風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

評論、エッセイ、対談集

 ボブ・グリーンのコラム集「アメリカン・タイム」を読み了える。
 彼の本を既に読んだかと、ブログを検索するが、ヒットしない。

アメリカン・タイム
 集英社文庫、1993年・刊。45編のコラムを収める。
 ボブ・グリーンは、シカゴ・タイムズのコラムニストになり、シカゴ・トリビューン紙、エクスクァイア誌のコラムニストとして成功した。邦訳も10数冊があるという。
 文庫本のカバーは洒落ている(カバーイラスト、カバーデザイン、共に日本人に依る)が、読んだ感想は、芳しいものではない。名が売れている事を利用して、著名人をけなしたり、小エピソードを取り上げて有名にし、名を上げて行く。自転車操業か、ハムスターの回し車のように、走り続けるしかない。
 アメリカ人には、アメリカン・サクセス・ストーリーの体現者に映ったのかも知れない。
 2002年9月、古いスキャンダルが発覚し、シカゴ・トリビューン紙のコラムニストの座を降りた。彼はその後も執筆を続けている。


 


 鷺沢萠の留学体験記「ケナリも花、サクラも花」を読み了える。
  鷺沢萠の本はわずかに読んだ気がするが、この「風の庫」になく、タブレットでは前ブログ「サスケの本棚」にログイン出来ないので、確認できない。(追記:その後、「サスケの本棚」にログイン出来て、「帰れぬ人びと」「駆ける少年」の感想を見つけた)。

ケナリも花、サクラも花
 新潮文庫、2000年3刷、184ページ。
 1993年1月~6月まで、韓国の延世大学に語学留学した体験記である。留学の契機は、父方の祖母が韓国人であり、自分がクォーターだと知った事という。
 親しい韓国2世、3世に囲まれ、悪辣なジャーナリストにうんざりしながら、10円ハゲを作るほど苦労して、2学期間を学んだ。

 鷺沢萠(さぎさわ・めぐむ)は、1990年に結婚し、翌年に離婚した。2004年に35歳で自死した。理由は文学的に行き詰まったのだろう。多くの読者がありながら、大きな文学賞を獲れなかった。彼女の突き詰める性格と、社会の成り行きが望んだ方向と違っていた事が原因と思われてならない。

 彼女は上智大学ロシア語科を除籍になったけれども、人生まで中退しなければよかった。「戦わない者が勝つ」のかと、微かに憤る。

 Ray:著「Kindle出版 完全攻略マニュアル」Kindle Unlimited版を読み了える。入手は、今月5日の記事、入手した4冊を紹介する(11)でアップした。



完全攻略マニュアル
 2019年11月25日・刊。紙本で171ページ。Kindle版:500円。
 軽いガイド本かと思ったが、示唆に富んだ内容ある本だった。原稿書式はEpub版なので、Word一本槍の僕と合わない。登録方法はほぼ覚えている。

 ハイライトとメモの効く本なので、メモに従って挙げてみる。
1・メルマガを発行するのが良いが、でなければTwitterでフォローしてもらうと良い。
2・自分よがりの本にならないよう、モニターさんの意見・要望を聞く。
3・著者ページを充実させ、著者の写真(Rayさんの場合は、後ろ姿)をアップすると良い。
4・表紙は重要で、コメントとして帯文を入れるべきである。
 以上のような点、僕は気づかなかったので、将来のKindle出版に取り入れようと念ずる。





山之口獏全詩集
 Kindle本「山之口貘全詩集 小説・評論・随想 14篇併録」より、散文14編を読み了える。
 全詩集の紹介は、今月14日の記事にアップした。



 詩人の文章として、どれが小説やらエッセイやら分からない。
 「つまり詩は亡びる」と「詩とはなにか」が評論であることは分かる。しかし論理的な定言には至らない。
 エッセイでは、沖縄県出身であることや、るんぺん(自分でそう書いている)までしながら、詩の創作意欲を失わなかったことが強調される。沖縄県出身の卑下や居直り、るんぺん生活からの名誉など、詩一筋のせいの明るさがある。
 「自伝」「私の青年時代」他、はっきり自伝の文章もある。全詩集と相俟って、極貧にあって詩を捨てなかったのは立派である。僕は進学で、文学を諦めた時期がある。再開したのは、結婚して1児を得てからだった。ずいぶん出遅れてしまった。タラレバはない話だけれども。


 村上春樹の回想記(そう呼ぶべきだろう)「猫を棄てる」を読み了える。
 入手は、10月22日の記事、dポイントで3冊を買う、にアップした。



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 僕は村上春樹の本を、小説なら新刊単行本を、エッセイ集等は文庫本で、あるいは古本で買って読んでいた。この「猫を棄てる」は、手持ちのdポイントもさりながら、文庫化を待てなかった。あるいはメルカリで安く出ていたかも知れない。

 副題の「父親について語るとき」は文章として完結していない(「走ることについて・・・」というエッセイ集は読んだ)が、帯文の「時が忘れさせる・・・」に繋がるかと想像する。

 この回想記で亡くなった父を語りながら、彼は何を言いたいのだろう、と思った。結局は父の晩年、「父との関係はすっかり疎遠になってしまった。・・・いろいろとややこしいことが持ちあがり、関係はより屈折したものになり、最後には絶縁に近い状態となった。」父の死の床で、和解している。
 父と映画を観に行ったり、野球観戦に行った思い出は羨ましい。僕は父と娯楽の思い出がない。家業の農林業の手伝いに関わる思い出だけだ。


 僕は父の経歴に関心がなく、家系や従軍時代の仔細を調べようと思わない。1度だけ、新兵の話をしてくれただけだった。僕の父が亡くなって15年か、嫌な思い出も薄れて、僕の結婚、家土地に尽力してくれた、良い思い出だけが残る。僕の夢に亡き父母が現れないので、薄情なのかも知れない。

 村上春樹がこの回想記を書きなずみ、猫を棄てに行った挿話から書き出すと、書きやすくなったという。彼の物語作家の才能だろう。





 「開高健 電子全集」特別限定無料版より、エッセイ「私の釣魚大全」の初めを読む。
 同書より、「ベトナム戦記」前半を読む、は今月22日の記事にアップした。





特別限定無料版

 僕は文春文庫の開高健「私の釣魚大全」決定版を持っている。後期を含めて、334ページである。
 ところがこの電子版では、初めの「まずミミズを釣ること」「コイとりまあしゃん、コイをとること」「タナゴはルーペで釣るものであること」「ワカサギ釣りは冬のお花見であること」の4章、79ページまで分しか載っていない。
 釣りは子供の頃、農業用水池で、チャナンピンと呼んでいた小魚を釣った事があるのみである。浮き、糸、錘、針のセットは町内の万屋で買って、竿は篠竹の枝を落としたものだった。餌はご飯粒だった。
 釣りは、好みではないが、耐性がないので面白く読んだ。いずれも凝った蘊蓄話がある。
 僕は文春文庫の「私の釣魚大全」を読むことがあるかも知れない。蔵書は半分に減らして5千冊、と豪語しており、新しい本も入ってくるので、いつ読めるかわからない。

 「開高健 電子全集」限定無料版には他に主に、「夏の闇」が収められているが、これは「開高健 全作品」で読みたい。それで電子全集・限定無料版の読書は、これまでとしたい。


 「開高健 電子全集」特別限定無料版より、「ベトナム戦記」前半を読む。
 同「掌のなかの海」は、今月21日の記事にアップした。




 元々「ベトナム戦記」は「週刊朝日」1965年1月~3月に連載され、1965年3月20日に刊行された。
 僕の持っている「開高健全作品」全12巻の内、第11巻「エッセイ2」に載っている。その127ページ~212ページの内、限定無料版では初めより152ページまでしか載らない。
 その後もクーデター、VC少年兵の公開銃殺とその報復テロ、戦闘従軍記など、重要な場面が続くのだが。いつか限定無料版の以降を読みたい。
 限定無料版では「ベトナム戦記」となっているが、原型は「ヴェトナム戦記」である。
 (現在のベトナムは、経済的に繁栄していると読むが、そうなら喜ばしい。)
 開高健の小説は、文庫本で多くを読んだが、いつの日か、再読を含めて「全作品」を読みたいと思っている。
カービン銃
写真ACより、「カービン銃」のイラスト1枚。


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