風の庫

読んだ本、買った本、トピックスを紹介します。純文学系読書・中心です。

 お報らせです。2020年9月6日で以って、Kindle本「少年詩集 鳶の歌」を自力発行致しました。原稿は自分で作成し、表紙はデザイナーさんにお願いしました。上梓は自力で行いました。
 Amazonの「Kindleストア」カテゴリで、「少年詩集 鳶の歌」と検索すれば、すぐに出て来ます。右サイドバーのバナーよりも至れます。僕のペンネームは柴田哲夫です。価格は500円ですが、Kindle Unlimited版を追加金無料で購入できます。多くの方のご購読を願っております。

メモ

 穂村弘の新歌集「水中翼船炎上中」を読み了える。
 購入は、今月18日の記事、3冊を買うにアップした。



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 2018年5月21日、講談社・刊。328首、著者・あとがき、別刷・メモを収める。箱入り。
 第4歌集だが、僕はこれまで読んだことがなく、歌誌の掲載作や引用で読んで来たのみである。

 子供時代、思春期に固執して、回想の歌を多く創っている。僕は農家の次男だったので、それらへの執着はない。幾つかの懐かしい思い出はあるけれども。
 母の挽歌や現在の歌では、リアリティのある作品がある。真実味のある作品に惹かれる。
 ニューウェーブの歌は、戦後の前衛短歌の、俵万智・以降版と呼ぶべく、軟弱に見えるけれども、彼らへの時代的要請もあったのだろう。


 以下に7首を引く。
窓ひとつ食べて寝息をたてているグレーテルは母の家を忘れて
助けてと星に囁く最悪のトイレットペーパーと出会った夜に
ナタデココ対タピオカの戦いを止めようとして死んだ蒟蒻
アルコール、カロリー、糖質無しというビールの幽霊飲んでしまった
母のいない桜の季節父のために買う簡単な携帯電話
わはははと手を打ち終えた瞬間にぶごといびきをかいている父
ハミングって何と尋ねてハミングをしてくれたのに気づかなかった


 7月17日(第3金曜日)の朝10時より、メンバー3人が橘曙覧記念館の1室に集まって、短歌研究会A第69回を持った。
 同・第68回は、先の6月18日の記事にアップした。



 Mさんが都合で、やや遅れた。
 歌誌の貸し借り、返却等のあと、研究会A、相互の詠草の検討に入った。
Tさんの8首より。
 1首めの4句「青田の向う」は、Tさんが電子辞書を見て「向かう」に直した。
 8首めの結句「梅雨空うごく」は、空が動くみたいなので、「梅雨空移る」を僕が奨めたが、採るかどうかは、本人に任せた。あと幾ヶ所か。
僕の10首より。
 6首めの4句「憐れまれたか」を「詫びのつもりか」に直すよう、二人は奨めたが、参考としてメモするのみだった。
 9首めの下句「奇跡を待つが今朝も起きない」で「起きない」の主語は「奇跡」で、「待つ」の主語「私は」と入れ違っているので分かりにくく、ボツとした。あと幾ヶ所か。
Mさんの11首より。
 1首めの3句「実をこぼし」を「実をこぼす」と一旦区切り、主語の違う下句へ繋げるよう、僕が奨めた。
 8首めの下句「笹の葉群れを朝光
(あさかげ)射せり」を「笹の葉群に朝光が射す」とするよう、僕が奨めた。あと幾ヶ所か。

 お互いの歌稿の検討を了え、僕の今期1ヶ月の120首余のプリントを渡した。またタブレットを持って行ったので、僕のKDP本、小説「底流」のお披露目をした。
 次回の日程を決め、11時半頃に散会した。
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写真ACより、「カーメンテナンス」のイラスト1枚。


 現在、4月19日23時59分で、もうすぐ就寝するべく、簡単に書きたい。
 今月13日の記事、KDP小説「底流」の5ヶ所を修正で、これ以上、誤りの無いことを願う、と書いた。



 しかし確認のため読み通してみると、1ヶ所の誤りがあった。タブレットのダウンロード本に、ハイライトとメモを付して、わかりやすくした。
Kindle「底流」表紙
 第2章の初めあたり、「身につけはじめてていた。」と、余分な「て」があった。慌てずに原稿を修正し、何度目かのKDPのアップロードをして、販売を申請した。
 今回も4時間ほど経て、OKのメールが届き、再ダウンロードすると直っていた。
 今度こそは、今回のKDP本・修正の仕舞いとしたい。
 小説は短編でも字数が多く、誤りが多かった。概算13ヶ所である。購入してくださった方には謝りたい。




 

 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第4歌集「又玄」の前半を読み了える。
 今月16日の記事、
歌集「玄」を読む(後)に次ぐ。
 歌集「玄」の672首に次ぎ、本歌集も555首とやや多いので、前後2回に分けて紹介する。始め239ページ~「盛夏名古屋行 Ⅱ陶土の層」272ページまでを読む。
概要
 歌集「玄」「又玄」「又々玄」は、石川書房より、1980年10月17日、同時発売された。
 1969年~1974年(扉裏の解説に「昭和45年まで」とあるのは、誤り)の作品を収める。
 「コスモス」創刊者・宮柊二の各地での誕生会(かなり祀り上げられている気がする)、毎年の「コスモス」全国大会に参加するなど、重鎮として、「コスモス」に貢献している。
感想

 これまでと同じく、付箋にメモを書いて貼って行ったので、それに従い、7首への寸感を述べる。
冷凍の白きマカジキおのおのは固き音して床におろさる
 マカジキの大きさ、重さに、驚く思いが伝わる。
加速して追ひ抜き行けり舗装路に車体のしるき影を落として(高速道4首より)
 乗車中の歌は彼に珍しく、新鮮である。
見て帰り生き生きと妻が告げ聞かすシルクロード展病めば行きて見ず
 少しの口惜しさと共に、妻の喜びを喜んでいる。
移動する牛の後尾につく人も尾を振る犬も日をあびて来る
 人のいる景を詠む事が得意で、上手だった。
赤子の手ひねるごとくに砕かれし孤立無援をわれは思へり
 遅まきながら、当時の学生運動に同情しているようである。
心中の脆き部分の表白を避けて生きたる壮年も過ぐ
 長く強がっていたと、深い述懐である。
虚空なる月に人あり跳(と)ぶごとく動く二人をテレビは映す
 月面着陸の出来事を、機会を逃がさずに詠んでいる。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。








 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第3歌集「玄」(後)を紹介する。
 
同(前)は、今月9日の記事にアップした。1冊に672首と、やや歌数が多いので、前後2回に分けて紹介する。
概要
 前回に続いて、「佐渡行 Ⅰ鳥屋野湖畔」195ページより、仕舞い235ページまでを読んだ。
 1968年までの歌を収めていて、学生運動がどう詠まれたか気になると(前)で書いた。あからさまには詠まず、末尾近い「梅雨深む」の章に「憤りなしといはねどほしいままに振るまはせおけと今は想ふも」「黙(もだ)しをりと易く想ふな相手とし価値あることと思はぬに過ぎず」(偶成2首)と、切って捨てられている。
 「コスモス」全国大会での旅行詠が多い。また「ケニア讃歌」という、インド・モーリシャス・ケニア歴訪の大連作がある。
感想

 今回も付箋紙を貼った歌と、付箋紙のメモを元に、7首について述べる。
河跡湖の名残りの砂に踏み入りぬわれの左右(さう)より雀発たせて
 貴重な経験を、逃がさずに詠む。他の歌人を含めて、もう機会はないのかも知れないのだから。
雪国の春にあふべく来し我ら光くまなき河原に遊ぶ
 思っていた通り、あるいはそれ以上の景に会う、喜びが詠まれる。
蓮の葉のたゆき揺らぎはしばしして真日照るもとに鎮まりゆきぬ
 宮柊二・高弟たちの歌集を少し読んだが、当時の「コスモス」の調べに収まる1首だろう。
(はし)の鋭(と)きインコよく馴れ順々に乙女の指よりバナナを貰ふ(開聞岳)
 どこでの景か、愛らしい場面を捉えた。
エンタープライズ寄港に揺るる日本のひしひしと身に響きて悲し
 寄港に反対だったか、そうでなかったか、反対運動と報道が心に響いたのだろう。
香を焚き叩頭し祈る懸命さ見つつ戸惑ふ異邦人われら(ポンペイに三日滞在す)
 無宗教日本の豊かさ、穏やかさを、内に持っているようだ。
親を避け遊ぶ齡となりし子等いでゆきて家に梔子匂ふ
 子の成長を淋しむ心が、結句にも続き、歌が収まっている。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。



 石川書房「葛原繁全歌集」(1994年・刊)より、第3歌集「玄」(前)をアップする。672首と多めの収録なので、前後に分け、今回は初め155ページ~「林道」195ページまでを読み了える。
 先行する、
同・「風の中の声」を読む(後)は、先の12月10日の記事にアップした。
概要
 原著は、1980年10月17日、石川書房・刊。1962年~1968年の作品を収める。
 同じ日に、同じ出版社から刊行された、「又玄」「又々玄」との3部作が、第32回読売文学賞を受賞した。
 収録の1962年~1968年は、60年安保後の所得倍増計画といった経済成長から、学生運動に示されるその終焉の時代だろう。僕の少年時代(田舎の)にあたり、示される時代と、続く作品にとても興味がある。
引用と感想

 気になる歌に付箋を貼り、メモを書いて行ったので、それに沿って7首の感想を書く。
低所得層を飢餓感の中に追ひ込める消費は遂に寂しきものか
 経済成長に取り残された人々への、配慮が見える。
岸沿ひに清盛塚まで来て戻り過去(すぎゆき)既に埋むるすべなし
 過去の生き方に、後悔があるようだ。あるいは会社側に立っての言動を指すのかも知れない。
俯瞰(ふかん)せる旧火口の底日は照りて黄の粘土層しづかに光る
 俯瞰からズームインするような詠みぶりだ。白秋の幽玄と茂吉の写生を止揚しようとする歌だと言ったら、大げさだろうか。
既にして時の風化に従へり羊歯生ひ茂る堀井戸の中
 風化しないものの側に、短歌はある、という自負を感じるのは、深読みだろうか。
晒す人も流せる布も春の日にしじにきらめく川波のなか
 言葉遣いが巧みである。時代に流される危険性がある。
海底岩盤発破の時を知りて待つ鷗群れたり雑魚(ざこ)(くら)ふべく
 動植物の生きる知恵を表わした歌は、僕の好みである。
雨のあと濁りつつ行く谷川の流ひまなく木(こ)の葉(は)を運ぶ
 何気ない、ある人は汚れを感じるかも知れない景に、美を見出している。
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写真ACより、「乗り物」のイラスト1枚。




 角川書店「増補 現代俳句大系」第14巻(1981年・刊)より、6番目の句集、広瀬直人「帰路」を読み了える。
 今月14日の記事、
皆吉爽雨・句集「泉声」に次ぐ。
概要
 原著は、1972年、雲母社・刊。飯田龍太・序「真竹のいろ」、445句、著者・後記を収める。
 広瀬直人(ひろせ・なおと、1929年~2018年)は、1948年「雲母」入会、(1992年「雲母」終刊のあと)1993年、俳誌「白露」を創刊・主宰した。
引用と感想
 付箋にメモを残したので、それに従って書いてみる。句集は、昭和35年以前と~昭和46年まで、ほぼ年別に載せられている。
岩を離れて青々と微風の田
 大胆な句跨りの1句。1963年の作。60年安保には全く触れていないが、政治的平和の時代に、新しい手法を取り入れている。「芸術的前衛は政治的後衛である」と語った人もいるから、少数者を除いて正鵠を得ているのは、致し方ないか。
麦を蒔くひとりひとりに茜の田

 2毛作に麦を育てるのだろう。生活の基盤を描く。作者は農家の子で、高校の教師だった。
 季語に凡な所があり、「盆」「秋深む」「晩夏」「秋の山」と、続いたりする。
田を越えて鳥の隠るる枯葎
 1968年の作。句調が整っている。盛んだった学生運動から、目を背けるかの如くである。
白樺の幼き枝に驟雨来る
 同じ1968年の句。季語に深みが出るようだ。
風走らせる眼前の白つつじ
 1970年の句。学生運動が終末に向かう頃、再び句割れ、句跨りの作が見られる。心理の深部に鬱屈があって、句集名等に現れたか。
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写真ACより、「フード&ドリンク」のイラスト1枚。



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