風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年2月20日で以って、Kindle本・短編小説「底流」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「柴田哲夫 底流」と検索すれば、すぐに出て来ます。柴田哲夫は、Kindle版・詩集「詩集 日々のソネット」、「改訂版ソネット詩集 光る波」と同じく、僕のペンネームです。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

評論、エッセイ、対談集

 Kindle版「室生犀星作品集」より、童話とエッセイを読む。
 怪談とエッセイ2編をを読んだ前回は、先の5月17日の記事にアップした。



 童話は「不思議な魚」と題する。漁師の息子が、ガラス箱の中の小さな人魚を二つ買い、海に戻らせる。ある鰯漁で、漁師と息子は、人魚のおかげで大漁を得る。
 地蔵や動物の恩返しものだが、人魚、漁師の点が新しい。初出「キング」1926年11月号、底本の親本「室生犀星童話全集 第3」1978年・刊。

 エッセイは、「交友録」と題する、短い作品である。朔太郎や白秋、他との交友を述べる。
 いずれ出版社に頼まれて、困ったあげくに書いたものだろう。しかし後の「我が愛する詩人の伝記」に繋がるとすれば、貴重である。底本の親本「室生犀星全集 第7巻」新潮社、1964年・刊。
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写真ACより、「アジアンフード&ドリンク」のイラスト1枚。



 文春新書「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」を読み了える。
 メルカリからの購入、他の関連事項の幾つかは、今月4日の記事、届いた2冊を紹介する(13)にアップした。




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 4人のスーパーリーダーが短い講演をして、そのあとそれぞれ永田和宏(生物学者、歌人)と対談するスタイルである。
 まず山中伸弥。iPS細胞研究所所長。ノーベル賞・受賞。4名のビジターの内、この催しの趣旨を最も受け入れたようで、悩みと自信喪失時代を語って、決断と仲間、機会を掴む大事さを語る。
 羽生善治。将棋棋士。永世6冠(当時)。講演・対談は上手で、対談では永田和宏をリードする場面もあるが、内容はこれまでの著書を超えていなかったようだ。
 是枝裕和。映画監督。各賞・受賞。カメラを通して見た違う世界、脚本と違う優れた進行、などを語る。僕はあまりドラマ、映画を観ないけれども、黒澤や小津と違う、優れた映像のある事は信じる。
 山極壽一。霊長類研究者。京都大学総長(当時)。先生(師)を持つ事の大事さ、ネット時代の困難、などを語る。

 僕は傷が後を引くので、あまり積極的でなかった。傷が少なければリスクを取る事、機会を掴む事(オファーを受ける事など)を、心掛けたいと思う。

 浅田彰「逃走論」を、対談、鼎談を除いて、読み了える。
 入手は、今月16日の記事にアップした。




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 1984年・3刷、筑摩書房・刊。
 対談、鼎談を除いたというけれど、本書では2つが大きな半分くらいを占めている。出て来る思想家の、ドゥルーズ、ガタリどころか(ドゥルーズの文庫本を持っていたが、メルカリで売ってしまった)、フーコー、レヴィ・ストロースも読んでいない。
 僕がこの本を読みたく思ったのは、サルトル流の「投企せよ」「参加せよ(アンガージュマン)」に疲れて、逃げ出したくなったからである。その意味で、「逃走論」の呼びかけは心に受け入れやすい。
 討議を含めて、IT時代の現代を、射程に入れていたのではないかと思われる。
 現状で、楯突く事に疲れ、あちら側(アベ側)に行く事を拒み、逃げ出そう(どこへ?)という志向である。

 当地の読書会、「えがりて読書会」の年刊文集「えがりて」第33号を読み了える。
 入手は、昨年12月15日の記事、入手した4冊を紹介する(6)の、初めにアップした



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 「えがりて読書会」は、35年に亘って継続したと、あとがきにある。僕の参加する「たんぽぽ読書会」と共に参加している、TRさんより頂いた。2019年9月1日・刊。
 「えがりて」は、ネット検索すると、フランス語で「平等」の意味であり、フランス革命の標語「自由、平等、博愛」に依るらしい。広辞苑には載っていない。


 特集テーマは「平成の想い出」である。Kさん(今、苗字を読めないので、仮にこう呼ぶ)の序では、「「それが何か?」と問いたいほどにお祭り騒ぎが繰り広げられた」と改元に冷静である。改元も儀礼も祝賀パレードも、政治に利用しようとする保守政権の意図は見えている。それとは別に、痛ましい思いで見ている者もいる。

 「平成の想い出」を、10名が寄せている。戦中生まれの方が多いらしく、戦後民主主義教育をしっかりと受け、60年安保も経て来た世代らしい。
 家族親族の死、旧友の死、夫の看病と自身の乳癌・鬱病など、生老病死の苦しみを越え、あるいは楽しみ・生き甲斐を見出してゆく、真摯な様が描かれる。やや後年生まれ(団塊世代に1年遅れる)の僕に、大いなる励ましを与えてくれる。



 

 思潮社・現代詩文庫242「続続 荒川洋治詩集」より、作品論・詩人論、4編を読み了える。
 今月9日の記事、同「散文」を読むに次ぐ。



 4編は、作家・辻原登、詩人の蜂飼耳と森本考徳、詩人・映画人の福間健二による、短い評論である。アンソロジー詩集に付した論だから、批判はほとんどない。
 蜂飼耳の「見たことのない谷間のかたち」に次ぎの1節がある。「いったん見えた方法に、収まって絞り込んでいくのではなく、ときには壊し、放棄しながら、新たな方向を試していく。」状況の変化に依る外的要因もありながら、現代詩作家は「詩は、たとえ遊びと言われようと、新しさを追求しなければいけない」(ある贈賞式での発言)と進化を続ける。僕が「ソネットをライフワークとする」と粘っているのと、大きな差である。また第8回鮎川信夫賞の「受賞の言葉」で「詩ではなく、詩の形をした文学作品をつくりたい」と書いたと、引用している。彼は意外と、創作の秘密を明かす時がある。
 福間健二の「荒川洋治と社会」にも、「詩による小説をめざす。とくに詩集『針原』(一九八二)以来、荒川洋治の作品史にはその流れがある。」と書かれる。
 なお詩集「針原」を批判した人もいたが、ここで擁護したい。「針原」は、彼が高校3年間、三国町から福井市へ毎日、片道1時間かけて通った電車、三国線(今は1両or2両編成で走っている)の途中の駅名である。外国の地名などを取り込んだ彼が、故郷の親しい美しい地名の回帰へ進んだ心情が、僕にはわかった。
 これで現代詩文庫「続続 荒川洋治詩集」の了いである。

 荒川洋治氏は、高校文芸部の1年先輩であり、文学だけでなく、詩集発行や同人詩誌発行で、手間や金銭の面倒までかけた。今でも会った時には、親しく接してくれる。令名高い現代詩作家に、敬愛と反発の2重の念を持っている。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


 四日市郷土作家研究紀要「泗楽」2019.Nov・第25号より、橋本俊明氏の「研究菫月一露 ―その新体詩について―」を読み了える。なお「泗」は「シ、なみだ」と読む。「泗楽」は「悲喜」くらいの意味だろうか。
 受贈は、今月2日の記事、贈られた3冊(2)他1冊にアップした。



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 「泗楽」第25号は、2019年11月1日・刊。2段組み、79ページ。4名が4編の研究を載せている。
 橋本俊明氏の「研究菫月一露 ―その新体詩についてー」は、14ページに渉り、当時のモノクロ写真も多く載せる。菫月一露の誕生(明治19年2月25日)より、20歳での夭折まで、生活や交友、発表誌、刊行本など、詳しく挙げている。
 19歳の時の詩集、「鬼百合」はさほど好評を得られなかったらしい、と書かれるけれども、内容は短歌298首、詩8編で、むしろ歌集と呼ぶべきではないか。新体詩は、西洋からの摂取が感じられず、古風である。
 1時の名声は得られても、文芸誌の地方から東京集中化、わずか20歳の夭折によって、郷土にしか知られない詩人歌人となった。多くの研究が出版されている。
 代表詩の推敲の跡、アンソロジー「青蘭集」のカラー写真、関わった地方誌4誌のバックナンバー明細、なども掲載して、有力な研究である。


 思潮社・現代詩文庫242「続続・荒川洋治詩集」より、詩編を過ぎ、「散文」に入る。
 先の11月26日の記事、同「未刊詩篇<炭素>」を読む、に次ぐ。



 「散文」編には、短い批評とエッセイ、13編を24ページに収める。
 彼は恩賜賞・芸術院賞の推薦理由に、詩作品の他、批評の業績を多く挙げられた事を、喜んだようだ。しかし、評論はその時にも評価されにくく、後世に残らない業だと思う。小林秀雄を、中村光夫を、今は誰も語らない。創作しか、後世に残らないだろう。小説なら、今はややマイナーながら、色川武大、庄野潤三のファンはいる。
 彼の評論も、詩人の評論として、わかりやすい意外さで好評なのかも知れない。
 もう1つ、彼が「文学も出世の手段としか考えない」と詩で書いた事を補助線とすると、彼の詩人への評価がわかる気がする。ほとんど無名で没し、その後に超有名になった宮沢賢治を、許せないのだろう。詩「美代子、石を投げなさい」で、娘に石を投げるよう勧めている。また、「破滅的である事によって、自分の人間性を証明する」とした田村隆一を始め、多く無頼的だった戦後派詩人に、追随しなかった理由の1つだろう。


 彼は「文学は実学である。経済学のスパンが10年か多くて20年先までしか論じられないが、文学は人の一生を左右する」と、繰り返し述べる。批評「文学は実学である」から始まる主張である。僕は、全くそうだと思う。数学の厳密な進展や、医学の発展による救済に、驚きながら。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。


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