文にも、フィクションの入っている可能性は大である。

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写真ACより、「雨の日」のイラスト1枚。



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 文藝春秋・発行の「Number 1018 藤井聡太と将棋の冒険」をほぼ読み了える。
 入手は、今月5日の記事で報せた。

 話題になった、同誌の「藤井聡太と将棋の天才」の感想へ、リンクを貼ってある。



 藤井2冠の、飛車を切っての攻めなど、読みの正確さは、渡辺名人も驚いている。藤井2冠への評価は、賛嘆か負け惜しみである。
 「地獄で見た光」4ページでは、藤井聡太8段が、奨励会3段リーグで負けた5局の内、2局を取り上げている。対戦相手二人の内、一人はプロ棋士となり、一人は奨励会を退会した。
 「羽生善治 さらなるフロンティアを目指して。」では、将棋界の性格を変えた永世7冠が、「強くなりたい、深く知りたい」と答えつつ、引退時期をそれとなく聞かれると、「気楽に将棋を見て、…絶対に楽ですよ。」と、笑い続ける。知のスポーツとして、将棋を変えた英雄である。
 大山康晴、豊島将之、永瀬拓哉、渡辺明(対談)、斎藤慎太郎、森内俊之(「私の最盛期はこれからです。」と豪語する)、増田康宏、中井広恵、屋敷伸之、松尾歩、木村一基、谷川浩司らを取り上げて、将棋ブームを謳歌している。
(僕はこの記事を、棋聖戦第2局(渡辺名人に対して、藤井棋聖の2連勝)の感想戦を、タブレットのAbemaで傍らに観ながら、書き始めた)。

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写真ACより、「建築」のアイコン1枚。


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 朝日新聞社の日本古典全書「小林一茶集」(1975年・11刷)より、「おらが春」を読み了える。
 今月2日の記事、文集及び「父の終焉日記」を読む、に次ぐ。

 リンクより、関連旧記事へ遡れる。

 「おらが春」は、一茶・没後、逸淵の序を添えて、一之
(いっし)が追慕して発行した、句随筆とされる。
 題名からわかるとおり、文政2年、1819年(一茶・57歳)の1年間の手記であり、1818年5月・生、1819年6月・没の長女・さとの追悼の内容ばかりではない。元・無題だったが、最初の句「目出度さも中くらゐなりおらが春」より後世の者が題を付けた。
 2番めの句は、「こぞの5月生れたる娘に…」と序詞を付けて「這へ笑へ二つになるぞけさからは」と喜び1杯だった。名前のいわれは「ものにさとかれとて、名をさとと呼ぶ。」とある。聡であろうか(藤井聡太2冠を思う)、敏ではないだろう、江戸時代として里であろうか。さとの可憐さを描いて余さない。子を思う古人の12句を引きもする。さとは1歳余りにて、疱瘡で亡くなる。6月21日、「蕣
(あさがほ)の花と共に此世をしぼみぬ。」と記す。7月7日墓詣3句、夢に見て「頬べたにあてなどしたる真瓜(まくは)哉」の句を吟じた。
 知人の俳人の死、皆既月食の作句、俳句指導の旅などがあり、悲しみに浸ってばかりいられない所で、「ともかくもあなた任せのとしの暮」と結んでいる。
 一茶は3男1女を早く失い、没時に胎児の2女・やたが一茶の血脈を残した。
女の子2
写真ACより、「女の子」のイラスト1枚。




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 朝日新聞社の日本古典全書「小林一茶集」より、文集の後半及び「父の終焉日記」を読み了える。
 先の5月9日の記事、一茶・文集を読む、に次ぐ。


 今回は、全38編の文集の内、24編め~38編めまでと、「父の終焉日記」を読んだ。214ページ~263ページ、50ページ分である。
 義母・義弟への憤り、腫れ物の病気、52歳での初婚、中風の病気(回復を得た)、長男・千太郎、長女・さとに次いで次男・石太郎の夭逝を嘆く「石太郎を悼む」、3男・金三郎も亡くした「金三郎を憐れむ」等、一茶の生活のみならず、当時の風俗も知られる。

 「父の終焉日記」は、一茶の帰省中に父が倒れ、看取りをする日記である。発病(当時の4月23日)から死去、初七日(当時の5月28日)までを、綿密に記録した。「テキナイ」の方言が書かれ、わが地でも同じく苦しいの意の方言「てきねえ」が使われており、一驚した。14歳の時に家を出て、江戸で俳諧に暮らした一茶は、父の看取りに心を尽くすけれども、義母・義弟と父は仲が悪く、よく養生させなかった。一茶の当てつけ、誇張もあるだろうけれど、対比的である。
 次男の僕は父・母が倒れてより、共にほとんど世話をしなかったけれど、挽歌の連作を成して、悼んだ事である。
老人

 写真ACより、「老人」のイラスト1枚。


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